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168.「ノリと勢いと見栄とハッタリ」


 

 【セイラム・スキーム】


 レイチェル・ポーカーは化け物だった。


 憤怒の魔女イー・ルーを退けるほどだし、肩書きだけじゃなくて本当に強いなんて事はとっくに分かっていたことだ……。


……いや、分かったつもりになっていたんだ。


――実際に魔力を取り戻したアイツは強いなんてものじゃなかった。忌々しい黒羽はもちろんのこと、一級クラスの身体強化で剣だか斧だかコロコロ形が変わる魔剣を振り回す。身体もバカに頑丈で、魔獣化を進行させての捨て身の攻撃も殆ど効いているようには見えなかった。というか、効いていない。全くのノーダメージ。


 それに比べて僕はというと、現在右脚と左腕、それと肋の骨が何本かいってる。魔獣化して還元できた魔力もさっきの転身の魔眼で殆ど使い切ってしまった。なんとかレイチェルは振り切れたけど、今の状況はなんの意味もない虚しい時間稼ぎ。見つかって殺されるのも時間の問題だ。


 アイビスが居るであろう座標から、かなり離れた森の中。僕はヒューヒューと変な音で呼吸しながら大木にもたれかかっている。霞む目線だけで右手を見やる……瞬間移動する間際に魔剣も手放してしまった。ああ、これもうダメかもしれないなぁ。


――不意に、草を踏み締める音が耳を掠めた。だんだんと近づいてくるその音を、僕は木にもたれかかったまま静かに待った。


「……クハハ! お前様、ひっどいやられようなのだ! まだ生きてるのだ?」


「……エキドナ」


 視界の脇から滑り込むようにして現れたのは、両腕を失ったわりには元気な同胞エキドナだった。


「お前様、思ったよりも強かったのだな! 正直ここまでやる奴だとは思ってなかったのだ!!」


「……貴様、先刻はよくもこの我を生き埋めにしようとしてくれたな」


 正直普通に喋ることさえ億劫な疲労困憊具体だけど、それでも僕は見栄とハッタリの仮面を付けて言葉を吐いた。もはや身体に染み付いているのだ。


「ん〜? アレはお前様を助けるためにやったのだぞ? 実際天井に穴を開けてなければヤバかったのだ。助けてやったのにその態度はよろしくねーのだ!」


 エキドナは僕の隣に腰を下ろしてそう言った。腕が無いため殆ど尻餅をつくような形だ。というかなんで座ったんだい……。


「……で、貴様は何をしに来たんだエキドナ……あいにく我は暇ではないぞ」


「何しにって……お前様が心配だから見に来たに決まってるのだ!」


「……見に来ただけか?」


「だけなのだ!!」


 言い切っちゃったよ。ほんと何しに来たんだいこの子は……。


「まあ、ホントはヒメもお前様と一緒に戦って手助けしようとは思ってたのだぞ? けどお前様が余計な手出しはするなと言うから、我慢してお菓子食ってたのだ」


「……お菓子、食ってたのか貴様」


「クッキーなのだ! お前様のところのコックは優秀なのだ! べらぼーに美味かったのだ!!」


 キャシーの顔が頭をよぎった。そうか、僕たちのためにクッキー焼いててくれたんだね……。


「キャシーは我の、魔眼同盟の邪悪なる料理長だからな……え、ていうか我、手出しするなとか言ってなくない?」


「んん? 言ってなかったのだ? すまん」


 すまんって……おい。おい!!


「まあ、起きてしまった事はどうしようもねーのだ。大切なのは今できる事を精一杯する事なのだ!!」


「……この状況でいったい何ができると……おい、エキドナ貴様いいこと言ったみたいな顔するのやめろ」


 実際、僕にはもう何も出来ないだろう。身体はろくに動かせず、魔力もなし。剣もない。これ以上マナを無理やり取り込んで魔獣化すれば、もう歯止めが効かなくなるだろう。自我を失って獣に堕ちるなんて、死ぬのと同義だ。


「クハハ! お前様こそその変な喋り方やめるのだ!」


「……な、なんだと」

  

 変な喋り方とか君には言われたくないよ!


「さっきピンク頭とドンパチしてた時はフツーに喋ってたのだ。お前様は色々嘘の多い奴だがもう取り繕わなくてもいいのだ」


 隣のエキドナはニコニコしながらそう言った。どうやらバレてたらしい。それも色々……色々?


「……はあ、なんだい君。じゃあここには結局口封じに来たの? いいよ。殺したきゃ殺しなよ」


「クハ、随分まいってるのだな! けどヒメ達はそんなひでーことしねーのだ! 前向きにこれからの事を話しに来たのだ!」


 脚をパタパタするエキドナの笑い声に混じって、背後から足音が聞こえた。


「――酷くやられたなセイラム。まだ息があってよかったよ」


「……!?」


 突然現れたゴーベルナンテに僕は絶句した。いや、正確にはゴーベルナンテが抱き抱える少女の姿を見て、だ。


「……キャ、キャシー?」


 ゴーベルナンテの腕の中にいる少女は間違いなくキャシーだった。死んだはずのキャシー。アイビスに惨殺されたはずのキャシーだった。


「まあ、驚くのも無理はない。私たちがさっきお前にコイツが死んだと言ったんだからな。まあ嘘だったわけだが」


「……嘘?」


「嘘なのだ! クハハ!」


 僕は思わず身体が前のめりになった。すると身体中に激痛が走ったから、やっぱり夢でもないらしい。ほんとうに、ほんとうのほんとうにキャシーが生きてる。キャシーが生きてるんだ! けど――


「……なんで、そんな嘘を」


「セイラム、お前の作戦はたしかに見事だった。魔法式の罠と言い、私なら確実に死んでいただろう。だがさすがと言うべきか、アイビスの奴が思いの外健在だったからな。情報収集がてらに一役削りに回ってもらったのだ」


 つまり、僕を焚きつけるためにキャシーが殺されたって嘘をついたのか。冗談じゃない、危うく殺されるところだったじゃないか!


「まあそう怖い顔をするな。そもそもお前だって私たちに嘘をついていただろう。四百人の魔女の部下はいったいいつになったら紹介してくれるんだ?」


「え、いや、それは前に紹介しただろ!?  今だって屋敷の後方の森に……」


「……森に待機してる四百人ってもしかしてお前様が魔眼で操ってる自称魔女・・・・の人間共の事なのだ? ご丁寧に懐に魔石まで忍ばせて魔力ある風にしてるアイツらのことなのだぁ?」


 僕の右肩に頭をコツンと当てたエキドナは、いやらしく語尾を吊り上げてそう言った。はい、そいつらのことです。ごめんなさい。


「まあ、元々お前の兵力に期待して同盟を申し出たわけではないし、私としては特に気にしていない。だからそう青ざめるなセイラム」


「は、はは、ほんと、嘘ついてすみませんでした……この埋め合わせはいつかするよ、たぶん、そのうち……絶対……気が向いたら」


 これはアレだろうか、皆んなを騙しはしたけどそれなりに僕も頑張ったし、今回は水に流そうとかそういう流れじゃなかろうか……ていうかそうであれ!!


「そうか、絶対に埋め合わせしてくれるか。それはよかった」


「都合の良い耳なのだ、クハハハハ!」


「あは、あははは!……あ痛たた、肋骨がぁ……」


 よし! いいぞ、なんかよくわからないけどゴーベルナンテもエキドナもニコニコしてるし、このノリと勢いで窮地を脱して――


「――ではセイラム、悪いが私たちのために螺旋監獄ヘリックスに入ってくれ」


「…………へ?」















 




 

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