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16.「コイバナと同級生」


 【辰守晴人】


「──えっとね、誰かのことが大好きで、ずっと一緒に居たいって思うのが、愛してるってことなんでしょ? それで、愛してる人同士がずっと一緒にいようねって約束するのが、結婚だよね」


 時刻は午後6時を過ぎた頃、一月前まではまだ太陽が地平線にしがみついていた時間だが、外はもう夜の帳が降りてきている。


 フーの話す声の合間に、壁掛け時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。


 俺はテーブルに盛大に吹いたお茶を拭きながら、龍奈は口を半開きにしたまま何を考えているのかよく分からない表情で、静かにフーの話を聞いていた。


「あとは、結婚した後パパとママになったら、子供ができるんだよね」

「子供ができたらパパとママになるんだけどな」

「黙ってなさいバカハレ!」


 『愛してるの好きだよ』の爆弾発言の後、フーにそもそもどこでそんなことを覚えたんだと問い詰めると、公園で遊んでいた姉妹、つまりミユちゃんミクちゃんとコイバナ(・・・・)をした時に教わったのだそうだ。


 最近の子供、進み過ぎじゃない?


「私ハレとずっと一緒に居たいから、これって愛してるってことだよね!」


 屈託のない笑顔で、女の子からそんなことを言われて悪い気がする奴はいないだろう。

 フーくらい可愛い子に言われたのなら尚更だ。


「いや、フーちゃん! でもそれが必ずしも愛だと断言できるかというと、否だと言わざるを得ないわけで、龍奈だってこのバカハレとは結構長いこと一緒にいるわけだし……」


 龍奈はテーブルに勢いよく手をつき、前のめりになってフーに何やら支離滅裂な事を語り出した。


 何をこんなに必死になっているかは分からないが、目が血走っていて口出し出来るような雰囲気ではない。


「龍奈もハレのこと愛してるの?」

「愛っ!?」

「くはは、ないない」


 フーがコイバナで得たロジックで、的外れなことを言うもんだから龍奈が素っ頓狂な奇声を発した。俺も一応龍奈をフォローしておく。


「龍奈もハレと結婚したいの?」

「け、けけ、結婚っ!?」

「はっはっは、ありえねぇな。」


 テーブルに前のめりになっていた龍奈が、今度は逆に座っている椅子ごと後ずさった。

……というか今、龍奈()って言った?


「でも結婚は二人しかできないんだよね。好きな人みんなで結婚出来たらいいのに……重婚は、痴情のもつれで昼ドラだってミユちゃんが言ってたし……」

「ミユちゃん、ともすれば俺よりも進んでるな」

「は、ハレっ! アンタも落ち着いてないでフーちゃんを何とかしなさいよ!」

「何とかって、何をどうしろってんだよ。あーあ、モテる男は辛いなぁ」


 俺は冗談まじりにそう言って、わざとらしく肩をすくめて見せると、次の瞬間、湯呑みが顔面に直撃した。

 ごめんなさい、調子に乗りました。


「……もうこの話はいいわよ。それよりもハレ、アンタ明日からのことどうするつもりなわけ?」

 

 人の顔面に湯呑みをぶつけて平静を取り戻したバーサーカーの龍奈さんは、椅子をテーブルに近づけて俺を睨んだ。


「明日からって、何がだよ」

「はぁ? だからアンタはバカなのよ。明日から学校でしょ。バイトもあるしフーちゃんどうする気なのよ。まさか何にも考えてないわけ?」

「あー、普通に留守番じゃダメかな」


 昨日の段階で俺が家に居ない間はフーには家で留守番しててもらうつもりだったが、よく考えると確かに無理があるかもしれない。


「ダメに決まってんでしょ! 長時間一人でお留守番なんて危ないし可愛そうよ!」

「おっしゃる通りです」

 

 ぶっちゃけた話をすると、責任を持って面倒を見ると決めた時は、フーのことを拾ってきた猫のように考えていたかもしれない。というか考えていた。

 

 しかし、たった一日で言語を解し、愛のロジックまで語られてはもはや猫とは言うまい。

 一人で留守番なんてさせようものなら、この好奇心旺盛な魔女っ娘は勝手に外を出歩いたり、知らないおじさんにほいほいついて行く可能性大である。


 ちらりとフーの方を見ると、フーもこっちを見ていたようで、目が合うなり「ハレだーい好き」と足をパタパタさせた。


 うむ。護りたい、この笑顔。


「……何にも考えてないなら、仕方ないから龍奈が案を出してやってもいいわよ」

「ちなみにそれは誰も血を流さない案ですか?」

「アンタもう殺したから」

「だから何で過去形!? 怖えよ!」


 正直、バーサーカークイーンの龍奈の案なんて、不安で不穏で不審でしかないのだが、一計を案じる事も出来ない俺には、それにすがるしか道は無い。


 とりあえず、聴くだけ聴いてみるか──




* * *




──予鈴が鳴った後の無人の廊下を、俺達は足早に歩いている。普段は予鈴が鳴る前にとっくに教室にいるのだが、今朝はいつもと勝手が違う。

 早く教室に着けば着くほど、クラスメイトからの奇異の目線を集めることになるからだ。 


 出来るだけボロを出さないためにも、授業の始まりを告げる本鈴直前に教室に入るのが無難だと判断した。


 1年3組。教室の前に着いた俺は隣でニコニコする龍奈の手を取って扉を開いた。


 教室内のクラスメイトは、タイミング的に担任が入って来たと思ったのか、ほぼ全員が俺と龍奈に視線を向けた。


『あれ、誰?』『手繋いでるじゃん』『外国人じゃない?』『おいあんま見ない方が……』


 小声ではあるが、教室のあちこちからそんな声が聞こえて来た。


 俺は龍奈を連れて、教室の一番後ろに二つ並んで空いている席に座った。俺の本来の席はここではないが、誰も触れようとはしない。


 俺と龍奈が着席してすぐに本鈴が鳴り、しばらくして担任が教室に入って来た。


「はーい号令ー」


 シワのついたジャージを着た担任は、孫の手で肩をポンポン叩きながら眠そうな表情をしている。


 起立、礼、着席、と龍奈がつつがなく朝の挨拶を終えたのを確認して俺は少し安堵した。


「……あれ、辰守って席そこじゃなくね? てか隣の子だれよ」


──きた。 案の定こういう流れになる事は想定していた。


 うちの担任は、ぼけっとしているがなんだかんだで仕事はちゃんとしているのである。


「先生、何言ってるんですか。とどろきですよ。轟龍奈」


 俺がそう言った途端、堰を切ったように教室中がざわめきだした。

 入学式から僅か三日で不登校になった轟龍奈が、何故今になって、何故あの(・・)辰守晴人と一緒に登校して来たのか。


「おー、そうか、轟だったか。俺もぶっちゃけ轟のことあんまり覚えてないんだけど……その髪どうした?」


 その髪、というのはこの綺麗な天然の金髪のことを言っているんだろう。


 当然だ。龍奈の髪は本当は黒色だ。

 しかしこれも想定内、ぬかりはない。


「染めました」

 

 龍奈は笑顔で担任に向かってそう言った。

 事前の打ち合わせ通りだ。


「ほー、そうか、綺麗に染まるもんだなー。……いやまて、でも俺の記憶だと轟ってもっとこう、小柄だったような……」

 

 龍奈が不登校になってから既に半年程経っているが、それでも担任は数日見ただけの龍奈の容姿をなんとなくだが記憶しているようだ。

 さすがに一筋縄ではいかないか。


「伸びました」

 

 しかし、龍奈は間髪入れずに、やはり笑顔で答える。

 もちろんこれも事前に決めていた答え。


「はー、成長期か。そうだな、まだ高一だしなー……いや、でもなんかそんな外国人みたいな顔だったか?」

「メイクです」


 いぶかしむ担任の質問に対して笑顔で即答する龍奈。

 この調子でいくとそろそろ丸め込めると思うんだが。


「なるほど、確かによく見れば轟だな。思い出した思い出した。そんな顔だったよ轟は」


 本当によく見ろよ。と、ツッコミたくなる気持ちを抑えつつ、俺は心の中でガッツポーズをした。

 

 このまま一気に畳み掛ける。


「こいつ、俺と一緒なら学校に来れるって言うんで、勝手に席隣に移動してます」

「そういうことなら、まあいいだろ。せっかく轟が学校に来る気になったんだし、辰守がちゃんと守ってやれよ」


 隣の席に座った龍奈が、いや龍奈に成り済ました(・・・・・・・・・)フーが(・・・)俺の方に視線を向けて、小さく『やったね』と呟いた。


 フーが不登校の龍奈に成り済まして俺と一緒に学校に通う。


 バーサーカーエンペラーの龍奈さんが出した正気を疑う案だったが、まさか本当に上手くいってしまうとは……。


 くして、フーは俺と同じ高校に通う同級生となった──

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