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163.「合流と補給」


 【レイチェル・ポーカー】


 満身創痍のバンブルビーと身体が大不調のわたしは、地下深くで強欲の魔女グリンダに操られているであろう人間達に襲われていた。


 一人一人がちょっとした魔女レベルの強さ。わたしはそれを十一人、なんとか殺さずに無力化した。


 まだ魔法が目覚める前の少女時代。今となっては忘れかけていた、全力疾走した後の息苦しさと疲労感。今わたしが感じているのはそれに近かった。心臓が早鐘を打ち、空気を必死に取り込もうと呼吸が荒くなっている。

 

「……はぁ、もう、きっついなぁ」


 だというのに、視線の先には真っ直ぐこちらへ向かってくる増援部隊の姿があった。それも十五人、さっきより多いじゃん。


 仕方ない。これはもう綺麗事を言っている状況ではない。殺さず無力化なんて悠長な事は言ってられない。


 この人達がただ操られているだけだって事は百も承知だ。けど、もう殺さないと止められない。ともすれば殺す気で闘ってもバンブルビーを守り切れないかもしれない……いや、バンブルビーだけは絶対に、何があっても──


 わたしは六つに広げた黒羽を鋭いブレード状に組み替えて、向かいくる人間兵へ切先を向けた。


「……かっ!?」


 先頭を走っていた人間兵の首が宙を舞った。


「……は?」


 呆気に取られたように、残る十四人の人間兵達が足を止めて固まった。ついでにわたしも固まった。だって、()()()()()()()()()()()()()


「……よぉ嬢ちゃん。また会っちまったなぁー」


 わたしと人間兵の間に位置取るように、その男『鉤爪のライル』は立っていた。真っ赤な血の滴る湾刀を片手にぶら下げながら。


「ラ、ライリー!?……なんで」


「あぁー……俺のツレがよぉ、嬢ちゃんのお友達に世話んなったみてぇでなぁ……残業だぜくそったれぇ!!」


「……ちょ!?」


 言いながらもライリーは素早く身を翻し、湾刀を人間兵にぶん投げた。スコンッ! と、頭の半分ほどまで湾刀がめり込み、人間兵の一人が膝から崩れ落ちる。


 ライリーはそいつが完全に倒れる前に素早く湾刀を引っこ抜くと、踊りかかっていた周囲の三人を流れるような剣捌きで斬り伏せた。


 なに? いったいなんのつもりでライリーはこんな事を? コイツらとライリーはセイラムの部下、仲間じゃなかったの?


「はっはぁ、人間のくせに人間離れした動きだなぁオイ!」


 ライリーは人間兵に囲まれながらも次々と相手を斬り倒していく。時には鉤爪で喉を引き裂き、湾刀を投げつけ、ナイフで斬り殺し、また湾刀を引き抜いて斬り飛ばす。


 人間のくせに人間離れした動きをしてるのはお前だよと、心の底から思った。


「……あぁー、化けもんの力ぁ借りても所詮はこんなもんだなぁ……」


 あっという間に十五人の人間兵を皆殺しにしたライリーは、湾刀に付いた血を外套の裾で拭って背を向けた。


「ライリー、なんのつもりなの?」


「傭兵稼業なんざしてるとよぉ、借りを作るのが嫌いでなぁ……早めに返しとくに限るってもんなのさぁ」


「別に、わたしは何も貸した覚えはないけど」


「あぁー、俺じゃあねぇよ……俺のツレがそっちの嬢ちゃんに借りたのさぁ」


 ライリーは鉤爪でバンブルビーを指した。つまり、バンブルビーがライリーのツレとやらに貸しを作ったと。


「で、ライリーがそのツレの代わりに借りを返してくれたんだ?」


「そういうこったぁ……で、俺ぁこれでツレに一つ貸しを作れたってわけよぉ。じゃあなぁ嬢ちゃん、今度こそもう会わねぇように祈ってるぜぇ」


 ライリーは湾刀を剣帯に挿して、そのまま立ち去ってしまった。多分だけどライリーはただの人間だ。眷属とかではないと思う。しかし、化け物染みた強さだった。


 わたしはバンブルビーを抱いたまま、ライリーの背中が見えなくなるまでその場から動けなかった。





* * *

   



──血塗れのアイビスと合流したのは、ライリーが去ってから五分ほど後だった。


 黒羽で作った布もどきでバンブルビーの止血をしていると、急に全身血でびしょ濡れになったアイビスが現れたのだ。

 

 アイビス曰く、わたし達同様にいくつかの扉とホールを通過してここに辿り着いたらしい。各ホールの刺客はほとんどが操られた人間で、最後のホールに限って魔獣が放り込まれていた。返り血はその魔獣を殺した時のものだとか。


「──さて、傷は全部治したよ。立てる?」


「……ああ、問題ない」


「いやいや、ふらっふらじゃん」


 アイビスの回復魔法でバンブルビーの怪我は綺麗さっぱり無くなったが、流した血まで元に戻るわけではない。人間に比べると、わたし達は多量に出血してもわりと平気だけど、それにしても限度はある。バンブルビーはもう闘わせない方がいいだろう。


「合流できたのはいいけど、肝心のセイラムが見当たらないね。もしかして逃げたかな」


「どうだろう、でも確かに変だよね。さっきだってわたしとバンブルビーを倒すチャンスだったのに、グリンダの人間兵しか襲ってこないし」


 しかもライリーに殺されちゃうし。


魔眼同盟イーヴルアイズ七罪原プレアデスが組んでるみたいだが、あまり連携が取れていないのかもな」

 

「かもね。色欲の魔女も用事で帰っちゃってたし」


 あのふざけた魔女、名前なんて言ったっけな……まあなんでもいいか。


「セイラムは思ってた以上に厄介な相手だね。二人とももう殆ど魔力残ってないでしょう」


「……それがそうなんだよね、まいったよねこれ」


 そう、わたしとバンブルビーには殆ど魔力が残っていなかった。地下を訪れてからずっと感じていた倦怠感は、魔力不足によるものだったのだ。


「十中八九セイラムの仕業だろうね。この地下、一切マナを感じられないうえに、たぶんオドを吸い取る仕掛けも用意されてる」


「ちっ、小賢しいマネを」


「なるほど。無駄に長い廊下とか操られた人間とか、ぜんぶ魔力を吸うための時間稼ぎだったわけね」

 

 マナを遮断するとかオドを吸収するとか、にわかには信じられないような話だけど、実際に今わたし達は魔力が枯渇しているわけである。


 通常なら魔力を使いすぎても、ある程度時間が経てば身体が勝手にマナを吸収してオドに変換してくれる。しかし今は回復の兆しは一向に見られない。

 

 正直これはかなりまずい状況だ。魔力始動もできない魔女なんてもはやちょっと身体の丈夫な人間みたいなものなのだ。

  

 別行動をとったエリスの方はどうなっただろうか。きっと向こうにも色々な罠が仕掛けられたりしているに違いない。ということでエリスの増援は期待しない方がいいだろう。無事ならいいんだけど。


「どうするアイビス、ここは一旦引いて出直すか?」


「ううん、このままセイラムをやっつけよう」


「え、でも厳しくない? わたしとバンブルビーは今か弱い女の子だから当てにしないでよ?」


「私はさっき補給したからまだ少し余裕あるし、セイラム倒すだけなら大丈夫だよ。むしろ引き返す最中に私の魔力が吸い尽くされた方がよっぽど厄介だしね」


 アイビスは地底湖の水で手や顔の血を拭いながらそう言った。


「ああ、それもそうか……あれ、ていうか補給ってなにそれ」


「さっき言ったでしょ? 最後の部屋にいたの魔獣だったの。魔獣ってマナを体内に溜め込んでるからね、殺した後血を身体に擦り付けて吸収したの」


「ああ、それで全身血まみれなんだ。凄いね、色々と」


 この地下でマナが無いことや魔力が減っている異常に気づいたことも、魔獣を相手にして魔力の補給に思い至ったことも、合理的な判断力と決断力があってこそだ。さすがは我らがボス、なんだかんだで頼りになる。


「ふふ、私のこと見直した? ねぇ見直した?」


「ちょっと、寄ってこないでよ。服に血がつくんですけど」


「そ、そんな邪険にしなくても……好きで血まみれになったわけじゃないのに!……うぅ、だめだ、やっぱりセイラムは殺そう」


「……情緒不安定過ぎるだろ」


 うん、なんだかんだで頼りになる……筈だ。

 



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