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162.「地下空洞と強欲」


 【レイチェル・ポーカー】



──その空間は、明らかにこれまでとは違っていた。まずは広さだ。これまでいくつも扉をくぐってはホールのような場所に出たけれど、ここはもうホールとかそういう規模ではない。広大な地下空洞だ。


 相変わらず地下なのは変わらないが、明るさが違う。というのも、この空間には光源があるのだ。今まで通ってきた通路やホールにあった不気味な松明たいまつ、アレの特大サイズ版が巨大な受け皿のような物に設置されて、天井から鎖で吊るされているのだ。


 さらにその真下には水がある。水というか湖だ。これが地底湖というやつだろう、初めて目にしたけど、青い炎で浮かび上がる水面は背筋が寒くなるほど美しかった。


 巨大松明と湖の反射光でキラキラと照らされる地下空間は、地下だとは思えないほどに明るかった。わたしは辺りを見回しながら、なんとなく巨大な松明の方へ足を向けた。


「──レイチェル、無事だったか」


 不意に呼びかけられた声に咄嗟に振り向くと、バンブルビーがいた。


「……えぇっと、うん。わたしはね。わたしは……」


 無事かと言われれば勿論無事だ。ここに辿り着くまでに心臓を魔剣で一突きされたりした気がするけど、まあ気にするほどの事でもない。全然無事、問題なし。けど──


「……バンブルビーは、無事じゃなさそうだね」


 バンブルビーは見るからにボロボロだった。顔は血塗れだしアザも凄い。服も所々破けたりしていて、特に胴体部分は酷い。袈裟斬りにされたのかと言うほど大きく破れている。


「別に、どうって事ない」


「いやいや! どうってことあるでしょそれは!! ちょっと傷見せて!!」


 わたしはバンブルビーに駆け寄って恐る恐る身体の傷を確かめた。一目で分かる相当に酷い傷だった。普通に歩けているのが意味不明なレベルで……いや、仕組みは分かる。深い傷の周囲を無理やり石化させて出血を止めているんだ。けど、重症には変わらないし、この状態でいつものようにすまし顔をしていられる意味はやはり分からない。


「どうしよう、アイビスがいないとこの傷は……」


「気にするな、死にゃしない」


「あのねバンブルビー、ふっつーーーっに、死ぬレベルの怪我だからねこれ?」


「俺は不死身なんだよ」


 それはわたしだよ。


「とにかく座って、一度お互いの情報をざっくり交換しよう。それが終わったらバンブルビーはここで待ってて。わたしが周りの様子を見てくるから」


「……わかったよ」


 なんだかんだ言ってもやはりキツかったのか、バンブルビーは素直にその場に腰を下ろした。



 

* * *  




 バンブルビーが闘ったヒルダという魔女曰く、セイラムは卑怯者だが臆病者ではないらしい。扉を進めば必ず辿り着く、というような事を言っていたみたいだし、実際わたしとバンブルビーはここで合流した。


 おそらく八つあった扉のどのルートを通っても最終的にはここへ辿り着くようになっていたのではないだろうか。


 つまり、アイビスもここで合流できる可能性が高いということだ。バンブルビーの怪我を治すためにもまずはセイラムよりも先にアイビスだ。幸いセイラム達はまだ何も仕掛けてくる様子はないし。


──それにしてもバンブルビーをあそこまで追い詰めるなんて、ヒルダという魔女は相当な手練れだったんだろう。


 わたしが闘った憤怒の魔女イー・ルーも中々強かったけど、バンブルビーとルーが闘ったら余裕でバンブルビーが勝つだろう。ルーは指一本だってバンブルビーに触れらない筈だ。それくらい彼女は強いのだ。


「……アイビス?」


 ふと、数十メートル先に人影が見えた。地下にしては明るいとはいえ、距離が離れているとシルエットくらいしか分からない。多分女性だと思うけど、アイビスかな……いや──


「──残念、アイビス・オールドメイドならまだここにはいませんよ。といっても、時期にたどり着くでしょうけれど」


 人影がわたしの方へ近づきながらそう言った。わたしも人影の方へ進み続けて、ようやく顔までハッキリと見える距離になる。黒髪の女だ。


「私は強欲の魔女グリンダ・トワルと申します。貴女がイー・ルーを倒した魔女ですね?」


「レイチェル・ポーカーだよ。次は貴女?」


「いえいえ、私はもうおいとまさせてもらうところです。後の仕事は帰りながらでも出来ますので」


 グリンダは言いながら尚も歩みを進め、ついにわたしの真横まできた。殺気も何も感じられない。


「わたし一応、レイヴンの魔女なんだけど、はいそうですかって通すと思ってるの?」


 グリンダは一瞬足を止め、わたしの顔を見ずにクスクス笑った。


「あらご冗談を、ブラッシュは通したのでしよう?」


 なんで知ってるんだコイツ。イー・ルーを倒したのがわたしだという事も把握しているみたいだし、こんな地下空間で、それも短時間で情報を仕入れる方法があるわけ? いや、それがコイツの魔法だったり……。


「……あの時は急いでたからね」


「今も急いだ方がいいのでは? お連れの方、早く戻ってあげないと手遅れになると思いますけど」


 やっぱり、コイツは何かしらの方法でわたし達の細かい状況を把握している。どうしようかな。今ここで倒しておくべきか、それともバンブルビーとアイビスの合流を優先すべきか。


「ま、そっちにやる気がないなら今日は見逃してあげるよ。本命はあくまでセイラムだからね」  


「ふふ、それはどうも。私は他の子達と違って闘いは不得手なので助かります。命あっての物種ですからね」


 グリンダはわたしの横を通り過ぎるかと思いきや、急に九十度曲がって歩き始めた。そっちはすぐに壁だけど、なんのつもりなんだろう。


「ふふ、近道ですよ」


 わたしの心を読み取ったかのように、グリンダがそう言った。そして、壁に手を当てると……。


──ゴゴゴゴゴッ!!


 壁が割れた。割れて、そこに階段が現れたのだ。地属性の青魔法……それもかなりの高レベル。もしかしてこの地下空間を作ったのもこのグリンダなのかもしれない。


 そういえば以前に、怠惰の魔女バベなんとかの城を造ったのもコイツだと言っていたし。


「ああ、それともう一つだけ。私、戦闘は苦手なんですけれど、人間を兵隊にする事に関しては他の七罪原プレアデスの魔女よりも自信があるんです。ではご機嫌よう」


 グリンダが階段を登ると、割れた壁が元通りに塞がってしまった。これではもう後を追うことは出来ない。別に追いかけるつもりもないけれど。


 それにしても、今のセリフはどういう──


「……っバンブルビー!!」


 そうだ、確かさっきグリンダの奴はこう言ったのだ。『お連れの方、早く戻ってあげないと手遅れになると思いますけど』と。


 あれは早くアイビスを見つけて治療しないと手遅れになるという意味じゃなかったんだ!


 わたしは身体強化の魔法を全開にしてバンブルビーの元へ駆けた。やっぱり身体がやけに重いけど、今はそんな事言ってる場合じゃない!


 一分も立たないうちに前方から戦闘音が聞こえてきた。やっぱりバンブルビーが襲われている……けど、応戦しているという事はまだ無事なんだよね!?


「レイチェル推参!! お待たせバンブルビー!!」


 全力疾走の勢いのまま、取り敢えず視界に入ったやつを一人蹴り飛ばした。バンブルビーはすぐにわたしの背後をカバーするように後ろに回る。


「気をつけろレイチェル、コイツら今までの人間兵とはわけが違うぞ」


「……みたいだね、めんどくさいなぁもう」


 さっき蹴り飛ばした人間が、俊敏な身のこなしで起き上がった。手加減したとはいえ立ち上がれるほど優しく蹴った覚えはないんだけど。


 人間兵の数は全部で六、七……十一人か。それほどは多くない。けど、このレベルの奴らを殺さずに気絶させるのは骨が折れそうだ。


「くるぞレイチェル……く、ごほッ!」


「バンブルビー!? ちょっと大丈夫!?」


 一斉に飛びかかってきた人間を迎え撃とうとした矢先、バンブルビーが血を吐いて膝をついた。わたしは黒羽を発動して全方位の敵を翼で吹き飛ばし、すかさずバンブルビーを抱えて走り出す。


「くそ、魔法が……うまく使えない……」


「そんな大怪我してるんだから仕方ないでしょ!」


 わたしに抱えられたバンブルビーは身体から血をダラダラ流している。もしかして止血に使っている石化の魔法が解けた? だとしたらマズい。


「……レイチェル」


「ダメだよ、バンブルビーは置いていかないからね!」


 多分、俺のことはいいから置いていけとか、そんな事を言うつもりだったんだろう。出来るわけないじゃんそんなこと。


「……違う、肋骨あばら折れてるから、できれば別の場所抱えてくれ……めちゃ痛い」


「え!? ああ、ごめん! そういうアレね!!」


 は、恥ずかしいなクソ。それもこれもあのグリンダのせいだ、こんな事ならさっき殺しておけば……いや、今更そんな事言っても仕方ないか。


「おい、レイチェル後ろ」


「……っとに、実は人間じゃないんじゃないのコイツら、黒羽!!」


 バンブルビーを抱えているとはいえ魔女の、それも身体強化を使ったうえでの全力疾走に追いついてくる人間っていったいなに!?


 バンブルビーをお姫様抱っこしたまま、わたしは振り返って黒羽のムチを振るった。三人吹き飛ばしたけど、他の奴らが次々ムチの間を抜けて襲い掛かってくる。


「ごめん、揺れるよ!!」


 黒羽の形状をムチから剛腕に変える。四本、いや六本あれば足りる!


 バンブルビーを庇いながら六本の剛腕で八人を捌く。数が多いといっても、お互いが邪魔でどうしたって全員同時には攻撃できない。冷静に間合いに入った奴らを殴り倒す。


「おい、レイチェル……魔法、使いすぎるな」


「はぁ!? 今使わなきゃいつ使うのよこれ!」


「地下に来てから、身体の調子がおかしい……がはっ!」


「ああもう、いいから喋んないで! 大人しく抱っこされててよ!」


 わたしも身体の異常には薄々勘づいていた。これはもはや酸素が薄いとかそういう話ではないのだと。


 身体強化の魔法も調子が悪い、たぶん本来の半分以下も出せていない。黒羽の動きもいつもに比べてぎこちないし、それもどんどん悪くなっていく。


 何かおかしいのは分かってるんだ。分かってるけど、まずはコイツらを全員倒す。考えるのはそれからだ。


「ラストぉ!!」


 最後の一人をようやく倒した。人間兵は全員生きているけど起き上がってくる様子はない。


「……はぁ、はぁ、なんだったんだコイツら、ていうか……しんど」


「……レイチェル」


「……はぁ、今度は何?」


「……う、しろ」


 朦朧とした意識のバンブルビーがそう言って、かすかに指を持ち上げた。


「……もう、勘弁してよ」


 振り返ると、今倒した人間兵と同じ出立ちの奴らがこっちに向かって走ってきている。それも十五人も──




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