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158.「未来視と石化」




【バンブルビー・セブンブリッジ】


 薄暗い地下ホールに荒い息遣いが充満する。全身にアザを作り、口元から血を滲ませたヒルダは笑っている。傷は決して浅くない筈だが、動きは全く鈍っていない。


 それどころか、傷を負う前よりも洗練されているようにさえ感じる。さもなければ、俺が今こうしてみっともなくズタボロにされて息を切らしている説明がつかない。


「──解せぬ、といった顔だな」


 二振りの湾刀をだらりと下げたヒルダが、俺に向かって悠然と歩きながらそう言った。


「スピードでは勝っているのに何故当たらぬのか、だいたいそんなところか?」


 あと一歩……あとほんの一歩踏み出せば絶対に回避出来ない一撃をくれてやれる。なのにヒルダはピタリと足を止めた。さも当然のように。


「……やっぱ、その魔眼、()()()()()()


 俺は赤色に鈍く光るヒルダの眼を見据えてそう言った。


「ほう、勘もいいのだな」


 ヒルダは感心したように首を少し捻った。どうやら隠す気もないらしい。


「私の魔眼は未来視だ。まあ、未来視と言っても数瞬先に起こる未来が見えるだけだが」


 ()()、だと? ふざけるな、一瞬だろうが数瞬だろうがほんの僅かな読み合いが勝敗を分ける闘いにおいて、未来が見えるなんて反則級の能力だろう。しかし、だからこそ納得する。ヒルダが反則級の力を使い始めたから、俺は今こんなザマになっているのだと。


「もったいぶりやがって、そんなのがあるなら最初から使えばよかっただろ」


「私はつまらない事が嫌いなんだ。この眼を使えば簡単に勝てるが、それだと面白くないだろう」


「じゃあなんで発動したんだよ」


「魔眼を使って勝つこともつまらんが、負けるのはもっとつまらんからな」


 ヒルダは湾刀を曲芸のようにグルグル回しながら近寄ってくる。

 

 しかし、まいったな。魔眼同盟イーヴルアイズは思っていた以上に厄介な連中かもしれない。ヒルダの強さは俺を含めたレイヴンの幹部達と遜色ないだろう。


 さすがに全員が全員このレベルではないとしても、あと数人ヒルダクラスの奴がいれば手に負えないかもしれない。なにせ四百人規模らしいし。


 アイビスはまあ大丈夫だろうが、レイチェルが心配だ。ヒルダは他のルートの奴らが自分よりも弱いと言っていたが、馬鹿正直に信じる理由もない。とりあえず何とかしてコイツを退けてレイチェルと合流した方がいいだろう。


──ジャキィンッ……!!


 と、ヒルダが回していた湾刀をピタリと止めて、構えた。やはり俺の射程範囲のギリギリ外にいる。

 

 ヒルダはニヤリと笑うと、隙だらけに巨躯をのけぞらせて右腕を振りかぶった。そして──


「……っな!?」


──ぶん投げた。湾刀を俺目掛けてぶん投げやがった。


 身をかがめて飛来する湾刀を回避すると、ヒルダが既に肉薄していた。射程内だが体勢が悪すぎる、一旦左に避けて……いや、だがこれも未来視で見られているのなら迎撃されかねない。ならば素直に防御に徹した方が? というか、それすらも読まれているんじゃ──


「どうしたどうしたぁ!!」


「……ッつぅ!」


 再び繰り出された大振りの一撃、ガードしたものの衝撃を殺しきれない。そしてよろめいたところへすかさず追撃、左肩を浅く湾刀が舐める。


 たまらず反撃しようとした時には、ヒルダは既に間合いの外に飛び退いていた。


 未来視……思っていたよりもやりづらい相手だ。直感的な動きはもちろん躱されるしカウンターもある。かと言って何か思案したところで、それも読まれているのではないか?……などと考えてしまう。すると結果的に攻撃が出せず、防御に徹しても完全には防げない。泥沼の状況だ。反撃の糸口を掴まなければ、レイチェルと合流するどころの騒ぎじゃない。


 俺は半ばヤケクソ気味にヒルダに飛びかかった。右の拳で顔面を殴ると見せかけて寸止め、かがめば前蹴り、左右に避けるなら回し蹴り、後退するなら踏み込んで本当に殴る。


「ふん」


 ヒルダは一歩後退した。俺は迷わずそのまま踏み込んで拳を繰り出す。が──


「見え見えだぞ!」  


「……ぁがっ!?」


 ヒルダはアッサリと拳をすり抜けて、湾刀の柄で俺の顔面を強打した。とてつもない衝撃が頭の中を駆け巡り、吹き飛ばされているのに受け身が取れない。


 五回転ほど地面を転がってようやく立ち上がると、ヒルダの右脚が顔の真横にあった。


「……な」


 自分でも何て言おうとしたのか分からないが、再び顔面に衝撃が走り地面を跳ねる。飛び回る視線の端でヒルダの姿を捉えた。既に追撃にかかっている。


 カウンターをくれてやる。咄嗟に身体を捩って、拳を振りかぶりながら体勢を整えた。ヒルダはもうすぐそこまできている。なのに──


「……おっと、危ない」


 奴はやはり寸前で足を止めた。


「……つくづく、厄介な……眼だな」


「お前も十分厄介だバンブルビー。その状態でまだ反撃しようとするとはな。いい加減諦めたらどうだ? 私に勝てないことはもう分かっただろう」


「あいにく、物分かりが悪い方でな」


 ふらつく身体を何とか支えて、俺は拳を構えた。脳みそが嵐の海みたいに荒れ狂っていて、腹の奥から嘔吐感が込み上げてくる。ヒルダは攻撃してこない。


「バンブルビー、段々貴様という奴が分かってきた。こんな出会いじゃなければいい友になれたかもな」


 返事はしなかった。というかする余裕がなかっただけだが、実を言うと俺も一つ分かった事がある。


 ヒルダは俺の攻撃に対して三パターンの対応をとるということだ。すなわち、避けるか、カウンター、もしくは静止。


 攻撃に対してこの三つを選ぶのは当たり前なんじゃないかと思うが、それは()()()()()()()()だ。


 未来視を持っているヒルダは本来避けたり静止したりせずに、全てカウンターを返せばいい筈だ。なのにそうしない。いや、()()()()のだとしたら?


 そう考えるとさっきまでの奴の動きに一貫性が見えて来る。とりわけ興味深いのは静止・・した場面だ。


 どれも俺が一撃必殺、間合いに入れば回避不可能の攻撃を繰り出そうとした時、奴は一歩手前で足を止めた。その後剣を投げたり意表を突いて俺の必殺を崩しにかかった。


 つまり、未来が見えるのと、対応出来るかどうかってのは別物なんじゃないのか?

 

 思えばあれこれ考えずに攻撃した時の方がカウンターをくらった回数は少ないように思う。逆に考えて攻撃した時の方が手痛いしっぺ返しをもらっている。


 そうだ、俺はおそらく魔眼の能力に当たりをつけ始めた頃から攻撃に迷いが生まれていた。それが純粋な技のスピードを鈍らせていたのかもしれない。


 迷いのない攻撃は、くると分かっていても避けられない。よって静止。


 とくに考えなしの適当な攻撃は、スピードはあるが魔眼で何とか対応、よって回避。


 考え過ぎてスピードの落ちた攻撃は、魔眼で難なく見切れる。よってカウンター。


 これが当たっていればさっきまでのヒルダの対応に説明がつく。俺を迷わせる事が目的だったとすれば、わざわざ馬鹿正直に魔眼の能力を説明した事にも納得がいく。


 身体中あちこちズタボロだが幸い脚だけは守り切ってる。まだ動ける。出血もあるが石化魔法でそっちは一時的に何とかなる。


 まだ闘える。


「……貴様まだ──」


 俺の拳がヒルダの頬を掠めた。そうさ、まだ闘える。闘えるぞ俺は!


「…………ッ!?」


 何も考えない、ただ速く、速く、速く、速く!


 遮二無二攻撃を繰り出せ、繋げろ、途切れたら終わりだ。俺もそうだがアイツだってボロボロだ、一撃いいのを当てれば勝てる……勝つ!


 ヒルダは薄笑いをやめて攻撃の回避に徹している。それでも俺の攻撃を完全に躱せているわけではない。徐々に当たり始めている。湾刀を一振り蹴り飛ばした。


 踏み込む度、右腕を振りかぶる度に激痛が走る、肺の奥が重い。折れた肋が刺さっているかも? 息を止めているから分からないけど、もしかしたら吸ったらもっと痛いのかもしれない。けどまだ追撃は止めない。このまま、コイツを倒すまで──


「──ッ?」


 急に視界が少しズレた。


 足元に違和感を感じた。


 足元は見ない、見なくても分かった。何か踏んだんだ。何かっていうか、ヒルダが放り捨てた鎖付き鉄球の、丸い柄を。


 俺の拳が虚しく空を切った。


 絶え間なく続いていた連撃に、ほんの一瞬生じた隙。ヒルダはこれが見えていたのか? 見えていたんだろう。でなきゃタイミングが良すぎる。左肩から右腰にかけてけさがけにされた。

 

「……く、くぁ……」


「……はぁ、はぁ……バンブルビー、勝負は時の運……というやつだなぁ!」


 奴が無造作に放った前蹴りが、呆然とする俺の胸に食い込む。赤い液体が弾けるように噴き出て、ヒルダを真っ赤に濡らすのが見えた。


 今日何度目だろうか、俺は地面を跳ね転がって横たわった。うつ伏せになったらしい、冷たい地面の感覚を頬に感じる。


 ゆっくりと顔を上げると、ヒルダがよろよろとこちらに向かって歩いてきていた。身体が痺れて上手く動かない。やばいな、これ。流石に、まずいか。


「……く、くくく……くはははは!」


 ヒルダは笑っている。勝利に酔っているのか、やけにふらふらと足元がおぼつかないまま、天を仰いで笑っている。


「クーククク、ク……クハハハハ!!!」


「……」


 いや、笑いすぎだろ。


「……ク、ククク、クハ……んん、もう、らめ」


「……は?」


 ヒルダはひとしきり笑うと、俺の目の前で顔面から地面に突っ込んだ。ゴチンッという鈍い音と共に、地面にヒビが入る。石頭だな……いや、そんな場合じゃない。なんで?


「……おい、ヒルダ」


 倒れたまま呼びかけるが、返答はない。肩が上下しているから死んだわけではないのだろうが……。


「おい、聞いてるのかデカ女!」


「……セイラム……まぁた、わけの分からんことを……だが、そこが好きらぁ」


 寝言、だった。ヒルダは寝ている。意味がわからない、なぜこの状況で……というか、コイツなんか酒臭くないか? 


「……酔って、いるのか?」


「……んん、もう……呑めん……」


……さっきの袈裟斬り、俺は咄嗟に身体を石化させたから傷は浅い。もちろん服と、内ポケットに入れていた()()()()()はダメになったわけだが。


 直後に蹴られた時、切り裂かれた皮水筒からワインが吹き出したのが見えた。それがヒルダにかかって……まさかそれで? 多少口に入ることはあるかもしれないが、そんなわずかな量で泥酔できる奴がこの世にいるのか? 肝臓が赤ちゃんなのか?


「……むぅ、セイラム、相変わらず……声帯が弱いなぁ……だがぁ、そこが好きらぁ」

 

 うん。これは、酔ってるな。間違いなく。


「まあ、勝負は時の運だしな」






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