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155.「扉と鉤爪」


 【レイチェル・ポーカー】


 石造の階段は下へ下へと長く伸びる。一定の間隔で青白い炎を灯す松明のような物が壁に取り付けられているからそこまで暗くはない。


 途中、階段を降りると物凄く広い空間に出た。だだっ広い空間にはたった一つだけ、禍々しい造形の玉座のような物があるだけで他には何も無かった。いや、物は無かったが人はいた。例によって人間、虚ろな目の案内人だ。


「セイラム様は地下でお待ちです。どうぞお進みください」


 わたし達は案内通り、広間を素通りしてさらに地下へと伸びる階段を降った。


 しばらく進むと、再びひらけた場所に躍り出た。先程の空間に比べれば狭いとも言えるけど、細い階段を延々と降りてきたわたしにはやけに広く感じる。屋敷の玄関ホールよりも少し小さめの空間で、これ以上下へ進む階段はもう無い。つまりここが最下層というわけだ。


 しかし、だからといってここにセイラムがいるのかと言われれば答えは否だ。ここというよりは、この先(・・・)にいるのだろう。いるよね?


「さて、また別れ道だね。どうする?」


「……どうしよっか、これ」


 わたし達がいる場所、仮に地下ホールと言うならば、地下ホールは円形をしている。そして、円の中心から放射状に伸びた壁に八つの扉が設置されていた。


 さっきまで度々現れた操り人間の案内人もここには居ない。何気なくバンブルビーの方をチラッと見ると、懐から革水筒をだして酒を煽っていた。お酒好きなのはいいんだけど、状況を考えて欲しい。いや、寧ろこの状態にやけを起こして飲んでいるのか、やけ酒的な?


「三人いるんだ、二手に分かれよう。俺とレイチェルはこっちに行くからアイビスは好きにしろ」


 革水筒を懐にしまったバンブルビーの言葉に、んん? っと疑問を抱いたのは当然わたしだけではなかった。


「あのさ、三人だから二手に分かれるって何かおかしくないかな。普通三手に分かれるよね?」


「……俺はレイチェルの補佐をしについて来たんだ」


「ふふふ、バンブルビーそればっかりだね。けどほんとにそれだけ? やっぱり他意があるんじゃ……」


「……ねえっつってんだろ」


 ちょっとちょっとお二人さん、今ここでさっきの話をぶり返すのはやめてくれませんかね? ていうかやめて? みたいな事を言いたいのだけど、二人の間に割って入る勇気というか、気力がない。


「えぇっと、心配してくれるのは有り難いんだけど、わたしも三手に分かれる案に賛成かな。早くしないとセイラムが人間を殺し始めるかもしれないし、それにわたし達なら多分単独でも何とかなるよね」


「……レイチェルがそう言うなら、分かった。また後でな」


「ふふふ、私の時と態度が大違いだね。じゃあ二人とも気を付けて」


 わたしが提案するとバンブルビーはやけにアッサリと引き下がってくれた。なんだか肩透かしをくらった気分だ。


 呆気に取られるわたしを尻目に、二人ともさっさと扉を開けて進んで行ってしまった。もっとこう、用心して扉を開けたほうがいいんじゃないのかとか、言う暇もなかった……けど、まあ、もういいか。


「……わたしも一人の方が都合いいしね」


 単独行動が出来る最大のメリット。それはわたしが敵と遭遇して傷を負わされたとしても、不死身体質アンデッドボディで人目を憚らず再生出来るという事だ。


 この作戦での一番の懸念が、今この瞬間は取り敢えず消えた。それだけでわたしの心はかなり軽くなった。


 地下ホールの八つの扉の内、わたしは階段の左隣りにある扉を選んで、ゆっくりと押し開けた。




* * *




 あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。一時間か、それとも二時間? アイビス、バンブルビーと分かれてから扉の奥に進んだものの、一向に出口というか、通路の終わりが見えない。


 通路は人一人が倒れるほどの道幅で、高さはわたしの背の倍以上はある。こんな地下深くなのに、床も壁も天井も煉瓦で組み上げたように整備されている。いわゆる穴を掘り進めてそのまんまの状態、掘りっぱなしのトンネルとかとは違うのだ。


 通路には相変わらず青白い火が灯る松明が等間隔で設置されているから視界は悪くない。ただグネグネと曲がったり、時に登ったり、時に降ったりと、さながら迷路のようだった。まあ迷路と言っても特に別れ道とかはなくて、引き返そうと思えば地下ホールまでは難なく戻れるだろうけど。


「……もう、どこまで続くのこの道」


 思わず愚痴が溢れる。これで急に行き止まりとかになったらどうしよう。いや、どうしようというか引き返せばいい話なんだけど、それはそれで結構精神的に辛い。


 扉は全部で八つあった。仮にどれかがセイラムが居る所へ続いている前提で考えても、わたしが()()()を引く確率は八分の一……これは、もしかしてハズレかなぁ。


 もう何度目か分からない直角の曲がり角を曲がった途端、目の前が行き止まりだった。


 いや、行き止まりではない。よく見るとそれは壁ではなく扉だった。壁や床、天井と同じく石造の扉。わたしは少し躊躇った後、ゆっくりと扉を押し開いた。


──広い。


 ずっと狭い通路を進んできたせいだろうか、最初に頭を過った感想はそれだった。それよりももっと他に考えるべき事はあったろうに、例えばわたしの視線の先にいる人物、あれが敵なのかどうかとか。


「……あの」


 と、わたしが声を掛けようとした瞬間、ヤツが、男がおもむろに立ち上がった。


 そう、男はつい今の今まで座っていたのだ。地下ホールの三、四倍ほどの広さのこの部屋には、天井が崩れないためか四本の柱がある。その柱の一本の前に木樽か何かが置いてあって、男はそこに座って項垂れていたのだ。


「──あぁ、クソ……マジで来やがったぜ……ったく、扉が八つもあんのに、ついてねぇなぁ……」


 男はなにかぶつくさ言いながら、腕を真上や真横にに伸ばしたり、腰を捻ったりしている。その度にバキボキと肩や首、背骨から野太い音が響いた。


「よぉ、お前さんレイヴンの魔女なんだってな……色々と聞きたそうな顔してやがるから、一応教えといてやる。おれぁ鉤爪のライルっつうモンだ」


「……ライル」


 と名乗った男は、気だるそうに手足をぷらぷら振りながら続けた。


「まぁおれぁ、アレだ……所謂いわゆる傭兵ってやつでなぁ、セイラムに金で雇われてるっつぅわけだ……金を貰ってる以上はなぁ、おれもプロだぜ、仕事ってもんをカチッとこなさねぇといけねぇわけだ、そうだろ?」


「はぁ、そうなんだ」


 ライルは見たところいい歳だ、四十代、いや既に五十代にさしかかっているかもしれない。適当に刈り取られた顎髭の周りには深いシワが刻まれているし、ボサボサの頭は黒髪なんだろうけど、白髪が多くて灰色にすら見える。


 外套の隙間から剣の柄がチラッと見えるし、傭兵というのは本当なのかもしれない。しかし、セイラムは何を考えてこんな壮年の男を雇ったのだろう。


 人間に魔女の相手なんて務まるはずがない。そんな事はセイラムとて百も承知の筈だ。しかもよりにもよってこんな枯れ枝みたいな──


「……あぁー、まぁ、けどよぉ、なんだ? おれもプロとはいえ男の端くれだぁ、化け物とはいえ女を手にかけるのぁよぉ、正直言って気が重いぜ……だから嬢ちゃん、引き返すなら()()()()()()


 『見逃してやる』その一言に若干……というか、少しというか、多少というか、まあ、実際かなりカチンときた。


「……はぁ、あのさ、ライルだっけ?」


「ライリーって呼んでくれてもいいぜぇ」


「じゃあライリー、よく聞いて。今すぐわたしの前から消えてくれるかな、そしたら()()()()()()()


 わたしは黒羽を広げてライリーを睨め付けた。傭兵ってやつは金を貰って人殺しをする集団だ。大抵ロクなやつはいないし当然わたしは嫌いだ。けど別に殺したいほど嫌いなわけではない。


 出来れば人間は殺したくないのだ。わたしの魔法に怯えて逃げてくれるなら、それでいい。


 しかし、わたしのアテは外れた。


「……クク、なるほどなぁ、それが()()かぁ。黒い羽たぁ……まるっきり鴉ってわけだ」


「……ッ!?」


 ライリーはさっきからずっと怠そうな様子で喋っている。動きだってそうだ、風に吹かれたボロキレみたいにゆらゆら揺れて、なのにいつのまにかわたしに向かってナイフが投擲されていた。


 すんでのところで黒羽ではたき落とした。いや、はたき落とせた。威嚇のために黒羽を発動していたから間に合った。もし発動していなければあのナイフはわたしの右眼に突き刺さっていただろう。


 無論それでもわたしは死なない。けど、それはわたしだったらの話だ。もし他の魔女なら──


「おぉいおぉい、今の防いじまうなんてよぉ……楽しくなってきたじゃねぇか、化け物がぁ」


 ライリーは腰の剣を右手でゆっくりと抜いて姿勢をだらんと垂らした。顔も姿勢も気だるそうにしているけど、その眼光だけは不気味に光っていた──




 

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