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152.「七罪原と十三夜会」


【セイラム・スキーム】




 不運というものは脈絡もなく訪れるものである──




「──食料庫の食材が全部腐ってるだって!?」


 魔眼同盟の邪悪なるお抱えコックからの報告に、思わず僕は叫んだ。


「……うん、にゃんか食料庫を冷却するための魔法式が機能してにゃいみたい。日中はかにゃり暑かったし、生物にゃまもの軒並のきにゃみ腐ってたね」


「どど、ど、どうしよう……もうすぐ七罪原プレアデスとゴーベルナンテが来ちゃうのに!」


「ほんとタイミング最悪だにゃ……というか、そもそもにゃんでアイツらに夕飯を振る舞う必要があるわけ?」


 不満を隠す気もない様子でそう言ったキャシーは、いつも細い目をさらに細めて僕を見据えた。なんかあれだ、『どうせラムちゃんが余計にゃ事したんでしょ』って言いたげな目だ……失敬な!

 

「えーと、なんか僕がゴーベルナンテに『邪悪なる同盟を祝って混沌の晩餐会に招待してやろう』的な事を言っちゃったらしいんだよね。あんま記憶にないけど」

 

 まあ、実際僕のせいで今夜の晩餐会、もとい集会はあるわけだけどね……。


「ラムちゃん、ノリと勢いと見栄とハッタリだけで生きすぎじゃね?」


「僕のライフスタイルについてのクレームは受け付けてないよ! とにかく今は晩餐会の料理を何とかしないと! なんでもいい、何か使える食材はないの!?」


 招待しておきながらろくな料理も振る舞えないんじゃ魔眼同盟、ひいては僕の沽券に関わるじゃないか! 最悪そこからボロが出る可能性もあるし。


「……まあ、生鮮食材は全滅だけど保存が効く粉物とか、卵も大丈夫かにゃ。森に行ったら果物とかもとれるかもだけど」


「むぅ、何も無いよりはマシだけど……メインディッシュには新鮮なお肉を使った料理を出したかったのに……肉がないよ!」


 僕の発明した魔法式のお陰でうちの食材は長期間新鮮な状態に保つ事が出来る。新鮮な食材を使ったキャシーの料理はもう絶品なのだ! まぁ、今は全部腐っちゃったんだけどね。


「誰かさんが雷降らせてばっかだからこの辺りに鹿とかもういにゃいもんね」


 く、まさかここに来て邪悪なる演出の弊害が……!


「ああもう!! キャシーの邪悪なるミートパイで胃袋をガッツリ掴んでやるはずだったのにぃ!!」


 僕はソファーに腰掛けたまま足をバタバタ降って天井を仰いだ。なんだってこんな時に……


「……あ、邪悪にゃると言えば、心臓にゃら一杯ストックあるよ。食料庫に入りきらにゃかったから臨時で別の倉庫に移してあったんだった」


「それだぁ!! それでミートパイ、いやハートパイを作ればいいんだよ! そして食った奴らのハートも鷲掴みだぁ!!」

  

 先日ゴーベルナンテが手配してくれた『荒ぶる獣の心臓』がこんなところで役に立つなんて、暁光すぎる!!


「掴むのって胃袋だったんじゃにゃかったの?」


「どっち掴まれても痛そうだから別にどっちでもいいんだい! とにかくさっさと料理を作ってよキャシー! あ、でも僕の分の心臓パイは別に作らなくてもいいからね!!」

 

 キャシーはビシッと敬礼すると、スキップしながら部屋出て行った。僕があげたブレスレットの鈴が可愛らしい音を奏でて、だんだん小さくなり、そして聞こえなくなった。


「……ふぅ、行ったか。荒ぶる獣の心臓をふんだんに使ったパイなんて邪悪100%だけど、ちょっと僕の好みとはズレるっていうか……うん、普通に果物の盛り合わせとかがいいな」


 


* * *


  


──深い霧が立ち込める森の深部、雷の光に照らされて浮かび上がる不気味な屋敷の姿は、まさに邪悪そのものだ。


 しかし、今夜に限っては邪悪なんて言葉では些か表現が控えめだ。ヨーロッパで名を馳せる、或いは名を()()()悪名高き魔女達が一堂に会しているのだから。強いていうなればそう……うん、なんだろ……超邪悪って感じである!


 つまり、屋敷の主人である僕もいつもに増して凶々しく邪悪さがほとばしっているのだ!!


 ちなみに現在僕達は地下にいる。三同盟で晩餐を囲むために特別にあつらえた巨大な円卓に、僕を含む邪悪なる魔女達がぐるりと輪になって腰掛けているのだ。


 キャシーが全員分のグラスにワインを注ぎ終わると、僕はそれを手に取って立ち上がった。一同の刺すような視線が僕に集中する──


「──さて、今宵我が屋敷に集いし邪智暴虐の魔女達よ、初めに一つ言っておきたい事がある。いいかよく聞け……貴様らは正気では無い」


 ビリッ……と、明らかに複数の殺気が肌を刺した。僕を取り囲む視線はギラギラと光って射殺さんばかりだ。それでも僕は動揺しない、寧ろ虚勢を張って口角を吊り上げる。


「なにせあのアイビス・オールドメイドを殺すなどと言っているのだからな。奴の強さは桁違い、まさに常軌を逸した強さだ。まともにやって勝てる相手ではないだろうに」


 剣呑な空気が円卓を包み込む。ゴーベルナンテまでもが訝るような目をこちらへ向けている。『貴様、臆したのか』とでも言いたげな目だ。


「──だが、だからこそ我等は奴に勝てる。なにせこの円卓を囲む者は我を含めて全員、正気まともではないのだからな」


 僕はニコリと笑ってグラスを掲げた。円卓の魔女達も僕の冗談混じりの挨拶に応えるように、殺気を引っ込めてグラスを傾けた。これで掴みはバッチリ、出だしが肝心だからね。


「──さて、イカレた同士諸君。既に顔馴染みの者もいるだろうが今宵は三同盟初の夜会、ワインで酔っ払う前に改めて自己紹介といこう。私はゴーベルナンテ、十三夜会ダース最後の生き残りだ」


 全員がグラスを置いた後、真っ先に立ち上がって口を開いたのは僕の左隣に座るゴーベルナンテだった。スペイン支配を目論んでいた組織、十三夜会ダース。彼女はその生き残りだ。


 もう何十年前になるか、初めに黒の同盟を率いていたアイビス・オールドメイドといさかいがあり、その後エリス・シードラにゴーベルナンテを除く全てのメンバーが殺されたとか……レイヴンに恨みを持つのも無理はない話だ。


 ゴーベルナンテが座ると、今度はその左隣、黒髪の魔女がゆっくりと立ち上がった。どうやら時計回りで自己紹介する流れになるらしい。


「強欲の魔女、グリンダ・トワルと申します。以後お見知り置きを」


 強欲の魔女といえば建築家として有名だ。十七年ほど前にも怠惰のバベなんとかの依頼で一緒に仕事をした事があったけど、彼女の魔法で街や城が出来上がる光景は壮観だった。それなりの対価は払わされたみたいだけどね。


 グリンダが静かに椅子に腰掛け直すと、隣の魔女が面倒そうに立ち上がった。灰色の長い髪に片目が隠れている、もしや魔眼持ちかと思って洞観の魔眼を使ったけど、どうやら検討違いだったらしい。


「嫉妬の魔女、レヴィ・リベールよ! アイビスはどうでもいいけどジューダスは私が殺すんだから、あんた達余計な手出しすんじゃないわよ!」


 僕は魔眼を発動したついでにレヴィの魔力量も盗み見た。魔力の評価はA、偉そうな事言うだけあってなかなかだ。うちのジーナとキャシーよりは強いらしい、それも凄く。


 レヴィが座ると、隣の魔女が乱暴に椅子を退かして立ち上がった。


「憤怒の魔女、イー・ルー様だ。足引っ張りやがる奴はぶち殺すからな」  


 白髪のイー・ルーと名乗る魔女の魔力もA評価。やっぱり強い、七人でフランス征服を目論むだけはある。口悪いけど。

 

「色欲の魔女、ブラッシュ・ファンタドミノ。是非親密な関係を築きましょう……もちろんエロい意味でね」


 次に立ち上がったのは青い髪の魔女だった。クールな顔してなんかとんでもない事を口走った気がする……ちなみに魔力はやっぱりA評価。


「貪食の魔女、エキドナなのだ。自己紹介とかテキトーでいいからさっさとヒメに何か食わせるのだー」


 スケベ魔女の隣、ピンク色の髪の魔女が座ったままそう言った。よほど空腹なのか、微かにギュルギュルとお腹が鳴っている音が聞こえる。魔力の評価は……Sだ。この女、段違いに強い。


 いったいどんな魔法を使うのかと、魔眼に少しだけ力を込めて目を細めると、エキドナの目玉がぎょろりとこちらを向いた。随分と勘のいいやつ、僕は魔眼を引っ込めた。


「セイラム様の忠実にゃるしもべにして邪悪にゃる料理長、キャット。同盟のよしみでキャシーって呼んでもいいよ」


 自己紹介の順番が魔眼同盟ボクたちに回ってきた。皆んなが僕の事ラムちゃんとか言わないか心配だ。今のところキャシーはセーフ!


「同じくセイラム様の忠実なる僕にして邪悪なる参謀、ジーナ・ペレストロイカよ。よろしくね」


 ジーナも流石の落ち着きよう、円卓の魔女では間違いなく最弱なのに妙な太々しささえ感じる。素晴らしい。


「セイラムの用心棒をやってる、ヒルダだ。私も腹が減った」


 僕の隣、一回り大きな椅子から立ち上がったヒルダが危うかった。様は付いていなかったけど、まあギリギリセーフだ。それにお腹空いてるなら仕方ない。ていうか次僕の番か──


「……そして我こそが四大魔女にして魔眼同盟の盟主、偉大なる魔眼の魔女、セイラム・スキームだ。同志諸君、薄汚いカラスを共に焼き尽くそうではないか。クックック……ハーッハッハッハー!!」


 立ち方、ポーズ、身振り、尻尾の位置に角の角度まで、全てが最も邪悪に見える完璧な振る舞い。加えて昨日から練習していた高笑いもむせずに完唱! さすが僕!


 この調子だ、このノリと勢いを殺さずにアイビスを殺す! 今日こそが僕の覇道の偉大なる第一歩になるんだ!! なるよね!?


 


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