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150.「セイラムと三同盟」


 【レイチェル・ポーカー】


 火花が仇打ちの為にレイヴンを去ったその一週間後。哀しみに暮れる暇も無いままに、わたしは四大魔女の一人セイラム・スキーム討伐に乗り出していた。


「──確かに今回の相手は四大魔女って言われるほど強力な魔女だよ。けど同じ四大魔女だからって必ずしも実力が拮抗しているわけじゃないよね」


「……うん、そうだね」


 麗かな午後の日差しを浴びながら、我らが盟主の話を何となく聞き流す。五年間苦楽を共にした友が急に去ってからまだ一週間、正直まだ気持ちの整理が付けられないでいた。


「自慢みたいに聞こえたら嫌だけど、私ってほら、有り体に言って最強でしょ? だから正直な気持ちを打ち明けるとね、別にこんな大所帯で行く事もないと思うんだ」


「……」


 先頭を歩くアイビスがチラリと後ろを振り返ってそう言った。はたして四人を大所帯と呼んでいいものかと疑問に思ったけど、もう返事をする気力が無かったから無視した。


 そうすると無口なバンブルビーとマジで無口なエリスも当然返事をする訳がないわけで、アイビスの独り言みたいになった。


 しかし、それでも我らが盟主は挫ける事なく尚も話し続けた。


「まだ城を発ってから半日だし、今からでも帰るのは遅くないんじゃないかな。残してきてる皆の事もいろんな意味で心配だし」


「まあ、それは確かにな」


 思うところがあったのだろう、ようやくバンブルビーが返事をした。確かに城に残ったメンバーを考えると一抹の不安はある。いや、一抹どころではないか。


 なにせアイビスが城を開けているという状況が非常に稀で、それゆえに危険なのだ。ヴィヴィアンとウィスタリアが喧嘩をしても止めるがいないという事だからね。


「よし、じゃあ善は急げだ! バンブルビーとエリスはさっさと、じゃなかった……さっそく城に帰……」


「よし、帰るぞレイチェル、エリス。セイラム退治は最強のアイビス様だけで十分だとさ」


 急に張り切った様子で何か言いかけたアイビスを遮って、バンブルビーがポンポンとわたしとエリスの肩を叩いた。帰ってもいいならわたしは帰りたい。切実に。

 

「ちょ、ちょっと待った、待って! さすがに一人はさ、ね?」


「……何が『ね?』なんだ?」


「いや、せめてレイチェルは置いていってよ……なんていうかほら、危ないでしょ? 私一人でセイラム討伐」


 既に踵を返して来た道を引き返し始めているわたし達を、アイビスは必死に引き留めた。普段まず見ることのない焦りようで威厳もへったくれもない。たぶん玉座から退かしたらいけないタイプの人だったのかな。


「面白い冗談だな」 


 しかし、威厳をかなぐり捨てての懇願にもバンブルビーの対応はいつも通りのスーパードライだった。


「いやいや冗談じゃないし、というか面白いなら少しは笑ったらどうなのかな!?」 


「訂正、面白くもなんともない冗談だな」


「訂正された……」


 見ていて心が痛ましくなるほどしゅんとしたアイビスに、思わず情がほだされた。わたしは再び踵を返してアイビスの元へ歩み寄る。


「……はあ、結局アイビスは何が言いたいの? わたし達を帰したいのか帰したくないのかハッキリしてよ」


「うぅ、帰したいし帰したくないんだよぅ……けどもういいよ、四人で行こうよセイラム討伐、皆で行った方が賑やかだもんね」


「まさかセイラムもピクニック感覚で討伐隊が向かってるとは思わないだろうな」


 全くである、さっきの流れでアイビスが一人になれば討伐隊が討伐隊ですらなくなるところだったし。始まる前からぐだぐだである。


「ていうか、セイラムって実際強いの? 噂はよく聞くけどさ」


「さあな、聞いた話だと魔眼同盟イーヴルアイズって組織の盟主で、構成員は四百を超えるとか……」


「四百って、うちの十倍以上じゃん……やっぱりわたし帰ってもいい?」


「レイチェルは帰っちゃダメだよ! 心配しなくても四百人だろうが五百人だろうが私一人で鏖殺おうさつ出来るから!」


「じゃあ尚更帰ってもいいじゃん」  


「待って! 今のはちょっと盛りすぎたね、本当は四人くらいしか相手にできなさそう! だから帰らないで!」


「極端だな」


 確かに。何故一か百しかないのか、間をとりなよ。ていうかなんか必死だし。


「とにかく今日のアイビスがよく分かんない事はよく分かったから一緒に行くよ。一応ボスだしね」


「ああ、一応な」


「……」


 バンブルビーに続いてエリスも無言でコクリと頷いた。意思の統率が取れている良いチームだ。アイビスを除いてだけど。


「はぁ、なんか私って全然慕われてない気がしてきた……むしゃくしゃするからセイラムは監獄送りじゃなくて普通に殺そっかな」


「拗ね方怖っ」


 冗談なのか本気なのかいまいち判断がつかないところが特に怖い。


「で、セイラムの動きはどうなってるんだ?」


「……バンブルビー、何も知らないでついて来たの? なんか手当たり次第に人間を攫ったり街を焼いたりしてるんだって、何考えてるんだろうね」


「きっとむしゃくしゃしてやったんだよ」


「もう、いつまで拗ねてんのさ」


 いくら相手が至高主義の連中だと言っても、流石にむしゃくしゃしたからって街滅ぼしたりはしないだろう。ていうか、アイビスはするの? しないよね?


「セイラム、今まで大人しかったのに急に大胆な事しだしたな……案外俺達を誘い出す罠だったりして」


「まさか、仮にも相手は四大魔女だよ? この私を罠に嵌めようなんてバカな事考えるわけないよ」


「十五年くらい前にはバカが一人いたけどね」


 以前、四大魔女が一人、ジューダス・メモリーを罠に嵌めるためにワザと派手な動きをした奴がいたのだ。たしかバベリア・ビビルリ……まあ名前は覚えてないけどその時と今回、流れが似ている気もする。


 けど、それを踏まえた上で尚、やはりアイビスの怒りを買おうなんてそんな大バカがいるはずが無いと思うけど──





* * *

 


【????】

 

──屋敷は以前訪れた時とは打って変わって不気味な雰囲気に包まれていた。


 屋敷を包む森は濃い霧に包まれ、曇り空からは雷の音がこだましている。やり過ぎではないかと思うほど如何にもな雰囲気の魔女の根城。


 私は屋敷の正面扉をノックした。数秒ほどで返事が返ってくる。


「──何者だ」


「……『十三夜会ダース』のゴーベルナンテ、先日の返事を聞きに来た」


「……入れ」


 ギイィ……と、これまた不気味な音を立てて屋敷の玄関が開かれた。雷鳴を背に受けながら、私は屋敷へ足を踏み入れる。


「着いてこい」


 出迎えたのは見上げるほどの大女だった。黒い髪に褐色の肌、額に刻まれた傷からしておそらくコイツがかの有名な傭兵に違いない。


 言われるままに着いて行くと、女が向かったのは屋敷の最上階……ではなく、屋敷の地下だった。前回同様に奴の私室に通されると思ったのだが、何か企んでいるのか──


 地下に降りると、そこは部屋というよりは広大な広間のような場所だった。壁に取り付けられた怪しく揺らめく照明がぼんやりと辺りを照らし、足元には外と同じく濃霧のうむが充満している。


 そして何も無い地下に唯一ある造形物、禍々しい彫刻が施された石造りの玉座に奴が腰掛けていた。


「──十三夜会ダースのゴーベルナンテか、そろそろ来る頃だと思っていたぞ」


「だったら当然返事は用意しているんだろうな」


「そうはやるなゴーベルナンテ。まずはこの我に貢物を献上せよ、話はそれからだ」

 

「……いいだろう」


 私は懐から取り出した皮袋を玉座に投げた。奴はそれを受け取ると、ゆっくりと革紐を抜いて中身を確認した。奴の口元が歪に歪むのが見える。


「お望み通り獣の心臓だ。残りの九十九個はここに記してある場所に保管してある。氷漬けにしてるのはサービスだ」


 今度は心臓の隠し場所が記された地図を投げつけた。こんな物を集めさせていったい何に使うのかは知らないが、これで話が纏まるなら安いものだ。


「……ふむ、よかろう。では返事を聞かせてやる」


 奴がそう言って片手を上げると、玉座の背後から二つの影が現れて両脇に控えた。私の後ろにいた大女もゆっくりと玉座へ移動する。


 私は気取られないよう細心の注意を払って身体に魔力を灯した。交渉が決裂すればそのまま戦争になりかねないからだ。


 奴が次に発する言葉が、これからの運命を左右する。私はごくりと唾を飲み込んだ。


「──受けてやろう」


 たったの一言……だがその一言に、私は深々と頭を下げた。だが別に礼を尽くして黙礼したわけではない。自分でもニヤけるのが制御出来なかったからだ。私は昔から感情が表に出ているのを見られるのが嫌いなタチなのである。

 

「では、その気になってくれたと思っていいんだな?」


「うむ、このセイラム・スキーム率いる魔眼同盟イーヴルアイズと貴様ら十三夜会ダース、そして七罪原プレアデスは今この時をもって同盟を結ぶ……」


「……そして私達三同盟の目的は、レイヴン最凶の魔女、アイビス・オールドメイドの抹殺だ」


 半世紀、奴に妹を殺されてから私はずっと機を窺っていた。強すぎる奴に復讐するためにはあらゆる努力を惜しまなかった。そして今、奴を殺すために必要な駒がようやく揃ったのだ。


 ゴーベルナンテは必ず借りを返すという事を、奴の死体に刻み込んでやる──

 

 




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