149.「本音と本音」
【辰守君晴人】
「──あの、こんなこと聞くのもなんですけど、俺が居なくなったのっていつ頃発覚したんですか?」
すっかり太陽が沈み、暗くなった道を走る。今のペースで走ればフーが眠る龍奈の家まで五分も掛からないのだが、この面子ではその五分に満たない時間ですら沈黙が辛かった。
「昼前くらいかな、スカーレットが最初に騒ぎ始めてその後ライラックと一緒に島中探してたよ。最終的にはブラッシュを駆り出して島丸々感知魔法で調べてたね」
「……そ、そんな大ごとに」
やはり鈴国から話を聞いた後早急に戻るべきだった。バブルガムのワガママに付き合ったばっかりに……自分が不甲斐ない。
「その騒ぎでスノウが気づいちゃったみたいでね、いつの間にか島からこっちに来てたんだ。多分先に君を見つけて殺すつもりだったんだろうね、理由なんてどうとでも言えるし」
「じゃあ、俺を殺そうとしたのはマリアの独断って事ですか?」
「そういうこと。だから安心して帰って来なよ、式も控えてるわけだしね」
良かった……殺されかけたこと自体は全然良くないけど、島に帰っても処刑される心配は無いらしい。やはり結婚はさせられるみたいだけど──
* * *
「──二階から失礼、お邪魔します」
「ったく、自分家に鴉を入れる事になるなんてね、悪夢だわ」
龍奈の家付近は先程のボヤ騒ぎのせいで人が多かった。目立つのを避けて屋根伝いに家までたどり着くと、俺達は二階のベランダから部屋の中へ入った。
絶賛気絶中のマリアはひとまず龍奈の部屋に転がしておく事にした。バンブルビー曰く意識が回復する事はしばらくないだろうとのことだ。
その後龍奈を先頭にして二階奥の部屋に行くと、そこには依然浅い呼吸で苦しそうに眠っているフーの姿があった。
「なるほど。この子が辰守君のね……見た事ない顔だ。この首輪は?」
「この首輪がマナの吸収を阻害してるらしいんです。無理に外そうとしたら爆発する仕組みらしくて……」
「……ふぅん、爆発ね」
バンブルビーはフーの青白い首に付けられた首輪をジロリと数秒見つめると、やおら踵を返して部屋の窓を開け放った。
「辰守君、ちょっとその子の身体起こしてくれるかな。首輪がどうなってるのかよく見たいんだ」
「……い、いいですけど、もしかしてバンブルビー機械に強かったりするんですか?」
「どうだろう、人並みじゃないかな」
もしかしたらこの首輪の外し方に心当たりでもあるのかと淡い期待をしたが、残念ながら見当外れだったらしい。
それでもバンブルビーに目線で促されて、俺はゆっくりとフーの身体を抱き起した。というか窓を開けた意味は?
「……ふむふむ、なるほどね」
「ふむふむって……何か分かったんですか?」
「うん、壊せそうだねコレ」
「……はい?」
それっていったいどういう意味ですか? そう聞こうと思った刹那、眩い光と共にけたたましい爆発音が鳴り響いた。
「──ちょ、え……な、何しでかしたのよアンタッ!?」
爆発は部屋の外から聞こえた……というか、バンブルビーが窓の外へ投げた何かが爆発したのだ。一瞬の事で全く見えなかったが、窓の方へ何かを投げたようなポーズをとっているから多分そのはずだ。
「……え、つーか、首輪……」
そして、バンブルビーが投げた爆発物はフーの首輪だった。何故なら一瞬前までガッチリ首にロックされていた首輪が跡形もなく消え去っているからだ。
「へえ、まさか本当に爆発するなんてね。念のために外へ放り投げてよかったよ。ハッハッハ」
「ハッハッハって、いったいどうやって外したんですか!? ていうか爆発……ええぇ!?」
「ただ首輪を千切って爆発する前に外へ投げただけだよ? 大げさなリアクションだなぁ」
「そんな……めちゃくちゃな……」
首輪が異常を察知して爆発するまでの僅かな時間、きっと一秒も掛からないだろう。その僅かな時間内で首輪を壊して窓の外へ放り投げたというのだ、早技なんてもんじゃない。
「とにかく、これで首輪は取れたわけだから半日もすれば直に目が覚めると思うよ」
「ほ、ほんとですか!? ありがとうございます!」
当初の予定とは全く違う形にはなったけど、フーが危機的状況から脱した事は確かだ。俺は腕の中で眠る彼女の顔を見て胸を撫で下ろした。
「よし、じゃあ用事も済んだ事だしさっさと帰ろうか辰守君」
「……え」
急展開に次ぐ急展開に、思わず脳がフリーズした。けど確かにそうだ、鈴国の所へ行くまでもなくバンブルビーが首輪問題を解決してくれた。
俺がこれ以上ここに居座る理由はもう無い……と、バンブルビーは言っているのだ。
「どうしたの? 用事さえ済めば城に戻るってさっき言ってたよね」
「ちょっと待ちなさいよアンタ……いくらなんでも……」
「──いいんだ龍奈、バンブルビーは何も間違った事は言ってない……寧ろ、ここまでワガママ聞いてくれて、その上フーを助けてくれたんだ。感謝しないとな」
「……ハレ」
バンブルビーに掴みかかる勢いで身を乗り出していた龍奈は、力が抜けたように握っていた両手をダラリと垂らした。
「話は済んだかな? じゃあ俺はマリアを担ぐから、辰守君は自分のご主人様をお願いね」
「……お願いって、フーも城に連れて行くんですか!?」
「そうだよ? さすがにその子を魔女狩りの手元には置いておけないでしょ。君、その子が死んだら自分も死ぬって分かってる?」
「それは、そうかもしれないですけど……」
俺が城に戻る間フーの事は龍奈に任せるつもりでいたが、よくよく考えると確かに現実的な話ではない。俺が今この瞬間一緒に逃げれないなら尚更だ。
「連れてってあげなさいよハレ、その女の言う通り龍奈と一緒に居るよりは多分安全よ」
「じゃあお前はどうすんだよ」
「龍奈は上手いことやるわよ。とりあえずはお父さんがまだアイツらのとこに居るから迎えに行かなきゃね」
「だったら俺も一緒に……!!」
「アンタはフーちゃんを守るんでしょ!!……まったく、せっかく龍奈が連れて来てあげたんだから今度こそ側にいてあげて。もう離れちゃダメ」
龍奈は今俺を殺す為に指示を受けてフーの身柄を預かっている状態だ。そのフーが消えて俺も取り逃がしたとなれば、龍奈が組織に戻るのはともすれば危険な事ではないのだろうか。
いっそこのまま逃げてくれればとも思うが、龍奈を鴉に連れて行くわけにもいかないし……そもそも店長をおいて一人で逃げるような奴じゃない。俺はどうすればいい、何か出来ることはないのか──
「辰守君、急かすようで悪いけど早くここを離れないと。万が一スノウが目覚めたら俺はこのお嬢ちゃんを殺さないといけなくなる」
バンブルビーの目は穏やかだったが、その瞳の奥は冷ややかだった。多分今龍奈を殺さないでいてくれるのも気まぐれに近いものなんだろう。俺が悩んでいるこの瞬間にも、龍奈が生存する確率が少しずつ減っていっているのだ。
「……分かりました」
龍奈を見ると、呆れたような顔をしていつもの仁王立ちを決め込んでいた。
「もう、裂けた面してんじゃないわよ……けど、そうね。アンタは鴉で龍奈は魔女狩り……お互いもう会わないことを祈りましょ」
「……裂けた面じゃなくて、シケた面だろ……バカ」
「だっから、いちいち細かいのよバカハレ」
本当に言いたかった事はこんな事じゃない。まだまだ聞いてない事も沢山あるし、伝えたい事だって山ほどある。
「……龍奈、俺に出来る事って何もないのか?」
「無いわね。アンタ弱いし」
即答。そして覆しようのない事実だった。俺は弱い。前よりも幾分かはマシになったかもしれないけど、それでも結局俺はまた龍奈を取り零す。力が無いばかりに──
「……けど、今よりももっと強くなって……そうね、魔女狩りなんてぶっ潰せるくらい強くなったら、そん時は龍奈の事迎えに来なさいよね」
多分、どっちも龍奈の本音だった。さっきもう会わないようにって言ったのも、今迎えに来いって言ったのも、どっちも本音だ。
けど、きっと相手が違ったんだ。さっきのは弱い俺を守る為に言った本音。そして今のは、今よりも強くなるかもしれない俺に言った本音だ。
だったらあとは俺がどっちのスタンスで受け取るか、そんなの勿論決まってる。
「分かった、待ってろ」
強くなる。守りたい人を守れるくらい、選びたい道を選べるくらい、誰よりも強く……世界で一番強くなってやる──




