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14.「好きと愛」


 【辰守晴人】


──まぶた越しに、ほんのり温かい光を感じて俺は目を覚ました。

 天井。見慣れた我が家の、自分の部屋の天井が俺を見下ろしている。全身がうつろな感覚で、目覚めの余韻が心地いい。


──シュルリ、と衣擦れの音がそばで聞こえた気がした。


 まあ、気がしただけだからそんな些細なことはすぐにまどろみに溶けていった。今はまだ、もう一眠りしたい気分だ。


「……むぅ、これ、どうやって取るの?」


 はっきりと聞こえた声。これは女の声だ。 

 途切れ掛けていた意識が覚醒した。


「……っだ、誰だ!?」


──目の前には裸の女の子がいた。


 正確には女の子はフーで、裸というか、下着姿なのだが、俺にとってはもはや裸と一緒だ。 


 しかも、俺の方を見て固まったフーは、よく見ると手が下着にかかっており、今まさに、本当に裸になる一歩手前らしい。


「ハレ! よかった、目が覚めたんだね!」


 一瞬固まっていたフーが、ものすごい勢いで俺に抱きついてきた。上体を起こしていた俺はフーに押し倒される形で再びベッドに身体を沈める。


 肌と肌が直接触れ合う艶かしい感覚が全身を駆け巡る。

 今気づいたが、何故か俺も服を着ていなかった。


「いや、ちょっと待て! 落ち着け! 何で服を着てないんだよ俺もお前も! ていうかなんか濡れてないかお前!」

「えっとね、さっきお風呂入った時に濡れちゃったの。気持ち悪いから取りたいんだけど、コレ取り方わかんない。ハレ取ってくれる?」


 フーは俺の胸に片手をついて馬乗りの態勢になると、空いた方の手でブラジャーをグイグイと引っ張った。

 引っ張られるブラジャーに合わせて胸が大きくたゆむ。


 出来るだけフーの方を直視しないようにしながら俺は今起きていることの状況把握に努めた。

 

「ふ、風呂って、なんで!?」

「だって、ハレが血だらけだったし、汗もすごかったから。龍奈は汚れたらお風呂で綺麗にしないとダメって言ってたよ?」

「……血?」


──俺が、血だらけ?


 不意に自分の手についた真っ赤な血の映像が頭をよぎった。


「……そうだ、魔獣。ケガしたんだよ、腹から血が出てて……」


 俺は次々蘇ってくる記憶を追いながら、恐る恐る、フーが跨っている自分の腹を見る。


──無い。傷も血の跡も、何もなかった。

 いったい何故? あれは夢だったのか、否、そんなはずはない。身体から血が失われていく感覚、まだしっかりと覚えている。あれは夢なんかじゃない。


 でも、だったらどうして俺はまだ生きていて、傷が無くなっているんだ?

 それに、俺が逃したあの姉妹、ミユちゃんとミクちゃんは無事なのか?


「ごめんね、ハレ。私のこと助けてくれて、それでケガしたんだよね」


 考え込んでいると、フーが心配そうに俺の顔を覗き込みながらそう言った。


「ケガって、やっぱりあの時俺、腹から血が出てたよな」

「うん、お腹のケガは治ったんだけど、血がいっぱい出てて、だから血を分けてあげないとって思ってね、私の血を飲ませたの」


 よく、理解できない箇所があった。

 お腹のケガは治ったんだけど(・・・・・・・)? 

 私の血を飲ませたの(・・・・・・・・)

 だめだ、全く意味が分からない。


「ケガは、どうやって治ったんだ?」

「私が治したよ」

「じゃあ、なんで血を飲ませたんだ?」

「むぅ、なんだか、そうしなきゃいけないと思って」


 順番に、丁寧に聞いてみたがそれでも尚分からない。


 フーがケガを治した? そんなことはありえない──はずなんだが、実際に怪我は消えている。

 

「あ、ハレここもケガしてる。すぐ治してあげるね」

 

 フーが何かに気づいたように、俺の左手を掴んで人差し指をツンツンとつついた。


 見ると指の腹がパックリと切れていた。

 不思議と血は出ていないし、つつかれるまで痛みも無かったから気がつかなかった。

 

「治すって、どうやっ……」


 突然俺の手が、指が、白い光に包まれた。

 光はフーの手から発していて、すこし温かい。


 目に見える速度で、俺の指の傷がみるみる塞がっていった。


「……嘘だろ、これって、魔法……!?」

  

 俺が路地裏で助けた少女。

 名前も、何処から来たかも、何もかもが謎に包まれた少女に、ようやく確かな情報が加わった。


「……フー、お前魔女だったのか」

「……? 私はマジョ? じゃなくてフーだよ?」


 やはりというか、残念ながらというか、フー本人は自分が魔女だということを覚えている様子はない。


 というか、魔女と人間の違いすら認識していないようだ。


「うぅ、寒い。でも、ハレの身体あったかいね」

 混乱する俺に追い討ちをかけるように、馬乗りになっていたフーが再び俺に抱きついてきた。


 いや、まずいだろこれは。

 一応俺も男なわけで、男と女なわけで、そして裸と裸なわけで、肌と肌なわけで、つまり何がまずいかっていうと、ナニがまずいことになるかもしれないわけで。


「──ハレ、フーちゃん! 居るの!?」


──そしてもし突然、こんな感じに龍奈とかが部屋に入ってきてこの光景を見たら、間違いなく誤解を生むわけで。


「……っりゅ、龍奈!? 待て、誤解なんだ!」


「……死ね」


 龍奈の逆水平チョップが炸裂した──

     



* * *




「ハレが見つけた子供達は無事だったわよ。龍奈がちゃんと確認したし」


 ゴミを見るような目で俺に逆水平チョップをお見舞いした龍奈に、なんとか状況を説明したのが数分前。


 現在は、落ち着いた龍奈とフーと俺の三人で、居間のテーブルを囲んでいる。


「そうか、よかった。最後まで一緒に居れなかったからな……ほんとうによかった」


 龍奈から、どうやら姉妹は無事だということを聞いて、俺は胸を撫で下ろした。

 今度もしまた会えたら、怖い思いをさせたこと謝らないとな。


「それにしても、まさかフーちゃんが魔女だったとわね、薩長仰天(さっちょうぎょうてん)ってやつよ」

吃驚仰天きっきょうぎょうてんな。薩摩と長州に何があったんだよ」

「はあ? アンタいっちいち細かいのよ。言葉なんてだいたい伝わればいいのよ」


 びしょびしょに濡れた下着を龍奈に着替えさせてもらったフーは、今はきちんと服を着ている。

 人前で服を脱ぐのはいけない事だと龍奈にきつく教えられていたようだ。


「龍奈、心配かけてごめんなさい」

「ほんとよ。もう。フーちゃん急にどっか行っちゃうし、ハレは連絡つかなくなるし……龍奈、病院まで探しに行ったんだからね!?」

「病院まで行ったのか?」

「まあ、倒れてた女の人に付き添ったついでだけどね。アンタが探してた子供たちはその病院で見つけたんだけど、肝心のハレとフーちゃんはいないし、買い物の荷物だって全部龍奈が回収したんだからね! なのに、まさか先に家に帰ってるなんて、しかも裸で抱き合って……」

「や、だからそれは誤解だって」

 

 龍奈は、魔獣が出現した時に放り出した荷物を全て回収してくれていた。今フーが来ている服も、今日モールで買った服だ。


 あと一応、龍奈には俺が瀕死の怪我を負ったことと、フーが血を飲ませたことについては伏せておいた。

 余計な心配はかけたくないし、軽い切り傷を魔法で治してもらったということにした。


「ほんっと、不潔だわ! そういうのはこう……好きな人同士じゃないとダメなんだからね!」


 なんと、あの強暴な龍奈にも人並みの感性というか、可愛いところがあるみたいだ。これはたまげた。もちろん顔には出さないが。


「私はハレのこと好きだよ? ハレは違うの?」


 フーがきゅるんとした目でそう言った。

 俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになって、なんとか堪えた。


「す、好きってフーちゃん、そういう好きとはまた違うのよ……龍奈が言ってるのは、そう、ラブなのよ、つまり」


 龍奈は何やらあたふたしながら必死に愛を語っている。


『そう、ラブなのよ、つまり』で再び吹き出しそうになったが、命が惜しいので必死に堪えた。


「知ってるよ? 私の好きは、愛してるの好きだよ」


──俺は盛大にお茶を吹き出した。






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