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145.「カラスと大鎌」


 【辰守晴人】


──フーの寝顔は可愛い。家のソファで昼寝をしている時なんか、あまりの可愛さに見惚れて家事が手につかないレベルだ。


 だけど、今俺の目の前で眠っているフーにいつもの可憐さは無かった。青白い顔には汗が伝い、桜色だった唇は土気色に……呼吸は浅く、消え入りそうな呼吸を小刻みに繰り返している。


「──五日前からこの調子よ。日中殆ど昏睡状態で、今朝少しだけ意識が戻ったと思ったら『ハレが近くにいる』って……それだけ言ってまた気を失ったわ」


「……クソ、何だってこんなことに」



──数分前。跳び膝蹴りをぶちかました後、龍奈は呆れたようにため息をつくだけで俺の結婚については触れてこなくなった。


 そして一言『ついてきて』とだけ言って、フーの眠るこの部屋に俺を案内したのだ。


 想像だにしない形の再会に、俺は愕然とした。離れ離れになった間に一体何があったというのか──


「原因は分かってるわ。フーちゃんが付けてる首輪……アレが魔力の流れを阻害してるの、そのせいで魔力欠乏に陥ってるみたい」


 悲痛に満ちた目で話す龍奈。言われて見ると、ベッドに横たわるフーの首には確かにドーナツみたいな首輪が付いていた。


「じゃあ、あの首輪をなんとかすれば……」


「無理よ、龍奈には外せないし、無理矢理外そうとすれば……爆発、するみたいなの」


「……そんな、フーはこのままで大丈夫なのか!? 魔力欠乏ってのはなんだ!? 具体的にはどうなるんだよ!」


 自分でも情けないと思うほど取り乱す。フーを守れなかったのは俺なのに、俺のせいでフーがこんな目に遭っているのに……俺には子供みたいに喚き散らすことしか出来なかった。


「そもそも、こうなったのは龍奈のせいよ。この首輪にマナの吸収を阻害する仕組みがある事を知らなかったの……なのに、アンタを探すために何度も魔力を使わせて、そのせいで……」


「やめろよ、少なくともお前のせいじゃねえよ……それで、このままだとフーはどうなる」


「早く首輪を外さないと……一週間は保たないかもしれない」


「……一週間、だと?……そもそも、魔女狩りの奴らは何考えてこんなもん付けたんだよ!」


「……それは、多分アンタを確実に始末するためよ。魔女はリンクを使えば眷属の位置や様子が分かるけど、逆は無いの……ただ、主人である魔女が瀕死になった時だけは本能的に眷属にも主人の場所が分かるらしいから──」


 つまり、瀕死のフーを餌にして俺を釣ろうとしていたというのか……どこまで腐った連中なんだ。


 しかし、状況を呪ったところで現状が好転するわけもない。魔女狩りの目的は俺だ、俺を殺すためにフーをこんな目に合わせている……だったら──



「じゃあ……俺が大人しく死ねば、フーの首輪は取ってもらえるのか?」


「アンタそれ本気で言ってんの、だとしたらぶん殴るわよ」


「……悪い」


「上の連中もフーちゃんのことは生捕いけどりにしろってうるさかったし、そうそう死なせるような真似はしないはずよ。本当に危なくなったらアンタのことは諦めて身柄を回収すると思うけど……」


「けど、それじゃあ結局フーを見捨てるのと同じじゃねえか……どうすりゃいいんだよ、クソ」


「ほんと、この首輪さえ取れればあとは逃げるだけなんだけどね……ハレ、アンタの知り合いになんとかできそうな奴いないの?」


「外そうとしたら爆発する首輪の処理が出来る知り合いなんているわけ……」


「……ハレ?」


──一人だけ心当たりがあった。今日知り合ったばかりだが腕は確かだと保証できる便利屋の魔女、鈴国である。


「さっき話した魔女の便利屋、アイツならこの首輪をどうにかしてくれるかもしれない」


「……可能性はあるかもしれないけど、フーちゃんは魔女狩りの実験体よ。もしその魔女に素性が知れたら危ないんじゃないの?」


「正直そこら辺は俺も分からない、でもフーをこのままにはしておけない」


「……いいわ、分かった。フーちゃんの事はハレに任せる。龍奈が連れて行くわけにもいかないしね」


「フー、しんどいだろうけどもう少し頑張ってくれ。今度こそ俺がなんとかする」


 俺はフーの冷え切った手を握ってそう言った。色々あったがここまでこれた、再会出来たんだ。あとはこの首輪さえなんとかできればまた前みたいに戻れる、フーの太陽みたいな笑顔が見れるんだ──




* * *




──龍奈の家から徒歩で数十秒、道路の脇で俺はタクシーを待っていた。意識のないフーを新都までおぶって連れて行くわけにはいかない。


 タクシーが来るまでの間フーのことは龍奈が家で見てくれている。俺は一人、曲がったガードレールにもたれ掛かりながらこれからの事を悶々と考えていた。


 フーの首輪の事が上手く片付いたとして、その先はどうすればいいのだろうか。魔女狩りから逃げるにしても、それはいつまでの話だ?


 レイヴンの皆んなの事もある、城を抜け出してからもう半日以上……今頃俺が居なくなった事に気付いて探し回ってるかも知れない。


 考えても考えても次から次へと別の悩みが浮かんでくる。そのくせ何一つ解決しないのだからタチが悪い。


 俺は小さくため息をついて空を見上げた。十二月の日の入りは早い、もう既に南西の空は薄い茜色に染まっている──


……と、その時。電線に一羽のカラスが止まっているのが視界に入った。


 カラスなんて別段珍しくもない鳥だが、そいつはヤケに体が大きく見えて、なんだか目が離せなかった。


 カラスもカラスで俺の事を見ているのか、顔を真横にしてギョロリとした目をこちらに向けている。


 少し気味が悪くて目を離そうとしたら、そこにもう一羽カラスがやって来た……いや、一羽ではない、もう二羽増えた。


「……なんだ?」


 カラスはどこから集まってくるのか、また一羽、二羽と降り立ち電線を埋め尽くしていく。ガァガァとつんざく鳴き声に視線を上げると、茜色の空に無数の黒い翼が舞っていた。


 黒い影達は俺の真上をぐるぐると旋回していたかと思うと、突然一斉に進路を真下へと向けた。つまり、俺の方へ。


 「……ックソ、うわっ!?」


 突然カラスの群れに奇襲を受け、俺はパニックになって尻餅をついた。耳をつんざく鳴き声と大きな羽音が俺を取り囲む。


 顔を庇った手の隙間から薄目を開けて様子を見ると、周りを飛び回っていたカラス達が俺の目の前の一箇所に集まり始めた……いや、集まり始めたなんて言葉では語弊がある。カラス達は互いにぶつかり合い、粘土のように結合し始めたのだ。


 唖然とする俺の目の前でカラスは一つの大きな黒い塊になり、そして人の姿になった。


「──逃げきれると思ったのか人間」


「……ま、マリア?」


 俺の眼前にはマリア……レイヴンの制服に身を包んだスノウ・ブラックマリアが立っていた。カラスに変身出来る魔法があるなんて……いや、今はそれどころではない、見つかってしまった!


「バンブルビー達を上手く丸め込んだのは褒めてやるが、この逃亡は悪手だったな。おかげで処刑する大義名分が出来た」


 マリアはゆっくりと俺の方へ歩み寄りながらそう言った。完全に俺が逃走したと思い込んでいる。実際バブルガムも騙してここにいるわけだからあながち間違ってもいないが……。


「おい待てマリア、誤解だ! 俺は別に逃げるつもりなんて無い! 城にはちゃんと帰るから、もう少しだけ時間をくれ!」


「お前の言葉は信用ならない。これ以上その汚い口から耳障りな声を発するなら下顎を切り飛ばす」


「……っ前に騙したのは謝る! けど今回は……ッぶねぇ!?」


「避けるなゴミ」


 マリアをなんとか説得しようと試みたが、本当に下顎目掛けて大鎌が振り抜かれた。避けなければ顎どころか首が飛んでいた──


「マリア、頼むから話を聞け! 魔女が一人死にかけてるんだ、そいつさえ助けたら俺のことは煮るなり焼くなり好きにしてくれていい!」


「死にかけの魔女など私の知った事じゃないし、既に煮るなり焼くなり揚げるなりしてもいい状況だろう」


 ダメだ、このままじゃマリアに殺されかねない。考えろ、この場を切り抜ける上手い方法──


「……ッく!?」


 なんとか冷静に打開策を考えようとするが、マリアの凶刃がそれを阻む。この場を切り抜ける方法なんて考えてる場合ではない……今この瞬間バラバラにならない事でいっぱいいっぱいだ……!

 

 踊るような優雅な動きと裏腹に、マリアの大鎌は凶悪な破壊力と絶望を撒き散らす。ギリギリなんとか躱せているが、このままではいずれ──


「死ね、人間」


 ほんの少し地面につまづいた。体制を僅かに崩したその刹那、マリアの大鎌が俺の顔面に肉薄した。


 あ、やばい、これ死……



 真冬の黄昏時、まるで薄く染まった茜空へ色を足すように鮮血が舞った──



 

 




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