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144.「ストップホリデーとスマケムシ」


 【辰守晴人】


「──細っかいこと言ってんじゃないわよバカハレ」


 屋根から飛び降りた龍奈が、俺の方に向き直って仁王立ちでそう言った。


「久しぶりだな、元気かよ」


「見ての通りよ。アンタこそ、お腹に空いてた穴はちゃんと塞がったの」


「見ての通りだ、お陰様でな」


 二週間前、俺は腹に穴が空いてて死にかけで、龍奈はボロボロ泣きながら何処かへ消えた。あんな別れ方をしたのが夢だったかのような、そんな再開だった。


「……無事でよかった、バカハレ」


「……おう」


 龍奈が座り込む俺に手を差し伸べた。心なしか目が少し赤い気がするけど、もしかしたら俺もそうなっているかもしれないから言及しない。


 さっきまでの無気力は嘘のように吹っ飛んでいて、立ち上がった俺は龍奈の肩をぽんと叩いた。本当はハグでもしてやりたいテンションだが、そんな事したら回し蹴りが飛んできそうだからやめた。


「……龍奈ね、色々言いたい事と聞きたい事があるんだけど」


「奇遇だな、俺もだ。取り敢えずどっか落ち着いて話せる場所に行こう、ここはなんつーか……危ないし」


 バブルガムは城に帰ったけど、向こうの状況次第では再びこっちに来る可能性も否めない。鉢合わせになるのだけは避けないといけないだろう。


「いいわ、龍奈の家に行くわよ。今のところは安全だから」


「……了解」


 龍奈ともし再開出来ても、まともに話なんて出来ないんじゃないかと心の何処かで思っていた。しかし実際には驚くほど自然に話せている、むしろ不自然なくらいに。


 言われるがまま龍奈の家に着いていく事に一抹の不安はあるが、それでも今俺に出来ることといえば龍奈を信じることだけだ──




* * *




 龍奈の家に上がるのは初めての事だった。不登校の龍奈にプリントやらを届けに来た時も、玄関先で渡してさよならだったからだ。ちなみに店長は家に居ないらしい。


「──そこら辺に適当に座って。喉とか乾いてない?」


「ああ、大丈夫だ」


 俺達がいるのは二階にある一室、龍奈の部屋だ。六畳程の広さでベッドと机以外は何もなく味気ない部屋だ。しかしよく見るとベッドの隅に小さなぬいぐるみが置いてあったり、窓際に小さなサボテンの鉢植えがある。何かいい匂いもしたりして、やっぱり女子の部屋だった。


 俺がベッドに腰掛けると、龍奈もその隣に腰を下ろした。サイズ感がバブルガムに近い。


「──最初に謝っとく。ごめんね、龍奈のせいでこんな事になっちゃって」


 龍奈は身体を俺の方に向けて頭を下げた。未だかつてこいつの口からこんなにも素直な謝罪を聞いた事があっただろうか……勘違いでブラジリアンキックされた時ですらまともに謝ってもらってないのに。


「なんでお前が謝るんだよ、この状況は殆ど自分で蒔いた種だ。まあ隠し事については色々と衝撃的ではあったけど」


「……話せる事は全部話すわ。龍奈ももう、隠し事はしたくないから」


「分かった、話してくれ」


 龍奈は深呼吸を一つして、ぽつりと語り始めた。


「……まず龍奈の事なんだけど、魔女狩りって組織に入ってるわ、お父さんも一緒にね。れっきとした犯罪組織ってやつよ」


「魔女狩りの事はレイヴンである程度聞いてる、龍奈も魔女……ってことなんだよな」


「そうよ、龍奈は魔女で……魔女狩りの人形ドール。他にハレが知ってる事は?」


 俺は少し迷ったが、好機逸すべからずというし、思い切ってさっき鈴国の店で聞いた事を話すことにした。


「店長が眷属になったのがだいたい二十年前で、その時に……身内が不幸に遭ったって──」 


 しかし、どうしても本物の轟龍奈が亡くなったとは言えなくて、結果的に鎌をかけるような言い方になってしまった。もしバブルガムの言う通り、龍奈が自身を本物の轟龍奈だと思い込んでいるのなら二十年前に災害に遭った記憶など無いんじゃないか?


「……うん。そうね、龍奈とお母さんはその時に死んだわ」


「……え?」


 ちょっとまてよ、今なんて……。


「お父さんは魔女狩りと契約して龍奈を生き返らせたの。だからこの身体ね、本当の龍奈の身体じゃないのよ、偽物なの」


 なんか、さっきバブルガムが言ってた話と違くないか……。


「……魔女狩りは、捕まえた魔女の記憶を操って仲間にしてるんじゃないのか?」


「そうよ。けどそれじゃ半分足りてないわね」


「……半分って、じゃあ残りの半分は何なんだ?」


「魔女狩りはね、捕まえた魔女に死んだ人間の魂を入れてるの。記憶の改竄はその後よ」


──ようやくパズルの全貌が明らかになった。


 しかし、完成したそのパズルは俺やバブルガムが思っていたよりも、さらに酷く凄惨なものだった。




* * *


 


──二十年前の魔獣災害以来、魔女狩りは政府の後ろ盾を失い減衰の一途を辿った。


 世界中に百以上あった施設の内、九割以上がレイヴンによって解体されたが、裏社会や闇ルートとの繋がりは残ったため、資金だけは潤沢だった。


 組織にとって一番の問題は構成員……もっぱら異端審問官と人形ドールの確保にあった。


 魔獣災害を皮切りに組織内からも離反する者が相次ぎ、裏切りや逃亡を危惧した結果、新しい勧誘体制が敷かれることになる。


 それは死んだ者を生き返らせる代わりに、組織に身を捧げさせるというまさしく悪魔じみた所業だったのだ。


「──というわけでね、今いる異端審問官と人形ドールは殆ど一般人と死人の集まりなの」


 龍奈は淡々と俺にそう言った。事もなさげに。色んな考えや疑問が頭に浮かんでは、口に出す前にシャボン玉みたいに消えていく。何も言えない。


「ちなみに龍奈は今アンタを殺すように組織から命令されてるわ。数いる構成員の中から龍奈に命令が下ったのはなんて言うか、旅行中の幸いね……おかげでフーちゃんも手元に居るし」


「……それを言うなら不幸中の幸いな」


……え、ていうか今──


「……フーが居るのかッ!?」


「ええ、居るわよ」


「っなんで、それを早く言わないんだよお前は! どこだ、どこに居るんだ!?」


 俺はベッドから立ち上がって龍奈に詰め寄った。全くフーの話を持ち出さないから、てっきり龍奈も所在を把握していないのかと思っていた。


「……落ち着いて座んなさい。フーちゃんの話をする前に、次は龍奈が話を聞く番よ」


「……分かった」


 龍奈に諌められ、俺は荒くなった呼吸を落ち着かせなが再びベッドに腰を下ろした。


 無事だったのか、今の状態は? まだクズハラマイとやらの人格のままなのか、それとも戻ったのか?


「じゃあまずは、レイヴンの事を聞かせて。何でアンタが紫雷の魔女と仲良くしてんのかとか、諸々ね」


 フーの事で頭はいっぱいだったけど、俺よりも遥かに冷静な龍奈のおかげでなんとか落ち着いてこれまでの経緯を説明できた。


「──というわけで、バブルガムと城から抜け出せたのは偶々だったんだ。正直言って今こうしてるのがバレたら、戻った時にかなりまずい事になる」


「……はぁ? アンタ何言ってんの、まさかレイヴンのとこに戻るつもりなわけ!?」


「え、いやだって、結婚の話もあるしこのままトンズラって訳にもいかないだろ」


「……呆れた、どこまでバカなのよアンタ。龍奈が言えた事じゃないけどアイツらマトモじゃないわよ!? 律儀に戻る理由なんてないでしょ、その誘拐犯供をほんとに好きになった訳でもあるまいし」


──心臓が跳ねた。

 

「……」


 龍奈と目が合う。俺が反論しない事で察しが付いたのか、みるみる目が丸くなっていく。


「……冗談でしょ!? アンタまさか、本気でアイツらと結婚するつもりなわけ!? バカなの!? バカ洗浄いらずなの!?」


「天井知らずだろ、無洗米のキャッチコピーみたいになってんぞ」


「うるさい!! あの人でなし共の何がいいってのよ!?」


 確かに、客観的に見ればバブルガム達は俺を誘拐して監禁して、そのうえ処刑までしようとした。そんな相手を好きになるなんておかしな話かもしれない。


 けれど、『人でなし』とか、スカーレットやイース達の事をそんな風に言われると、胸の奥に少しもやもやしたものを感じるのだ。


 何度考えても、やっぱりそういうことだ。この胸のもやもやが答えだ。俺は皆んなが好きなのだ。理屈でなく、どうしようもなく。好きなのだ。


「……正直俺にもよく分かんねぇよ、でも好きになっちまったもんは仕方ないだろ」


「〜〜〜ッ! あ、アンタ、多分それアレじゃないのアレ……なんだっけ……えっと、そう、スコップホルデ症候群!」


「……そこらじゅうに穴を掘りたくなる病気?」


「ああもう、違うわよこのバカハレ!!」


 さっきとは逆、今度は龍奈が俺に詰め寄ってきた。いつ殴られてもおかしくない剣幕だ。ていうかさっきからバカタレみたいに人の名前を呼ぶな。


「あの、ほら、えっと……誘拐とか拉致監禁された被害者が、加害者を好きになっちゃうってやつ……」


「ああなんだ、ストックホルム症候群か」


「それよ! ストップホリデー症候群!!」


「休み取らせてくれないブラック会社の社長かよ。ストック、ホルム、症候群、な」


 もしかしてわざとやってんのかコイツは。


「ああもう、エストックだかストマックだか知らないけどとにかくそれよアンタは!!」


 ちなみにエストックは剣でストマックは胃である。


「いやいや、何で俺がストックホルム症候群になるんだよ」


「はあ? アンタ拉致監禁されてたんでしょ!?」


「……されてたな」


「被害者でしょ!?」


「……被害者だな」


「アンタが好きになったのは!?」


「……加害者だな。……あれ?」


「ほら病気じゃない!」


 そんな……俺が今まで抱いていた恋心が全部病気だったとでも!?


 そんなわけないだろう、そんなわけないだろうとは思うけれど、改めてバブルガムの事を考えると好きになる要素よりも嫌いになる要素の方が圧倒的に多い気がしてきた、まずい!


「いや! そんな事ない! 男に二言はない! 俺は皆んなが好きなんだ! 皆んなを平等に好きなんだよ!!」


 もはや龍奈に言い聞かせているのか自分に言い聞かせているのか──


「……さ、さっきから他所よその女を好き好き好き好きって……こんの、スマケムシッ!!」


「……ぶべらったッ!?」


 それを言うならスケコマシだというツッコミは、龍奈の跳び膝蹴りで砕け散った。


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