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143.「鼻歌と厨房」


 【レイチェル・ポーカー】


──火花は生きていた。


 生きてはいたけど、魔女狩りの人形ドールになっていた。


 仇討ちを果たした後魔女狩りに捕まったのか、それともその前に捕まったのかは分からない。もしあの時……火花がレイヴンを抜けたと聞いたあの時に、アイビスを締め上げてでも火花の後を追っていれば、こんな事にはならなかったのかな──


「──ちゅうわけで、一つ目の仕事はこれで完了。あとの二つはどうする?」


 鈴国がそう言って、それに続くようにヒカリもわたしの方を見た。


「……また今度にとっておくよ、今知りたい事はもう解決したから。順番待ちしてる人もいるしね」


「そう、じゃあまたいつでもおいでなぁ。あ、来る時はちゃんとヒカリちゃんも連れてくるように!」


「はいはい」  


 一見すると鈴国は軽薄そうだけど、わたしが火花と面識がある可能性を追求してこないあたり、プロの両分をきちんと弁えているらしい。今日のところはバブルガムに絡まれる前にさっさと退散しよう。


「……んで、じゃあ次はバブルガムの姐さんやね。今日はどんな仕事をお望みでー?」


 バブルガムの依頼、気にならなくもないけど……。


「むはぁ、私ちゃんと晴人が結婚するって色んな人に言いふらしといてー。ご祝儀いくら貰えるかはおめーにかかってんだからなー!」

 

「おお、そら大仕事やなぁ! ウチも溜まってるツケはろてもらわなあかんし、気合い入れてやらせて貰いますわぁ」

 

「むはぁ、じゃあ頼んだぞー! 今回の依頼料はツケにしといてくれぃ!」


「はいはーい、今回の依頼料()ね」


……まあ、バブルガムだしね。





* * *




 【辰守晴人】


「──むはぁ、これが日頃の行いってやつだなー! まさか櫻子ちんが代わりに知りたい事全部調べてくれるとか超ラッキー!!」


「……天網恢々(てんもうかいかい)ってあれ多分嘘ですね」


 温泉街の林道、風見鶏に向かって石畳を二人でなぞっているとようやくバブルガムがまともな話を再開した。


 鈴国の店を出た後はお菓子を買い漁ったりゲーセン行ったり、俺が龍奈の事について尋ねてもはぐらかすばかりで答えてくれなかったのだ。


「……ていうか、櫻子がなんで龍奈の事調べてたのか聞かなくてよかったんですか」


「むはぁ、どーせこの前の襲撃事件の時に龍奈ちゃんを見かけたとかじゃーん? 晴人が襲われてた時、櫻子ちん達もこの温泉街に合宿来てたって言ってただろー?」

 

 さっき聞いた話ではそうらしい。なんというか物凄い偶然が知らず知らずのうちに重なっていたんだな。つくづく世間は狭いと思わされる一日だ。


「……そうかもですね。で、結局さっきの雑貨屋でバブルガムの仮説は実証されたんですか?」


「むはぁ、九割型はな。それにしてもやっぱ記憶操作の魔法はエグいよなー」


「魔女狩りに協力的になるように都合のいい記憶を植え付けられてるんですよね、店長の亡くなった娘さんに成りすましてる理由まではよく分からないですけど」


「……むは? 晴人おめーまだ気づいてねーのか?」


「え、何がですか?」


 バブルガムの大きな目が、一際まん丸になって俺を見ていた。それも束の間、すぐに真っ赤な瞳を閉じ込めるように瞼をせばめると、呆れたようにこう言った──


「むはぁ、いいか晴人……アレは成りすましてるんじゃなくて、成りすましをさせられてるんだぞ?」


 バブルガムの口から発された言葉が鋭利なナイフのように頭に滑り込んできた。


 なにか根底的な勘違いをしている気がして俺は一考した。さっきのバブルガムの反応、鈴国に見せてもらった二十年前の龍奈の写真、魔獣災害、三龍軒……さっき自分が頭の中で組み立てたパズルには、ピースがいくつも余っていた。


「……成りすましを、()()()()()()? って、まさか──」


「そう、おそらく本人は自分が花合火花なんて名前の魔女だとは思ってねー筈だ。轟龍奈だと信じ込んでるんだろーな」


「そんな、じゃあ龍奈は……」


「むはぁ、だからアレはもう花合火花とも呼べねーし、もち轟龍奈とも呼べねー。強いて言うなら『轟龍奈を模した何か』ってことだ……むはぁ、まさしく人形だな」




* * *




「バブルガム、さっきの魔法式って俺でも使えるんですかね」


 服を着替えに階段を上がろうとしていたバブルガムに俺はそう言った。この店の地下には、城に転移する為の魔法式が施された秘密の地下室があるのだ。


「むはぁ? 魔法式なんだから魔力注げば誰でも使えるに決まってんじゃーん」


「じゃあ俺、バブルガムが着替えてる間に先に帰りますね。結構長く空けてたし、ちょっとでも早く帰ったほうがいいですから」


 時刻は既に昼の三時を過ぎていた。さすがにというか、ほぼ確実に俺が部屋にいない事はスカーレットないしイース達にバレているだろう。置き手紙で納得してくれていればいいけど。


「むはぁ、まあ確かに誰か勘づいた奴が向こうで待ち構えてたらやべーもんな。二人一緒だと言い逃がれできねーし」


「もし転移先に誰かいたらどうしたらいいんですか?」


「むふぅ、城を探検してたおめーが厨二病拗らせて魔法式の上で魔力始動したとかでいいんじゃねー?」


「……そうします」


 断固却下すべきアイデアだったが、今はもうなりふり構っている場合ではない。なんでもいいからこの場をやり過ごさなければ。


「むはぁ、じゃあ私ちゃん着替えて五分くらいしたら追い掛けるから、先に部屋で待ってろよなー」


 言いながらバブルガムは手をプラプラ振って階段を登って行った。俺も地下室へ続く扉がある厨房へ向かう……フリをする。


 実際には厨房へ続くカウンターと壁の隙間に入り、身体をめいっぱい小さく丸めて身を潜めた。五分後に地下室へ向かうであろうバブルガムをやり過ごすために──



〜数分前〜


「むはぁ、いいか晴人、屋根の風見鶏が傾いてんのは私ちゃんのせいじゃねーからな? 確かに取り付けたの私ちゃんだけど頼んだライラックが悪いんだ」


 石畳の坂道を下り、ようやく喫茶店の玄関先に着いた。バブルガムは聞いてもいないのに傾いた風見鶏について見苦しい言い訳をしている。


「……はあ、そうですね」


「むふぅ、さっきからテンション低いぞ晴人!……って、なんだこれ、こんなんさっき貼ってたかー?」


「……はあ、そうですね」


 店の鍵を開けようとしたバブルガムがまた何か言っているが、正直今は龍奈の事で頭がいっぱいだ。構ってる余裕がない。


「むはぁ、貼ってたならいいんだけどよー。それにしてもセンスねーなこの貼り紙『命を賭けて待機中』って、休業中の間違いじゃん。ブラッシュかー?」


「……!? そう……ですね」


 努めて冷静に、俺は店先に貼ってあるという貼り紙を見た。確かにマジックっでしっかりと書かれていた、命を賭けて待機中……と。


 間違いない、これはメッセージだ。三龍軒にゆかりのある俺にだけ分かるように残されたメッセージ……相手はおそらく──


 とにかく、バブルガムをなんとかして城へ返そう。そして今度こそちゃんと本人から話を聞くんだ。




〜現在〜


  

 バブルガムは鼻歌を歌いながら、俺が隠れるカウンター横を通って厨房へ入った。だんだんと小さくなっていく鼻歌が、ぷつりと途切れた。念には念を押して、そこからさらに五分経ってから俺は店の外へ出た。


「──龍奈、近くに居るんだろ。バブルガムは……レイヴンの魔女はもう居ない」


 店先、風が落ち葉を撫でる乾いた音だけが微かに聞こえる。人の気配など全く無かった。それでも俺には確信めいた何かがあって、呼びかけを続けた。


「……お前が魔女狩りの一員だって事は分かってる、けど俺にとって龍奈はやっぱ龍奈なんだよ……だから、出て来いよ」


 返事はなかった。冷たい風がビュウビュウ吹き抜けるばかりで、俺の言葉は白い息と一緒に空気に溶けていった。


「……何言ってんだ俺」


 全部俺の勘違い、早とちり……急に虚しくなってきて俺はその場に座り込んだ。何言ってんだってか……何やってんだよ俺は。


 店の玄関扉にもたれかかってため息を吐くと、魂まで口からこぼれたみたいで立ち上がる事ができなくなった。身体が重い、もう動きたくない。帰らなきゃいけないけど……気力が無い。


「──ちょっとアンタ、一人でなにインク臭い顔してんのよ」


 空から声が聞こえた。座り込んだまま、反射的に顔を上げる。


「……それを言うなら、陰気くさいだろ。塗料メーカーに勤めてるみたいになってんじゃねぇかよ……バカ」


 屋根の縁から、龍奈の頭がひょっこり俺を見下ろしていた。


 

 

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