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142.「写真と本題」


 【辰守晴人】


──櫻子の口から龍奈の名前が出た時点で、既に何か嫌な予感はしていた。


 俺が眷属になった経緯を櫻子に説明した時に、龍奈が魔女狩りだったなんて事は一切言わなかった。


 なのに櫻子が龍奈の素性を調べようとしているということは、俺が知らない間に二人の間で何かが起こっていたのかもしれない。そう思っていた。


「この轟龍奈ちゃんやけど、もう亡くなってるわ。それも二十年も前に」


──だから、俺だってある程度の悪い想定をしていなかったわけじゃない。ただ、余りにも想定外過ぎたその言葉に、頭の中が一瞬真っ白になった。


「……な、なんかの間違いだろ、実際俺は龍奈と同級生で、クラスだって一緒なんだよ! アンタの調べた情報はデタラメだ!」


 鈴国と名乗る魔女の言葉を、フリーズしかけた脳味噌で咀嚼した俺は、怒鳴り付けるように抗議した。


「そない怒鳴り散らさんでもウチかて龍奈ちゃんが今も高校に在籍しとる事くらい分かってるわ」


「……っ!? じゃあ何で」


「順番に説明したるから落ち着きやぁ、ほらラーメン食べな伸びんでぇ?」


 鈴国はそう言って指をクルクル回した。するとパソコンデスクのプリンターから数枚の紙が鈴国の手に飛んできた。


「ほら櫻子ちゃん、辰守君見てみぃ。これが二十年前の轟龍奈ちゃんな、高校一年生の時やね」


 鈴国が差し出した用紙には写真がプリントされていた。そこに写っていた少女の顔は──


「……龍奈、じゃない」


「……見た事ない子だね」


 写っていたのは全く知らない人物だった。黒い髪や制服こそ一緒だが、髪が黒いのは日本人なら当たり前だし、こんなの全くの別人じゃないか。


「ところがどっこいよお聞いてやぁ、この写真の子の名前は轟龍奈、父親は轟龍臣(たつおみ)で母親は轟瀧子(たきこ)。一人娘で兄妹は無し、両親は夫婦で中華料理屋の三龍軒を経営。公的な記録では二十年前の魔獣災害で母の瀧子、娘の龍奈ちゃんが死んだ事になってるんやけど……」


「……な、ちょ、ちょっと待て! 三龍軒って、何言ってんだよアンタ……店長の名前まで出しやがって……」


 意味が分からなかった。確かに店長の名前は轟龍臣で間違いない。間借りしている俺の家には、未だにこの名前宛に手紙が届いたりする事もあるからだ。おまけに三龍軒ときたらもう同姓同名だなんて通らないじゃないか。


「まあ最後まで聞きや辰守君。轟龍臣さんやけどな、去年養子を取ってるねんな。それがこの子、名前も一緒の轟龍奈ちゃん」


 鈴国から渡された用紙には、今度はよく知る龍奈の写真が写っていた。高校の制服を着ている、おそらく今年の四月頃の写真。


「でやな、ここで問題になってくんのがこの龍臣さんの写真やな」


「……これの何が問題なんだよ、まんま店長だぞ」


 鈴国に見せられた写真には見慣れた店長が写っていた。相変わらずの仏頂面で、感情が読めない顔だ。


「これなぁ、二十年前の写真やねん」


「……だったらなんだって……あ」


 鈴国の言わんとしている事が分かった。一見ふざけた奴に見えるがこの女、ほんの三分でここまで調べ上げやがったのか。


「そやねん、明らかに外見が変わってなさすぎるやんな。つまり轟龍臣は眷属で、じゃあ誰が龍臣さんを眷属にした魔女かって話になんねんけど──」


「それが龍奈ちゃん、って事だよね」


「まぁ、二十年前の時点で眷属になっとったんやろうけど、わざわざ最近になって養子の手続きしたんは学校入れるためやろな。ほんま何考えてるか分からんわ()()()()()()


 龍奈が魔女狩りの一味だと言う事が、いとも簡単に看破されてしまった。バブルガムは既に知っていたにせよ、櫻子には知られたくなかった。


 隠したからどうなるという事ではなかった。そんな事は百も承知だ。ただ、誰かに知られるという事は、その分『轟龍奈は悪人である』という証人が増えるような気がした。龍奈の事をよく知りもしない奴らに、外堀を固められるような気がしたのだ。


 俺にとって龍奈は龍奈だ。たとえ店長の亡くなった娘さんに成りすましていた魔女でも、イカれた組織の一員でも、それでもアイツは俺の命を救ってくれた。


 なのに俺は恩人の龍奈を庇う事も何も出来ず、ただ押し黙るしかなかった。


「むはぁ、顔上げろよ晴人。大事なのはこっからだぜぃ」


 カップラーメンを汁まで飲み干したバブルガムが、俺の肩に手を置いた。


「わたしさ、ここまでの話は何となく察しがついてたんだよね。本当に知りたいのはその先の話なんだけど」


「まあ、そらある程度察しついてなこんな事調べさせへんもんなぁ。じゃあそろそろ本題入ろか」


 バブルガムに促されて話にはちゃんと耳を傾けたつもりだったが、なんの話をしているのかさっぱり分からなかった。『その先』とか『本題』ってなんのことなんだ。


「おい櫻子、さっきからなんの話してんだよ。アタシはもうサッパリだぜ」


 初対面だが夕張先輩に激しく同意だ。だいたい櫻子のやつ一月で色々と変わり過ぎじゃないか……キャラとか諸々。


「ああごめんヒカリ。えっと、分かりやすく言うとね、わたしが知りたかったのは轟龍奈を名乗る魔女の()()()()()なんだよ。正体って言い換えてもいいけど」


「ああ? んなもん知ってどうなるってんだよ、意味わかんねぇ」


「まあ、ヒカリは別に分かんなくていいんだよ」


 肩透かしを食らったような夕張先輩はため息を一つつくと、呆れたようにカップラーメンを食べ始めた。多分考えるのやめたんだな。


「さて、じゃあ今度こそ本題に入るで。かつて魔女狩りの手にかかって人形ドールにされた哀れな魔女……そして現在轟龍奈を名乗るその魔女の、ほんまの名前──」


 一瞬、空気が張り詰めたのが分かった。櫻子は一見平静を装っているようだが、よく見ると表情がどこか強張っていて不安の影が差しているように見えた。


「……その正体は、花札家が分家、花合家の嫡子にして末裔。花合火花や」




* * *




 【レイチェル・ポーカー】



──今朝目が覚めた時に真っ先に思ったのは、火花は無事仇討ちを果たせたのだろうかという事だった。


 そして、次に思ったのが()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。


 どうして気が付かなかったんだろう。なんだって顔を見た時に思い出さなかったんだろう……あの時、三龍軒でご飯を食べた時に居た従業員のあの顔は、紛れもなく火花だった。


 単なる他人の空似か……否、五年間毎日見た顔だ。見間違える筈もなかった。


 ならなぜ火花はこの街で中華料理屋を? 辰守晴人に呼ばれていた名前だって違っていたし、そもそも店主の娘だという話だった。


 今日は学校を休もう。そしてあの中華料理屋、三龍軒にもう一度行って確かめるんだ、本当に火花なのかを。そしてもし本当に火花なんだとしたら、嬉しい反面それはそれで厄介な事になっているかもしれないけれど──


 


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