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141.「ラーメンとうどん」


 【辰守晴人】


──バブルガムに連れられるまま雑貨屋に入った俺は、妙なことに気が付いた。店員が見当たらないのだ。店の前はおろかレジカウンターにも人影はなく、不用心というか適当というか、いったい何のつもりなんだか。


「むはぁ、こっちだぞ晴人ー」


 呼び声に振り向くと、バブルガムがレジカウンターの奥から手招きしていた。カウンターの向こう側にはバックヤードに通じているらしき扉があって、どうやらそこに入ろうと言うのだ。


「……いや、たぶんそこ関係者以外入っちゃダメだと思いますよ」


「むふぅ、よく見ろ晴人。どこにもスタッフオンリーとか書いてねーだろ? いいから来た来たー」


「ちょ、ああ……もう」


 勝手な事を言って扉の向こうに行ってしまったバブルガムを、俺は渋々追いかけることにした。怒られても知らないぞほんと。




* * *

  



 【レイチェル・ポーカー】



──『三龍軒で働いている龍奈という女の子について調べて欲しい』


 わたしの『お願い』に対して鈴国が返事をしようとした、まさにその瞬間だった──


「──むはぁ! ベルちんいるかー!? 私ちゃんが来てやったよーん……て、櫻子ちんとヒカリンじゃーん!?」


──台風のような女がやってきたのは。


「あらまぁ、こりゃまたえらいタイミングで……いらっしゃいバブルガムのあねさん」


 なんと現れたのはバブルガムだった。今のやり取りから察するにどうやら鈴国とは知った仲らしい。


 つまり、バブルガムはたまたま便利屋に仕事を依頼しに来たということなんだろうけど……温泉街の時といい今日といい、世間が狭いにも程があるだろう。


「おいデコッパチテメェ、マジでそのヒカリンって呼び方やめろ……てか、後ろの奴は誰だよ」


 すこぶる機嫌が悪いヒカリンがそう言ってから、バブルガムの後ろにもう一つの人影があることに気がついた。


……いや、人影っていうかあれは──


「……は、ハレ君!?」


「……さ、櫻子!?」


 お互いに名前を呼び合って固まった。頭の中を大量の疑問符が飛び交う。


 どうしてこんな所に? 学校は? てか何でバブルガムと一緒にいるの? 何しに来たわけ? とかとかとか──


 しかし、ハレ君もハレ君で表情を見る限り多分似たような事を考えているみたいだ。


「むはぁ、なんだよ二人とも知り合いだったのか?」


「いや、知り合いっていうか友達ですけど……バブルガムこそ何で櫻子の事知ってるんですか」


「むはぁ、私ちゃんも最近知り合ったんだよ。まあ可愛い後輩だな!」


「後輩って、意味不明なんですけど」

 

「あの、ハレ君? 実はわたし魔女だったみたいで、あ、こっちに座ってるのがヒカリ。ヒカリは知ってるよね」


 ハレ君と会うのは一ヶ月ぶりくらいだろうか、何ならレイチェルとして会うのは初めてだし妙にしどろもどろになる。


「魔女だったみたいって、先祖返りって事か。すげぇな……夕張先輩は、はじめましてッス」


「おう、テメェが噂の辰守か。櫻子から話は聞いてるぜ」


 ヒカリは意外にもまともな対応をした。なんか前はハレ君のことを勝手に恋敵みたいに言ってたのに。


「ちょっと待ってぇな、ウチだけ置いてけぼり食らってんねんけどぉ? ウチにもその子紹介してぇな姐さんー」


「むはぁ、コイツは辰守晴人。人間じゃなくて眷属でー、あと私ちゃんの婚約者フィアンセだな!」


「「は?」」  


 わたしと鈴国がシンクロした。

  

 今なんて? ハレ君が眷属……いや、それよりもフィアンセって、誰の?


「は、ハレ君眷属なの!?」


「……え、まあ」


「姐さん結婚すんの!?」


「むはぁ、まあな!」


 あまりにも唐突で衝撃的な展開に『お願い』は一時中断。暫しお互いの近況報告をする事になった──




* * *




「──ハレ君そんな大変なことになってたんだね……ていうかバブルガム最低過ぎじゃん。ちょっと引くわ」


「まあ、確かにバブルガムは最低だけどいいとこもあるんだ。例えば、ええと……あれ?」


「むはぁ! しっかりしろ晴人コラー! 私ちゃんの株を下げるなー!」


「これ以上下がりようがねぇだろ」


「ヒカリちゃんの冷静なツッコミ流石やわぁ、ごっつかぁいいわぁ!」


 四大魔女、VCU、便利屋、レイヴン、眷属……異色のメンバーが集ったバックヤードは部屋自体よりもある種散らかった状況だ。


「二人が一緒にいる理由は分かったけどさ、今日は何しに来たの?」 


「むはぁ、仕事だよ仕事! 晴人にはデートに見せかけて私ちゃんの仕事を手伝ってもらおうと思っててな!」


「うわ、やっぱり騙してたんですね。薄々何かあるとは思ってましたけど……」


「何でもいいけどよ、今この変態はアタシらの仕事に取り掛かってんだ。終わるまでよそ行ってろよ」


「ヒカリ、ちょっと待って。まだ追い出さないで」


「ああ? 何でだよ……」


 鼻息を荒げるヒカリを、わたしは片手で静止した。回転椅子をクルリと回して、ハレ君の方に向き直る。


「ハレ君、わたしは今からハレ君のバイト先の女の子……龍奈ちゃんについて鈴国に調べてもらうところなんだけど、一緒にどうかな」


「……!? な、何で櫻子まで龍奈の事を」


 ハレ君はわたしの口からその名前が出た事が意外だったのだろう、かなり狼狽している。それにしても──


「あの、『まで』ってどういう……」


「むはぁ! まあ何でもいいんじゃん晴人! せっかくのお誘いだし聞いてこーぜ! な!」


「……はい」


 バブルガムに捲し立てられて、わたしの話が遮られた。ハレ君もなにやら腑に落ちない顔をしている。


「じゃあ鈴国お願いね、どれくらい時間かかるの?」


「うーん、まあこれだけあったら十分やろなぁ、はい」


 鈴国はそう言って段ボールからインスタントラーメンを取り出し、テーブルの上に並べた。きっちり人数分。


「なにこれ?」


「カップラーメンやな。カレー味嫌い?」


「いや、そうじゃなくて……何でここでラーメンが出てくるの?」


「そら櫻子ちゃん、熱湯入れて三分で出来るからやんかぁ」


「むはぁ、ちなみに手強い仕事頼んだ時はうどん兵衛が出てくるんだぞ。あれ五分だから」


「さっき言ってた三分、五分って冗談じゃなかったのかよ」


「ウチ、スーパーキャリアウーマンですから!」


 鈴国はそう言ってキャスター椅子ごと移動すると、部屋の隅にあったパソコンデスクに向かって猛烈な勢いでタイピングし始めた。


 仮に三分で仕事が出来たとしても、その間にカップラーメンを振る舞う意図は何一つ分からないが、もう細かい事は気にしないでおこう。このメンツでツッコミ担当に回ったら地獄だ。




* * *




「──はいはーい、姐さん皆さんお待たせさーん! お仕事ばっちり完了ですぅ! それにしてもどえらい事が分かったわぁ」


「……はっや」 


「マジかよ」


 カップ麺にお湯を入れてからきっかり三分。鈴国が椅子をくるくる回しながらバンザイした。


 バブルガムはそれほど興味が無いのか、それともラーメンに夢中なのかせっせとラーメンに息を吹きかけて冷ましている。そういえば猫舌なんだよなコイツ。


「それで、龍奈について何が分かったんですか」


 バブルガムのバカと対照的に、ハレ君は余裕の無い表情だった。


「……調べたウチがこんな事言うのなんやけど、櫻子ちゃん。ほんまに言うてええの?」


 一瞬、鈴国が真面目な顔になってわたしにそう言ったけど、この仕事を依頼した時点である程度の覚悟はしていた。


 こくりと、わたしは鈴国の目を見て頷いた。


「──結論から言うとなぁ、この轟龍奈ちゃんやけど、もう亡くなってるわ。それも二十年も前に」


「……は?」


 ハレ君がたった一言そう言った後、しばらく誰も口を開こうとしなかった。静まり返ったバックヤードにはバブルガムがラーメンをすする音だけが響いていた──

 



 



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