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138.「赤信号と便利屋」


 【レイチェル・ポーカー】


「──別にヒカリまで付いてくる事なかったのに、成績下がっちゃうよ?」


「アタシは櫻子が行くならどこでもついて行きてぇんだよ、なにせストーカーだからな」


 今日は12月16日の月曜日。平日だから当然授業があるわけだけど、わたしはのっぴきならない理由によりサボる事にした。すると居候先のヒカリまで一緒にサボると言い出したのだ。


 そんなわけで二人仲良く学校をサボったわたし達は、旧都がある北区へ向かっていた。


「今更だけどよ、これってどこに向かってんだ? 櫻子ん家か?」


「ううん、わたしの家に行っても何も無いし……この前行った中華料理屋さんだよ」


 そう、わたしは辰守晴人がアルバイトしている中華料理屋に向かっていた。二週間ほど前にも訪れたあの店、『三龍軒』に。


「……お前、どんだけ中華食いてぇんだよ。こんな事で休んでたらエミリアに説教くらうぞ」


「そんなこと言うなら、お店開いててもヒカリは外で待っててね」


「鬼かよ、アタシも中華食いてえよ」


 とかなんとかやっている間にもうじき目的地だ。二人とも魔力始動して移動しているからあっという間だったな。



「……着いたけど、うん」


「んだよ、まだ店閉めてやがんのか。潰れちまったんじゃねぇのか?」


 店はシャッターが降りていた。そして二週間前と同じ貼り紙。まさか未だに休業しているなんて……もどかしい気持ちが募り、無意識に拳に力が入る。


「あーあ、どうしよっか」


「……ま、閉まってるもんは仕方ねぇ。新都に戻って別の中華料理屋探そうぜ」


「……だね」


 当たり前だけど、ヒカリはわたしがここに来た本当の意味を知らない。ただ無性に中華を食べたくなっただけのわがまま食いしん坊だと思っている。どうなのそれ。


──しかし、ヒカリの言う通り閉まっているものは仕方ない。今日のところは潔く引いて、後日また来ることにしよう。




* * *




──新都の中央区、つい先日皆んなでハンバーガー食べたりモールを回ったりしたばかりだ。けど、わたしにとってはそれが昨日のことなのか五年前のことなのか、もはや感覚が曖昧だった。


「──おう、危ねぇぞ」


 急にヒカリに腕を引っ張られてバランスを崩したわたしは、もたれかかるようにヒカリに抱きとめられた。


 見ると、目の前の信号は赤だった。


「あ、ごめん。ぼーっとしてた」


「いいよ、アタシがついてるから」


 ヒカリはわたしを身体から離して、こともなげにそう言った。不覚にも少しときめいた自分がいたのは内緒である。


「……ヒカリってさ、わたしの事好きなんだよね」


 目の前を横切る車を眺めながら、不意にそんな言葉がこぼれた。なんか、思った事がそのまま口をついて出てしまった感じだ。やばいな、どうしよこれ。


「大好きだな」


 即答かよ。


「なんでなの?」


「前も言ったろ、櫻子が櫻子だからだよ」


 前、というのは櫻子わたしがヒカリの家に居候し始めたあの日の事を言ってるんだろう。


 あの時は自分自身に混乱していてヒカリの言葉を深く考えられなかったけど、もしわたしが櫻子という出自不明の人格ではなく、五百歳も歳上のレイチェルだと知ったらヒカリはどう思うんだろう。


 きっと今までみたいにはいかないよね……だってわたしは櫻子じゃないわけだし、そしたらヒカリはわたしの事なんてどうでもよくなるのかな、なんて──


「櫻子、信号青になったぞ?」


 横断歩道の前で信号待ちをしていた人達は、立ち止まったままのわたし達を取り残して歩き始める。わたしの足は地面に縫いとめられたように動かなかった。


 昨晩の追憶のせいでセンチメンタルになっているのか、嫌な事を考え出したら止まらなかった。


「ヒカリ、もしわたしがさ……」


 自分でも自分が何を言い出そうとしているのか……もう制御が出来なかった。ただ楽になりたい、安心したい、ヒカリに甘えたい、全部押し付けたい……そんな感情が胸の中で渦を巻いていた。


『……もしわたしが馬場櫻子じゃないって言ったら、どうする?』


 そう続くはずだったわたしの言葉は、すんでの所でくい止められた。


「──あぁー! もしかして夕張ヒカリちゃんやない!? 嘘やんこんなとこで会えるとかめっちゃラッキー!!」


 急に現れた、関西弁の女によって──




* * *




 駅前のバーガーショップは、平日の朝だというのに休日となんら変わらない賑わいを見せていた。店の入り口から一番遠い席をなんとか確保したわたし達は、何とも言えない雰囲気に包まれていた。


 というのも、向かいに座るこの女性のテンションにさっきからついて行けていないためだ。


「──いやぁ、二人とも生で見る方がよっぽどべっぴんさんやわぁ! 眼福眼福、ご馳走さんですぅ。あ、ご馳走さん言うても今からハンバーガー食べんねんけどな!! アッハッハ!!」


 褐色の肌に銀色のショートヘア、耳にはこれでもかと言うほどピアスが付いていて、随分と快活に笑う人だ。


「あの、なんかすみません。初対面なのに奢ってもらっちゃって」


「えぇっ!? 嫌やわぁ、そんな水臭いこと言わんとってぇな! ウチと櫻子ちゃんの仲やんかぁ!!」


「櫻子、知り合いか?」


「いや、たぶん初対面」


 というか絶対初対面だ。こんな強烈な人一度会ったら忘れられない筈だし。


「……おい、いい加減アンタ誰なんだよ。なんでアタシ達のこと知ってんだ?」


 あまりの勢いにさっきまで黙りこくっていたヒカリは、ようやくいつもの調子を取り戻したようだった。


「うわ、ウチとした事が自己紹介まだやったわ! ほな初めましての人も改めましての人も、ウチは鈴国すずくにれい! この街で便利屋家業を営んでるスーパーキャリアウーマンや!! 以後お見知り置きを!」


 初めましての人しかいないよ、というツッコミをなんとか飲み下して、わたしはヒカリと顔を見合わせた。


「……どうする、とんでもなく胡散臭い人だけど」


「便利屋って結局何してるか一番謎な仕事だしな」


「はいそこ聞こえてるでぇ!? 誰が胡散臭いって!? そらえらい心外やわぁ、その道ではウチ結構名の知れとる方やからな?」


 その道ってどの道なんだ。


「まあそれはどうでもいいんですけど、結局鈴国さんはどうしてわたし達の事を知ってるんですか?」


 そう、問題はそこだ。何で街の便利屋さんが急に道端で抱きついてきて、ご飯をご馳走してくれているのか? それが一番の問題だ。


「そらウチアンタらの大ファンやもん! 特にヒカリちゃんなぁ!」


「はぁ? アタシが何したってんだよ」


「何したってアンタ、この前の魔獣退治やん! 魔女協会セラフの魔女よりも早く駆けつけて華麗に撃退! 三体同時出現のあの騒ぎで死者ゼロって神業やでほんま!」


 なるほど、確かにあの時の事はテレビとかネットでも大きく取り上げられてたし、ヒカリちゃんファンがいてもおかしくはないか。いや、でもわたしの事はなんで知ってるんだ。


「実はあの時魔獣化した人間やけどな、車で暴走してウチの店に突っ込んできよった奴らやねん。あんまり突然やからウチもちょっとま気ぃ失ってもうてな? 目ぇ覚めたら表通りでヒカリちゃんが戦ってるやんかぁ、あん時魔獣の気ぃ引いといてくれへんかったらウチ絶対殺されとったわぁ」


……今この人なんて言った? 『魔獣化した人間』って言わなかっただろうか、絶対言ったよね。


「……アンタ、魔女だったのか」


 ヒカリが鈴国を睨みつけてそう言った。魔獣が人間の成れの果てだという事を一般人は知らない筈、つまりは今ヒカリが言った通り彼女は魔女なのだ。


 しかしなぜ喧嘩腰。


「ちょおそんな怖い顔しやんといてぇな、別に隠しとったわけちゃうやん! あんまり公共の場で魔女がどうとか言うんもやらしいやろ?」


「ちょ、声大きいから鈴国」


「マジでうるせぇ鈴国」


「え、なんで魔女って分かった途端タメ口なん?」


 鈴国は大袈裟にショックを受けた素振りをした。声を抑えたら挙動がやかましくなるタイプか、厄介だな。


「まあ魔女でも何でもいいけどさ、わたし達別にちやほやされたくて魔獣退治してるわけじゃないから、こういうのはこれっきりにしてね」


 魔獣の件に関しては正直ヒカリにはまだ荷が重いだろう。割り切れてもいない筈だし、ヒカリの事を思えばこういう状況は好ましくない。


「まあまあそんな邪険にせんときって、ウチがハンバーガー食べさせるためだけに声掛けたと思ってんの?」


「……違うのか?」

  

 違うの?


「見損なってもらったら困るわぁ、ウチは天下の鈴国オールトレイズの社長やで? 三体の魔獣を退治してウチの命を救ったヒカリちゃんには、それ相応の恩返しをさせて貰う」


「ふぅん、ちなみにどんな?」


「……三つや。魔獣三体分で三つ、何でもタダで仕事請け負うたるわ」


 さっきまでのおちゃらけた雰囲気が一変して、鈴国の目付きが変わった。わたしはこの眼を知っている。五百年前、殺し合いの最中によく見た眼……これは、本気の目だ──



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