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137「レイチェルと火花②」


 【レイチェル・ポーカー】

 

「──それにしても凄い偶然だよね、わたし達森には一月に一回しか行かないのに、ばったり火花と出くわすんだもん」


「いや、私はこの森に魔女が出入りしているという噂を聞いたから何日か前から張り込んでいたんだ、桜色の髪だという話だったから、完全に奴だと思い込んでいたが……」


「まったくいい迷惑だ」


 バンブルビーの用事も終わり、あとは城に帰るだけなのだが火花とこのまま別れるのは憚られた。火花が追っている魔女は聞く限りではわたし達の管轄内だし、城に招いて詳しい話を聞いた方がいいだろう。ほっといたら行き倒れそうだしね。


レイヴンか、本当に私のような余所者がお邪魔しても大丈夫なのか?」


 随分と小柄な火花は、黒い髪を風になびかせながらわたしを見上げた。まあバブルガムよりは大きいかな。


「大丈夫大丈夫、うちはいろんな所から魔女が集まってるし、なんなら火花もレイヴンに入っちゃいなよ」


「……それは、正直嬉しい申し出ではあるが……このような大事な事、上役の魔女に許可を取らなくていいのか?」


「コイツがその上役なんだよ、全然そう見えないかもしれないけどな」


「もう、バンブルビーは無口なくせに一言多いよ」


 しょうもないやり取りをしていると、火花が急に足を止めた。どうかしたのだろうか。


「レイチェル、今の話は本当か?」


「え、まあそうだね。一応肩書きは(レイヴン)のロードって事になってるかな」


 他人に言われるのも恥ずかしいけど、自分で言うのはその何倍も恥ずかしい。わたしはぽりぽりと頬を指でかいた。


「そうか……では頼む! この私をレイヴンに入れてくれ! 私は何としてもこの地で一族の仇を打ちたいのだ!!」


 火花は急に地べたに両手と頭を付いた。いったい今のセリフとこのポーズに何の因果関係があると言うのだろうか……否、意味は分からずともその気概だけはしっかり伝わってきた。


「──歳はいくつか知らないけどさ、レイヴンに入る以上はわたしがお姉さんだからね?」


 わたしはしゃがみ込んで火花に手を差し出した。


「……っも、勿論だ! よろしく頼むぞ姉上!!」


 こうして極東の貴族、花合はなあわせ火花ひばなレイヴンに加わった。




* * *



〜二年後〜



「──どうした! 脇が甘いぞ姉上方ッ!!」


「……ちょ、ちょっと待つんだみょん!! 一旦休憩……」


「問答無用ッ!!」


「みょーーんッ!?」


 今日も今日とて鴉城の裏庭では、妹達の可愛らしい悲鳴が風に乗って響いている。朝食前にこの様子を観るのは、もはや日課というかある種の趣味になっていた。


 お、今日はルクラブが今までで一番高く吹き飛ばされたな。とか、そういうものをこっそり記録して楽しんでいる。


「やあやあ、今朝も精が出るね。トーラス達は?」


「おお、おはようレイチェル! エルジュとリアの姉上以外はまだあっちでのびているぞ! 今日もホアンの姉上にみっちりしごいてもらったらしい!」


「ははぁ、なるほどねー」


 火花の指差す方を見ると、ホアンが丸太に腰掛けながら煙管キセルで煙をふかしていた……いや、よく見ると丸太に見えたのはトーラスやタリア達だな。ちゃんと生きてるのかアレ。


「ふんっ! ホアン一人に情けない奴らね!!」


「あれ、ウィスタリアこんな朝早くに珍しいね」


 声の方に振り向くと、すこぶる機嫌の悪そうなウィスタリアが仁王立ちしていた。まあ機嫌が良さそうな時なんて無いけど。


「まったく、朝っぱらからドンパチやられたんじゃおちおち二度寝も出来ないわよ!! ほんと、今日は人生最悪の日だわっ!!」


「ウィスタリアの姉上、いつもそれ言ってるな!」

 

「口癖なんでしょ、毎日人生最悪を更新してるんだよウィスタリアは」


「レイチェル!! ホアンも火花もアンタの管轄なんだからちゃんと言って聞かせときなさいよね!!」


「ちょっと、ホアンはジューダスの管轄でしょ。ちゃっかりわたしに押し付けないでよね」


 管轄というか、形式的には幹部はロードの補佐役だ。わたしの補佐はバンブルビー、アイビスの補佐はウィスタリア、ジューダスの補佐はホアンで、ヴィヴィアンの補佐がエリスだ。


 正直補佐役として機能しているかどうかは怪しい所である。むしろ、ロードなんだから厄介者を一人は担当してくださいね、というアイビスの意思を感じる。まあ、エリスは比較的まともか、喋んないけど。


「ウィスタリアの姉上! カリカリするのはきっと身体がなまっているからだろう! ひとつ手合わせしよう!」


 火花がレイヴンに入ってから早二年。一緒に暮らし始めて分かった事は、ホアンやジューダスと同じく脳筋の特訓お化けだという事だ。


 最近では身体強化の赤魔法を使える者はホアン、五属性の青魔法を使える者は火花にしごかれるという構図が出来上がっている。


 まあ、レイヴンの面子は大抵両方使えるわけで、結局はホアンにボコられた後火花にボコられるという二重の責め苦を受けているのが現状である。


「火花、ウィスタリアはやめといた方がいいよ。スイッチ入ると手がつけられなくなるし」


「はぁ!? 別に私もやる気なんてこれっっっぽっちも無いわよっ!!」


「ウィスタリアの姉上、まさか負かされるのが怖いのか? 案ずる事はないぞ、しっかり峰打ちするからな!」


 ちなみに火花は少し天然だ。本人には全く自覚が無いが、相手の闘争心を煽る天才である。


「……誰が、負けるのが、怖いですって?」


「どうしたウィスタリアの姉上! 身体が震えているぞ!?……そうか、やはり怖いのだな! 無理を言って悪かった、早く部屋に帰って寝てくれ!!」


 火花ちゃん、それはね、怖いんじゃなくて怒ってるんだよ?


「部屋で寝るのはアンタよ火花ぁ!! 潰せ『カノン』!!」


 ウィスタリアがキレた。魔剣と呼ぶには無理がある丸太のような大筒を構えている。あんな物で殴られたらただでは済まないだろう。


「おお、やる気になったのか姉上!? では私も推して参るッ!!」


 普通ならウィスタリアを怒らせた時点で失神ものだが、火花は嬉しそうに腰の魔剣『彼岸花』を抜いた。肝が座っているなんてもんじゃないな。


「二人とも、程々にねーほんと」


 一応二人の身を案じてそう言ったが、わたしの心配も虚しくたったの五分で城に甚大な被害が出始めたため、二人とも駆けつけたアイビスの拳骨に沈むことになった──

 



* * *




〜三年後〜



「──なんで火花を止めてくれなかったの!?」


 玉座の間にわたしの声が反響した。自分でもここまで大きな声で怒鳴るつもりは無かったから、少し狼狽する。


「レイチェル、火花は自分の運命にケリをつけに行ったんだよ。私達がとやかく言える事じゃない」


「家族だよ!? 一人で行かせるなんて、何かあったらどうするの!?」


「そう思わせたくないから、火花はレイヴンを抜けたんだよ」


──ついさっき、アイビスに呼び出されたわたしは火花がレイヴンを抜けたと聞かされた。唐突だった、余りに唐突な別れだった。


「……火花の仇の事、アイビスが教えたの?」


「元からそういう約束だったからね。火花がうちに身を置いて仕事をする代わりに、私は火花の仇の情報を集める。昨日ようやくその仇を見つけたんだよ」


「……その仇って、なんて魔女なの」


「レイチェル、聞いてどうするの?」


「決まってる、わたしも追いかけて一緒に殺す……家族だもん」


 わたしはアイビスを睨みつけるように真っ直ぐ見据えた。アイビスは玉座に腰掛けて頬杖を付いたまま、小さくため息を漏らした。


「悪いけど、だったら教えられないよ。火花から口止めされてる、邪魔する奴には教えるなってね」


「邪魔って、わたしは協力しようとしてるんだよ!!」


「レイチェル、これは火花の復讐なんだよ。協力っていうなら既に私が居場所を見つけだした事で果たしてる、これ以上は火花一人の問題なんだ。分かるよね?」

 

「そんなの……分かんないよ」


 本当は分かっていた。わたしにだって果たさなければいけない復讐はまだ残っているし、その相手を見つけた時、きっと誰の手も借りたくない。たとえ相手がわたしより強くてもだ。そんなこと、分かってるけど……分かんないじゃん。


「火花は仇討ちに成功したら、そのまま古郷に帰るってさ。花合はなあわせ家は花札はなふだ家の分家だから、仇討ちが終わればそれを宗家に報告しなきゃダメなんだって」


「……なにそれ、じゃあもう会えないじゃん」


「生きてればまた会えるよ」


「……」


 死んでたら会えない……だなんて口が裂けても言えなかった。けど、どうしても最悪を考えずにはいられなかった。


「レイチェル、火花は強いよ。うちの中でも十本の指には入るだろうね、そんな火花があっさりやられると思う?」


「……思わない」


 確かに火花は強い。身体強化の魔法、火炎魔法共に一級だし、加えて花合流の魔剣術はエリスやジューダスのお墨付きだ。並の魔女なんて相手にならないだろうけど……。


「レイチェル、さよならも言えなかったのは辛かったよね。ごめんね、けど火花はきっとまたレイチェルに会えるって信じてるから、別れの言葉は言わなかったんだよ」


「……分かった、これ以上何も聞かない。怒鳴ってごめん」


 火花とこの五年間で一番仲が良かったのはわたしだ。毎朝火花の特訓を眺めて、食糧庫を二人で荒らして、二人でバンブルビーに怒られて、夜はお酒を酌み交わした。


 そんなわたしに挨拶もせずに仇討ちに向かった火花に、尋常ならざる覚悟を垣間見た。全てを掛けてケリをつけるつもりだという、鋼鉄の覚悟だ。


「納得してくれてよかった。ギスギスしたまま大仕事したくないもんね」


「大仕事……って、なに?」 


 普段あまり笑わないアイビスが、珍しくニヤリと笑った。気味が悪いほど美しい笑みだった。


「四大魔女、セイラムが動き出した。よって私とレイチェル、二人でこれを螺旋監獄ヘリックスに収監するよ」


 火花との別れ、悲しみに浸る間もくれなかった。


「ほんと、人使い荒いんだから──」




 






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