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136.「レイチェルと火花①」


 【レイチェル・ポーカー】


──レイヴンに入ってから三十五年。昔は十数人だったメンバーも今や三倍程になり、わたしもすっかりお姉さんが板についた……というか、ロードになってしまった。


 組織を四つに分けて運営するに当たって、アイビスはロードの補佐役として幹部職も増員した。エリス、ウィスタリア、ホアン、バンブルビーの四人である。 

 

 この人選については正直どうかと思ったけど、アイビス曰く『いざって時に頼りになる面子だよ』との事だ。


 ロードなんて大層な役割、わたしには重荷がすぎると思っていたけど、実際のところ大きく変わる事なんてほとんど無かった。皿洗いの当番もしっかり回ってくるしね。


「──欲求不満だなぁ」  


 昨夜から続く思い切りのない小雨に打たれながら、わたしは呟いた。


「急になんだ、気色悪い」


 隣を歩いていたバンブルビーは、ギョッとした顔を外套がいとうのフードから覗かせた。


「気色悪いとはなんですか……あ、別にえっちな意味じゃないからね?」


「……腹が減ってるってことか?」


「バンブルビー、わたしの事何だと思ってるの?」


「泣く子も黙るレイヴンのロード様だろ、いっつも腹ペコの」


「もう、未だに恥ずかしいんだからその呼び方やめてよ……てか別にいっつも腹ペコなわけでもないし」


 今日は魔獣の森に出かける日だった。以前は特に森に行く日は決まっていなかったが、お互いロードと幹部という身分になったため、城を空けるのはいつでも自由にとはいかなくなったのだ。


 だから森に出向くのは毎月一日の月に一度、それも日が登る前に出発して昼前には帰らないといけない。案外ロードになって一番の変化はこれかもしれない。


「で、何が欲求不満なんだ?」

 

「んー、最近魔女狩りも大人しくなってきたし、至高主義の連中も表立って悪さしなくなったじゃん……なんか暴れたい」


「レイチェルお前、まともに見えて意外とそういうとこあるよな」


「別に戦うのが好きってわけじゃないけどさ……けどやっぱ暴れたらスッキリするじゃん、なんか最近上手にストレス発散出来てない気がしてさぁ」


「なんか趣味でも見つけたらどうだ、俺達の人生は長いんだし無いと辛いぞ」

 

「……趣味ねぇ」


──言いながら、わたしは少し嬉しかった。バンブルビーがちゃんと前向きに生きて行こうとしているのが、今の会話から伝わってきたからだ。昔はいつも消えかけた蝋燭の灯みたいで、どこが儚げな雰囲気だったしね。


「……そう言うバンブルビーは何か趣味があるわけ?」


「……笑うなよ」


 しばし押し黙ったバンブルビーは、少し俯いてそう言った。


「笑わないよ」


「……その、日記を……付けてる。毎日、寝る前に」


 フードの奥からチラリとこちらを覗くバンブルビーは、照れているのか少し頬が赤く染まっていた。可愛いなぁもう。


「ふぅん、日記、日記ね……ふ、ふふふ」


「おい! 笑わないって言っただろッ!?」


「あっはっは、だ、だって、夜中にこそこそバンブルビーが日記付けてると思ったら……ぷふ、ごめん、なんか面白くって!」


 いったいどんな事を書いているんだろうか、乙女チックなポエムとかも描いてたりしたら最高なんだけど。


「べ、別にこそこそしてない!! えぇい、笑うな!!」


「あ痛ッ!? くっそ、やったなバンブルビー!!」


 バンブルビーが顔を真っ赤にして肩をぶん殴ってきた。『あ痛ッ!』で済ませられるレベルのダメージでは無かったけど、まあ不死身だし問題ない。


 わたしも黒羽の触腕を出してバンブルビーを捕まえてやろうと、にじり寄った。


「ふん、そんなノロい蛸足たこあしに捕まるか!!」 


「言ったなぁ、捕まえたらあんな事やこんな事しちゃうんだからね!」


「このエロガキ!!」


 雨の中を二人ではしゃぎ回った。楽しい、こんなに楽しいのはいつ以来だろうか……いや、こんなに楽しくていいんだろうか。


 ふと、死んだ両親の顔が頭をよぎった。


──そして、二人きりの空間に叫ぶようなその声が割って入ったのは、殆ど同時だった。


「──そこまでだ下郎ッ!!」


「……ッ!?」


 バンブルビーを捕らえようと自在にうねっていたわたしの黒羽が、触腕が、急にバラバラになって赤く爆ぜた。


 わたし達の間に割って入るかのように現れたそいつは、魔剣をわたしの方へ突きつけてこう言った。


「……ここで会ったが百年目、盲亀もうき浮木ふぼく優曇華うどんげの花、待ちに待ったぞこの時を……我が一族鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)の念、今こそ晴らすッ!」


「……え、ちょ!?」


 何が何やら訳がわからないままに斬りかかられ、思わずわたしも剣を抜いて応戦する。この女、小柄だけどかなり強い!


「おいお前、急に出てきて何をする!!」


 バンブルビーが女に向かって叫んだ。この状況、まさにその一言に尽きる。


「心配無用! この悪鬼は私が成敗する、其方は下がっていろッ!!」


 女はバンブルビーに叫びながらも剣撃を緩めることはない、炎を纏った魔剣の連撃は凄まじく、気を抜くと腕を飛ばされそうだ!


「……誰、だか、知ら、ないけど! ちょっと、落ち着いてッ!?」


「問答無用ォッ!」


 剣と炎を躱しながら必死に訴えるも、女は聞く耳を持たない。


──その時、雨でぬかるんだ地面に一瞬脚をとられた。


 まずい、と思った時には既に、女の魔剣が首筋に肉薄していた。


「いい加減にしろッ!!」


「……あがぁッ!?」


 バンブルビーだ、バンブルビーの蹴りが女を吹き飛ばした。首筋に迫っていた剣は、皮一枚を割いて地面に突き刺さった。


「……く、何をする貴様ッ!!」


 十数メートルは吹き飛んだ女は、しかしすぐに身を起こして再び魔剣を錬成した。


「それはこっちのセリフだよ! 急に襲いかかって来るとか、殺されても文句は言えないんだからね!!」


 わたしは魔剣を握ったまま邪魔なフードの脱いだ。なんだか知らないけどもういい……やる気なら相手をしてやろうじゃないか、危うくバンブルビーに不死身だってバレるところだった。


「……な、その顔……くちなわ姫じゃ、ないだと」


「……はぁ?」


 わたしの顔を見た女は、急に訳の分からない事を言って剣を地面に落とした。まあ、訳の分からない事を言ってるのは最初っからだけども。


「……くそ、まさか人違いとは……なんと、愚かな……うぅ」


 パタリと、女は顔面から地面に倒れ伏した。急に斬りかかってきたり倒れたり、ほんと何なんだコイツは!


「れ、レイチェル……何も殺す事は……」


「えぇ!? わたしまだ殺してないよ!!」


 バンブルビーは訝しむような目でわたしを見た。ていうか蹴り飛ばしたのバンブルビーじゃん……。





* * *



 

「──かたじけない、かたじけない!」


「うん、分かったからゆっくり食べなよ」


「……何なんだコイツ」


──魔獣の森、その中心部にあるクレーターで、わたしとバンブルビー、そしてさっきの女の三人で昼食をとっていた。


 雨はすっかり上がり、暖かい日差しが草木に付いた雨露をキラキラと光らせている。


「……こんな美味い物にありついたのは、久方ぶりだ! かたじけない!」


 女が先程急に倒れたのは極度の疲労と空腹によるものだったらしい。バンブルビーと話し合った結果、話を聞くためにも取り敢えずご飯を食べさせてあげようという事になった。


 森に着くまでは朦朧とした彼女をわたしがおぶって連れてきたけど、食料を目の当たりにしてから女は一心不乱にサンドイッチを貪っている。よっぽどお腹空いてたんだな。


「食べながらでいいから質問に答えてくれる? あなた何者なの?」


 石化した魔獣に魔力を注ぐバンブルビーは忙しそうなので、わたしが尋問役を買って出た。サンドイッチを食べながらだけど。


「……ごほごほ、こ、これは挨拶が遅れて申し訳ない! 私は花合はなあわせ火花ひばなと申す者、ここより遥か遠い国からある魔女を追ってやってきた次第だ」


「ハナアワセヒバナ? 変わった名前だね、わたしレイチェル、であっちの無愛想なのがバンブルビー。ヴィヴィアンと同じ国の言葉ってことは、極東の魔女なのかなぁ」


「ヴィヴィアン……もしやヴィヴィアン・ハーツ殿の事か!? あの方は今この地に!?」


 火花は驚いたように目を丸くして、だがしっかりと次のサンドイッチを手に取った。どうやらヴィヴィアンとは面識があるらしい、やはり同郷か。


「この地にっていうか、わたし達同じ組織の魔女だよ。火花はヴィヴィアンを探してフランスくんだりまで来たの?」


「そうか、ヴィヴィアン殿は無事であったか……いや、しかし私が追っているのは彼女ではない。くちなわ姫という魔女だ、奴は其方のように禍々しい魔法を使い髪もそのような桜色でな、先程はつい早とちりで斬りかかってしまった。申し訳ない!」


「まあ、人違いだって分かったならいいけどさ……てか桜色って何?」


「レイチェルは桜を知らないのか? 私の国では毎年春頃に咲く花なのだが」


「へぇ、全然知らないや。わたしの髪と同じ色なんだ、ちょっと見てみたいかも」


「是非そうしてくれ、桜が有名な場所はあちこちにあるが、私の故郷も……あ、いや、もう無いんだったな」


 火花は口に運びかけたサンドイッチを食べるのをやめて、静かに項垂れた。


「あの、何があったのか聞いてもいいかな?」


「……ああ、人違いで襲いかかった手前、事情を話さんわけにもゆかぬな。我が一族花合家は、私を除いて全員がくちなわ姫に殺されたのだ。私は奴がこの地に潜伏していると言う噂を聞きつけてここまでやってきた」


 サンドイッチを貪っていたさっきまでとは違い、火花の目には紅蓮の炎が宿っていた。


「……じゃあ、火花の目的は」


「ああ、仇討ちだ」


 わたしの脳裏に、再び両親の顔がよぎった──






 

 




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