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135.「新居と旧居⑦」


 【辰守晴人】


──和やかなお茶休憩も終わり、現場監督とイースを除いた三人で家具の組み立てに取り掛かった。


 現場監督はともかくなぜイースが参加しないのかというと、ワインセラーを追加で購入するためにラテの元へ交渉に行ってしまったためである。何でも経理担当がラテとヘザーなんだとか。


「……た、タンスが、で、出来たの」


「おお、ライラック早いですね。俺のローテーブルまだ形にもなってないんですけど」


「私もこういう細かい作業苦手かも、だいたい説明書の書き方もややこし過ぎるんじゃないかしら?」


 組み立て家具の中でも一番大きなタンスを、ライラックはあっという間に完成させた。部屋の雰囲気にあったゴシック風なやつだ。


 それに比べて俺とスカーレットが担当しているローテーブルとソファはまだまだ完成には程遠い。


「むはぁ、二人ともしっかりやれよーこんなペースじゃ日が暮れちゃうじゃーん」


「そう思うなら、バブルガムも座ってないで手伝って下さいよ」


「むはぁ、私ちゃんは現場監督だからこっから指示出すのが仕事なんだよーう」


 紅茶休憩から一切位置が変わっていない現場監督は、態度だけは一人前である。


「あ、わ、私が……二人の分、て、手伝うの」


 ライラックの手を借りてからは家具が組み上がるのはあっという間だった。そして完成した家具を部屋に配置すれば、俺の新居の出来上がりである。


「なんか、ずっと牢屋に居たことを思うと窓がある部屋って素晴らしいですね」


 地下牢では壁にかかった時計以外に時間を把握する術が無かったからな。こうして太陽の高さで大まかな時間が把握できるのは、なんだか嬉しい気分になる。


「晴人くん……もっと早く牢屋から出してあげられなくてごめんね、辛かったよね」


 別に同情を買うつもりで言ったわけではなかったが、スカーレットは心底申し訳なさそうな表情で俺の手を握った。


「いえ、まあ確かに辛く無かったとは言いませんけど……けど、それほど悪くもなかったですよ。スカーレットが毎食ご飯作ってきてくれましたし」


「むはぁ、そうだぞスカーレット。引き篭もってるうえにタダで飯まで食わしてもらえるんだから、晴人も別に気にしてねーだろ」


「好きで引き篭もってたわけじゃないですけどね!」

 

 そもそもお前が勘違いしたせいで牢屋に入る羽目になったんじゃい!


「──おうおう、俺様がいねぇ間にそれらしくなったじゃねぇか!」


 大声に振り向くと、部屋の前にイースが立っていた。どうやらラテとの交渉は終わったらしい。


「おかえりなさい。ワインセラーはどうでした?」


 まあイースの顔を見れば結果なんて聞くのも野暮ってもんだが。


「愚問だなぁ晴人、俺様の座右の銘は有言実行だぞ! まあラテの野郎、予算がどうとかぬかしてかなりしぶりやがったがそこはこの俺様、貯金を崩して説得してやったぜ、どうだ!」


 イースは立派な胸をばいーんと張って誇らしげな様子だ。


「思ったよりまともな交渉内容に驚きを隠せませんね」


 それに座右の銘は暴虐無人の間違いだと思う……。


「ガッハッハ! まあ俺様から嫁へのプレゼントってやつだ! ありがたく受け取りやがれ!!」


「わーいありがとうございまーす」


 俺が未成年で酒なんて飲めなくてワインセラーなんてこれっぽっちも欲しく無いという事を除けば、嬉しいプレゼントである。とりあえず形だけでも喜んでおいた。


「むはぁ、まさかイースに貯金する甲斐性があったとはなー! 私ちゃんにもなんか買ってー!」


「あぁん、バカかテメェ! 俺様に貯金なんかあるわけねぇだろ! スカーレットの貯金から引いといたんだよ!!」




──時間にして二秒ほどだろうか、時が止まった気がした。


「……え?」

 

「あぁん?」


「え?」


「あぁん!?」


 困惑するスカーレットと、それを見てさらに困惑するイース。この状況に俺も困惑している。


「……聞き間違いかしら……あ、アンタ、私のお金でワインセラー買ったの?」


「おう、それがどうかしたか?」


「……凄まじいな」


 暴虐無人なんて言葉じゃ足りない、放辟邪侈ほうへきじゃしに悪逆無道も追加でトッピングだ。


「っふざけんじゃないわよ!! 何で私のお金でアンタのワインセラー買わなきゃなんないのよ!?」


「バカかテメェ、この場の全員晴人と結婚すんだから財産も共有に決まってんだろうが!!」


「はぁ!? 誰がそんな事決めたのよ!?」


「俺様に決まってんだろうが!!」


「〜〜ッ!!」


 イースの有り余るジャイアニズムにスカーレットが絶句している。これはヤクザよりタチが悪い。


「あの、イース? さすがにお金の事は皆んなで相談した方がいいんじゃないですかね」


 スカーレットが今にも槍を出しそうな雰囲気になってきたので、俺は慌ててイースを嗜めようとした。


「ちっ、めんどくせぇなぁ! じゃあ多数決だ、貯金共有に賛成の奴ぁ、手ぇ上げろ!!」


 奇跡的に俺の言うことに耳を傾けてくれたようで、イースは機嫌悪そうに怒鳴って手を挙げた。


 五人中三人も賛成するわけがないし、ワインセラーはキャンセルしてスカーレットの貯金を元通りにしないと。


「むはぁ、私ちゃん賛成! だって自分の貯金ゼロだから!! 徳しかねー!!」


「最低かッ!!」


 バブルガムは元気いっぱいに両手を上げた。理由も最低過ぎるし手は二本上げてもワンカウントだよバカ!


「私は断固反対よ、理由なんて言うまでもないわ!」


 スカーレットは自分の財産を守るべく必死の形相だ、なんかハイエナから獲物を守るライオンみたいな構図である。


「俺もお金は各々管理するのがいいんじゃないかと思います。流石にスカーレットが可哀想ですし」


 これで二対二、あとはライラック次第だからもう勝負は決まったようなもんだ。多数決を持ち出した時点でこうなる事は分かっていたけど。


「──私はアル中に賛成だぞ駄犬」


──しかし、俺は忘れていた。


 ライラックの中にあるもう一人の存在を……。


「……な、バブルガム、何を?」


 驚愕の視線の先……ライラックの背後に回り込んだバブルガムが、両手で前髪を持ち上げていた、ライラックの前髪をだ。


「むっはぁ、これで賛成多数! スカーレットの貯金は皆んなで山分けだコラー!!」


「いやいやいや!? 何やってんですかバブルガム、そんな事したら……ぐはっ!?」


 本棚に収納されていた本が顔面を直撃した。この痛懐いたなつかしい感じ、植え付けられたトラウマが蘇る。


「駄犬が、きゃんきゃん吠えるな鬱陶しい」


 本の一撃で地面に倒れ伏した俺の顔に、今度は脚が振り下ろされた。踏みつけられながらも俺は彼女を見上げた。懐から取り出したペンで、前髪をお団子状に結い上げた彼女を。


 ぐりぐりと肌を抉るこの足の感触に、人を人とも思わぬ蔑みの視線……ラミー様ご降臨である。

  

 突然現れたラミー様とその犬に、スカーレットはおろかイースまでもが唖然としていた。


「さて、私が居ぬ間に何やら妙な事になっているようだ……そうだろう、ん?」


「……わ、わん」


 ラミー様は俺の顔をぐりぐりと踏み付けながら嗜虐的な笑みを浮かべた。


「プププ、まさか駄犬風情がこの私を娶ろうとはな……大きく出たものだ、まったく」


「……ちょ、ちょっとラミー! 急に出てきて晴人くんを踏んづけないでよ!!」


 スカーレットがラミー様を俺から払い除けようとすると、ラミー様はふわりとそれを躱した。


「ゲロ飯女が、気安く触るな」


「げ、ゲロ……」


 スカーレットは口元をひくひく痙攣させて固まってしまった。ダメージが大きかったようだ。


「むはぁ、ラミーは相変わらず口汚ねーな!」


「チビデコ女が、気安く話しかけるな」


「ち、チビデコ……」


 やたらとフレンドリーに話しかけたバブルガムも一蹴された。ざまぁみろである。


「さて、駄犬よ。犬の分際で結婚などと思い上がった貴様に、さっそくしつけといきたいところだが……先に済ませなければならない用事があるなぁッ!!」


 スカーレット、バブルガム、レイヴンの戦闘班二人を素早く無力化したラミー様は、突如魔剣を抜いてイースに斬りかかった。真っ二つに両断された地下牢の鉄扉が脳裏を過ぎる──


「イース! 避けて下さいッ!!」


……なんて、言う暇も無かった。


 視線がラミー様を追い抜いてなんとかイースを捉えたところで、大爆発が起こったからだ。


……ドカァァァンッ!! 


 骨の髄まで響く凄まじい轟音に、喉の奥が焼けつくんじゃないかと思う程の熱風。気を失わなかったのは奇跡だったのか……否、イースのスパルタ指導により咄嗟に魔力始動したおかげだった。


「……な、なんてこった……!!」


 爆風により俺は部屋の入り口側に吹き飛んだらしく、室内全体が見渡せる位置だった。だからこそ真っ先に目に入ったのは、部屋の壁に空いた大穴と、そこから見える広大な海だった。


「けっ、七罪原プレアデスだかなんだか知らねぇが、こんなもんかよ!」

 

 爆発が起きた部屋でただ一人吹き飛ぶ事なく立っていたイースは、吐き捨てるようにそう言って大太刀を鞘に納めた。


 そう、さっき爆発が起きる直前……確かに俺は見たのだ。振り向きざまに斬りかかったラミー様を、大太刀で迎え撃ったイースを。つまり、この爆発と大惨事を引き起こした張本人はやはりイースである。


「な、ななな、何したんですかイース!?」


「あぁん、今のか? 今のは花合はなあわせ流の灼火牡丹っつぅ技で……」


「いや技名とかじゃなくて!!」


 改めて室内を見渡すと地獄の有り様だった。部屋の壁には大穴、天井の照明は俺の足元に転がってるし、新品のソファは三つに分かれて部屋の隅で煙を吐いている。


「──ちょっとイース、部屋の壁が無くなっちゃったじゃない! どうすんのよこれ!!」


 ひっくり返ったローテーブルの下敷きになっていたスカーレットが叫んだ。目が血走っている。


「ああ!? 壁ぐらい別にどうって事ねぇだろうが、寧ろ俺様のおかげでオーシャンビューになったじゃねぇか!!」


 人の部屋にこれだけ大きな穴を穿っておいてどうって事ないとは、もはや感動すら覚える感性である。ていうか元からオーシャンビューだったんだよ!!


「……た、たたた、タンスが、燃え、燃えてるの!」


 ラミー様は爆発で髪が解けたのか、いつの間にかライラックに戻っていた。服や身体は煤まみれになっているが割と元気そうで、しかしさっき組み立てたばかりのタンスから吹き出る火を見て愕然としている。


「むはぁ、このベッドおかしくねー? 私ちゃんの部屋の奴よりふかふかだぞー、晴人交換しよー」


 そもそもこんな事態になった原因とも言える女は、爆風で一人フカフカのベッドに飛ばされたらしく無傷だ。今日神はいないのか……。


「……ふ、ふふ、ふはははは!!」   


 初めて知った。自分の部屋に大穴が空いてその上燃えると、人って笑うのだと。


「……何笑ってんだが知らねぇが、まあ笑っとけ笑っとけぇ!! ガッハッハ!!」


「むはぁ、そうだな! むはははははは!!」


 悪鬼羅刹のイースと現場監督のバブルガムは一緒に笑ったが、この数秒後に駆けつけたバンブルビーによって海まで殴り飛ばされ、ゼロ距離でオーシャンビューするハメになる事を彼女達はまだ知らない──

 


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