132.「新居と旧居④」
【辰守 晴人】
「──あ、おはようラテ、それと晴人くん! バンブルビーに頼まれてた家具は用意できてるわよ!」
ライラックの案内で一階フロアを進むと、今度こそラテの待っている部屋に辿り着いた。部屋の中には家具と思わしき大きなダンボールが積まれているだけで、それ以外には何もなかった。
「お、おはよう、なの」
「おはようございますラテ、この荷物ラテがここまで運んでくれたんですか?」
「ええそうよ、転移魔法を使えばどうって事もないけどね! ただ城の中で転移魔法を使っていいのはこの部屋だけだから、ここからは自分で運んでね!」
転移魔法、つまりはテレポート的な魔法だろうか、だとしたらかなり便利だ。
「分かりました、わざわざありがとうございます。ヘザーにもよろしく言っておいてください、じゃあ……」
俺はラテにそう言って大きなダンボールに近づいた。俺の服の袖を掴んでいるライラックもひょこひょこ付いてくる。
「あ、晴人くんちょっといい?」
「?」
ライラックが俺から離れてダンボールを抱えたところで、ラテに手招きされた。なんだろうかと近づくと、肩を引っ張られて耳打ちされた。
「晴人くん、ライラックとはその……どこまでいったの? もう手は繋いだ?」
いったいなんの質問なんだろうか、いやただ単に俺達の進展が気になっているんだろうけど、それにしてもラテは随分と貞操観念が高いらしい。良いことだけど。
「実は、ライラックとはまだ手を繋いでいません」
俺はライラックに聞こえない様に小声で耳打ちを返した。ライラックは歩く時いつも服の袖を掴むから、手はまだ繋いでいない。
「そっか、良かった……やっぱり普通はそうよね。ありがとう、参考になったわ!」
ラテは嬉しそうに微笑みながら、何か納得したようにうんうんと頷いて俺から離れた。いったい何の確認だったんだろうか。
「……あ、ライラック! そんなにいっぱい持たなくていいですよ、俺が持ちますから」
ライラックの方に振り返ると山積みのダンボールを抱えていた。高く積み上がったダンボールはライラックの身長の二倍以上になっている。
「ん、へ、平気……なの」
「晴人くん、ライラックも魔女なんだからアレくらいへっちゃらよ?」
「へっちゃらかどうかは置いておいて、女の子にあんなに持たせるわけにはいきません!」
確かに身体強化の魔法が使えなくとも、魔力始動さえすれば人間とは比肩にならない程の力は発揮出来るだろう……けど、俺だって魔力始動できるし何より女の子に荷物を持たせては男の名折れだ。
「やだ、晴人くんカッコいいじゃない! まあヘザーには負けるけどね!」
「そりゃどうも……ライラックほら、代わりますよ」
「あ、ありがとうなの、ハル」
そうして俺とライラックはラテから山積みのダンボールを受け取った。残った分もまた後で取りに来ればいいだろう。
* * *
──グラグラ揺れるダンボールを崩さないように四階に辿り着くと、意外にもイースとスカーレットは喧嘩もせずに粛々と掃除に勤しんでいた。
「……おう、帰って来やがったか晴人! いつの間にかいなくなりやがって!」
ダンボールを部屋の前に置くと、手に雑巾を持ったイースが俺達に気づいて怒鳴った。
「いつの間にかって……ライラックと家具を引き取りに行くって、一応現場監督に伝えておいたんですけど?」
「あぁん!? 誰だ現場監督って!!」
「バブルガムでしょバカ」
スカーレットが床にモップを掛けながらそう言った。よく部屋を見渡すと、どこにもバブルガムの姿が無かった。そう、現場監督が現場に居ないのだ。
「あの、現場監督はどこに?」
「さあ、それが気が付いたら居なくなってて……」
「けっ、サボりに決まってんだろ!! あんの野郎、後で消し炭にしてやる!!」
イースは怒りのあまり雑巾を持つ手がわなわなと震えている。ほんとにやりかねないから怖いんだよなぁ。
「物騒な事言わないで下さい、何か急用が入ったのかもしれないじゃないですか」
ぶっちゃけ俺も九割九分九厘サボりだと思うけど。
「ったく、このお人好しめ! おいライラック、戻って来たんなら倉庫から酒取ってこい! 手が震えて仕事になんねぇよ!!」
ああ、怒ってるからじゃなくて酒が切れたから震えてたのか、最悪だなぁ。
「……イース、アル中なのはこの際突っ込みませんけどライラックをパシリにしないで下さい」
「あぁん!? パシリじゃねぇよ! ライラックは前から俺様専属の酒運び係なんだよ!!」
「じゃあこれからは俺がその係になりますから、もうライラックは解放してくださいね。まったく」
きっとイースが牢屋に入れられる度にこっそり食料やらお酒やらを仕入れていたのはライラックだったんだろう。なんか、ラミー様がイースを闇討ちしようとしていた意味が分かった気がする。
「ふん! 晴人がそう言うなら何の問題もねぇな!!」
俺の提案は受け入れられたようで、イースはご満悦な様子だ。手が震えているけど。
「晴人くん、あんまりそのバカを甘やかしたら調子に乗るから気を付けてね? 節操ってものを知らないのよこのバカ、バカだから」
スカーレットは普段凄く優しくてお淑やかなのに、イース相手だと若干口が悪くなる。なんとか仲良くしてくれないもんだろうか。
「うるせぇズボラ女! ちゃんと家具の下も綺麗にしろよテメェ、壁と天井はもう終わったぞ!!」
「ああもう、うるさいのはアンタの声よ! 鼓膜が破れちゃうでしょ!? それに家具だって今から持ち上げようとしてたのよ!!」
イースの声量に関しては同意見だ。隣のライラックでさえ小さく頷いている。
「家具退かすなら手伝いますよ」
「え? ああ、大丈夫よ晴人くん。魔法で持ち上げるから」
スカーレットがそう言ってベッドに手を翳すと、まるで重さを失ったかの様にベッドがふわりと宙に浮いた。他の家具も同様に次々と浮いていく。
「うわ、浮いてる……これ何の魔法ですか?」
「重力魔法よ、狙ったポイントの重力を操作できるの。実は結構レアな魔法なのよ」
「へえ、スカーレット凄いんですね」
確かスカーレットは赤い氷の魔法も使えた筈だから、これで魔法は合わせて二つ。身体強化の魔法が使えないのはちょっと意外だ。
「べ、別にこんな魔法使えるからって、ちょっと自慢に思ってたりなんてしないんだからね!?」
「つ、ツンデレ、なの」
「ライラック、あれは一見ツンデレに見えますがポンコツンデレと言うニュージャンルではないかと思うんです」
「い、言い得て妙……なの」
雑談もそこそこに、俺は残りのダンボールとイースの酒を回収しに向かった。誰か一人でも機嫌が悪くなると大惨事になるからな──




