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130.「新居と旧居②」


 【辰守晴人】


 地下牢から外に出ると、冬の薄い日差しが目に眩しい。冷たくも清涼な空気を肺いっぱい吸い込んで吐くと、息が白い煙みたいになって溶けていった。


 枯葉を踏みしめる三人の足音と、隣のスカーレットの鼻歌をBGMにしながら俺達は城へ向かう。


「……ふぁーあ、クッソ眠いぜちくしょう、どっかのタコの下手くそな鼻歌が睡魔をイキらせやがるしなぁ」


 俺とスカーレットの五メートルほど先を歩くイースが憎々しげにそう言った。今朝は随分と機嫌が悪いらしい。


「今の聞いた晴人くん、朝からイライラして嫌よね。きっとあれ更年期だわ」


 言いながらスカーレットは俺の指をゴソゴソとまさぐった。今スカーレットの手は俺の手と繋がれていて、さらに俺の上着のポケットにすっぽりと隠れているのだ。指、細いなぁ。


 なんだろうか、手を繋いでるだけなのに妙に息苦しいような気がする。心臓もいつもよりも張り切って鼓動を打っているみたいだし、ほんとに彼女のことを好きなんだとしみじみ思う。


「……きょ、今日ってこの後皆んな集まるんですかね? バンブルビー、ライラックとバブルガムには声を掛けておくって言ってましたけど」


 俺はポケットの中で指を蹂躙されながらも、イースとスカーレットが険悪な雰囲気にならないように話を逸らした。


「さあな、晴人の部屋を作るだけだし別に五人もいりゃあ充分だろ。俺様がデケェワインセラーを置くように言っといてやるぜ」


「ちょっと、それアンタが欲しいだけでしょ!? 晴人くんの部屋に勝手に私物増やさないでよね!」


 しかし、仲が悪い人というのはどんな話題でも喧嘩するものらしい、だって仲悪いわけだからね。


「ちなみに俺、まだ未成年ですからね」


「あぁん、スカーレットテメェ何ケチつけてくれてんだ!? 晴人の部屋なんて俺様の部屋も同然だろうが!! ワインセラーは絶対に置くからな!!」  


 さすがイース、ジャイアニズムが常人離れしている。


「なに訳のわかんない事言ってんのよ、アンタにはアンタの部屋があるでしょ!?」


「あれはもう物置にするって決めたんだよ! 今日からは晴人と一緒の部屋に住む、こいつは俺様の嫁だからな! 分かったかバーカ!」


 まって、そんな話聞いてない。そもそもイースは謹慎中なのでは……。


「バカはアンタでしょ!? 自分が謹慎中なの忘れたの!?」


「はっ、誰が何と言おうと俺様は今日から晴人と住むんだよ! お前らほっといたら何するか分かんねぇからなぁ!!」  


「朝から晴人君を鯖折りにしようとしてたアンタには言われたくないわよ! それに私はちゃんと節度あるお付き合いができる女なんだから!!」


 だんだん口喧嘩が苛烈になっていくのに連れて、スカーレットの手に力が入ってきた。ちょ、ちょっと痛いんですけど?


「笑わせるぜ、何が節度あるだ! 男と付き合った事もねぇ処女だから勝手がなんも分かんねぇだけだろ!」


「んなッ! 処女は別に関係ないでしょ!?」


……というか、イースも確か経験は無いのではなかったか。なんでこんなに自信満々になれるんだ。


「ちなみに俺様はもう晴人とベロチューした仲だぜ!」


「イースさんッ!?」


 突然何をカミングアウトしてくれてるんだ! 気まずいし恥ずかしいだろ、バカなのか!?


「……あの、スカーレット? 違いますからね、説明しておくとアレは正確には……」


「……『オールドタワー』」


 黙り込んだスカーレットに弁明しようとしたのだが、そんな暇もなくスカーレットはポケットから手を引っこ抜いて魔剣を抜いた。剣というか、槍だけど。


「なんだぁ、槍なんか出して落ち葉の掃除でもすんのかぁ?」


「ちょ、イースいい加減に……」


「落ち葉じゃなくてアンタを掃除してやるわよ!!」


 スカーレットがやおらイースに襲いかかった。イースも待ってましたと言わんばかりに大太刀『夢花火』を抜く。この二人水と油なんてもんじゃ無い、完全に混ぜるな危険だ!


──結局、二人の喧嘩を聞きつけたバンブルビーが仲裁に駆け付けるまでに、綺麗に整備されていた林道は焼け野原になっていた。




* * *




──バンブルビーの愛の鉄拳によって顔にアザを作った二人を伴い、俺達は城に到着した。エントランスには昨夜俺がプロポーズしたバブルガムとライラックが待っていた。


「──むはぁ、おはようたっつん! 私ちゃんの最愛のペット一号!」 


「おはようございますバブルガム、早速離婚しましょう」


「むはぁ!? 冗談に決まってんだろ晴人!? そんなすぐ私ちゃんを捨てないでー!?」

 

「俺のも冗談ですよ」


 四人の中では一番ちっちゃくて一番強いらしいバブルガムは、今日も今日とて元気いっぱいだ。

 


「は、はは、ハル、おはよう……なの」


「わん」


 脳髄まで刻み込まれたご主人様の声に、思わず従順な犬が顔を出した。もはや後遺症と言っても差し支えないなこれ。


「むは!? 何でライラックの時はペットになるんだーズルい!!」


「あ、いやつい反射的に」


 ラミー様には一晩掛けてじっくり犬にされてしまったからな、あれは人生で一番ひもじい思いをした夜だった……。


「そ、その節は、ほ、ほんとに、ごめんなさい、なの」


「気にしないで下さい、アレはライラックじゃなくてラミー様の犯行ですからね」


 ライラックの前髪が上がった時の人格、ラミー様は天性のドS女王様だ。出来れば二度と会いたく無い。


「ど、どうしても、き、気が済まないなら、お、思いっきり、ぶってくれても、いいの」


「あれ、俺の話聞いてました?」


 ライラックはライラックで天性のドMという事もあり、扱いに困ると言えば困る。けどまあ、四人の中では一番大人しくて女の子らしい性格をしている。


「むはぁ、てか何でイースとスカーレットは顔にアザ作ってんのー? もう晴人にDVされたんかー?」


「人聞き悪いですね!? もうとはなんですかもうとは!?」


 人生で女の子に手を上げたことなんてライラック以外には無いぞ、見損なわないでほしい。


「ハッハッハ、ダメだよ辰守君。女の子に手を上げちゃあ」


「バンブルビーさっき思いっきり殴ってましたよね」


 俺はバンブルビーがしっかり魔力始動してから殴ったのを見逃さなかった。容赦のないお姉さんである。


「俺はほら、女の子だからノーカン」


「どこが()()()なんだよ、怪力ババア……」


 おそらく全員が例え思っても口にはしないセリフ、それをイースがボソッと言ってしまった。さすがイース、怖いもの無しか……。


「……イース、何か言ったかな? 俺ババアだから耳が遠くてね。もう一回言って?」


 バンブルビーはいつものように優しく微笑んでいたけど、目が全然笑っていなかった。バンブルビーだけは絶対に怒らせないようにしようと、俺は密かに肝に銘じた。


「な、なんも言ってねぇよ……」


 さすがのイースもこのバンブルビーにはきちんと生存本能が仕事をしたようで、殊勝な態度を取った。


「で、本懐の話だけど、もう晴人くんの部屋の場所とかは決めてあるの?」


 頬にアザを作ったスカーレットがそう言った。なるほど、この面子でもスカーレットが一番頼りになる。


「四階の階段前の部屋でいいんじゃないかなと思ってるよ、あの部屋から見える景色はちょっとしたものだしね」 


 どうやら既に俺の新しい部屋の目星はついているらしい。しかもなんか良さそうな部屋だ。


「むはぁ、じゃあさっさと取り掛かろーよー! 私ちゃんは現場監督やりまーす!」


 この手のことはめんどくさがりそうなイメージのバブルガムは、何故か張り切ってそう言った。いや、むしろめんどくさいからこんな事を言い出したのか。


「バブルガム、現場監督ってそれ楽しようとしてるだけじゃないんですか?」


「むっはぁ、晴人おめー分かってねーなー! 現場監督って超大変な役割なんだぞ? その重役を一番お姉さんの私ちゃんが買って出てやったんだよー!」


 物は言いよう、とはこのことか……というか、一番上のお姉さんってことはバブルガムがこの四人の中で最年長という事か? こんな小ちゃいのに──


「じゃあバブルガムが現場監督だね、家具の引き取りはラテに行ってもらってるから、組み立てはライラックに頼もうかな」


「わ、わわ、分かったの……頑張るの」


「イースは部屋の壁と天井を綺麗にして、スカーレットは床をお願いね」  


 バンブルビーが勝手にサクサク役割を割り振ったけど、誰も文句を言ったりはしなかった。なるほどこれが縦社会か、イースがレイヴンで一番強くなくてよかったな。まじで。


「あの、俺は何をしたらいいですか?」


 と、俺だけ役割が決められていないことに気がついた。俺の部屋なんだから当然俺も何かしなければなるまい。


「辰守君は今ある家具と新しい家具の配置を決めたり、皆んなのサポートとか指示出ししてくれるかな」


「分かりました」


 バンブルビーはしっかり俺の役割も考えてくれていたらしい。若干現場監督の仕事と被っている気がしなくもないけど、まあバブルガムはどうせ何もしないだろうしちょうどいい。


「じゃあ俺は用事があるからもう行くけど、何かあったらいつでも呼んで。森にいるから」


 そう言ってバンブルビーは優雅な足取りでエントランスから立ち去って行った。そういえば以前マリアに追いかけ回されている時も森で見かけたけど、あんなとこで何をしているんだろうか……。


「じゃあ、早速作業に取り掛かりましょうか。今日はよろしくお願いします」


「むはぁ、今日()じゃくて、今日()だろー? 私ちゃん達これから晴人のお嫁さんになるんだぞ?」


「え! はい、まあ……そうですね、こ、これからもよろしくお願いします……」

 

 こうして、レイヴン城で俺の新居作りが始まった──

 

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