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129.「新居と旧居①」


 【辰守晴人】


──なぜこうなった。   


 いや、こうなる事は初めから分かっていた……ただ目を逸らしていただけだ。だから目の前で繰り広げられているこの悲惨な状況も、この先起こるである凄惨な未来も、甘んじて受け止めるのがこれからの俺の勤めなのだろう。


「──ちょっとイース、部屋の壁が無くなっちゃったじゃない! どうすんのよこれ!!」


「ああ!? 壁ぐらい別にどうって事ねぇだろうが、寧ろ俺様のおかげでオーシャンビューになったじゃねぇか!!」


「……た、たたた、タンスが、燃え、燃えてるの!」


「むはぁ、このベッドおかしくねー? 私ちゃんの部屋の奴よりふかふかだぞー、晴人交換しよー」


 さて、何故こうなってしまったかと言うと、話は今朝に遡る──



* * *



──昨夜の『第一回 レイヴン花婿争奪戦!!』は、誰もが予想だにしない展開に終わった。まさかこの歳で、それも四人の魔女と結婚することになろうとはきっと神様だって予想出来なかっただろう。


 結局あの後は、結婚に関する詳しい話なんかも特になく、バンブルビーの『解散』の一言でお開きとなった。

  

 俺は再び地下牢へ戻され、普通に就寝して普通に起床した。今のところ特に変わり映えのない、いつも通りの監禁生活だ。


「おはよう色男君、今朝も元気そうで何よりだよ」


「……おはようございますバンブルビー、そのいつの間にか居る感じ、ちょっと怖いんですけど」


 朝起きてから日課になっている魔剣修行に勤しんでいると、部屋の前にバンブルビーが立っていた。気がついたら背中に座っていた事もあったし、神出鬼没な人だ。


「昨日はお疲れ様、まさか四人と結婚するなんて豪胆だよね。ブラッシュが羨ましがってたよ」


「全員オとす気でいけって言ったのバンブルビーですよ。だいたい俺もあんなつもりじゃ……で、何の用ですか?」


 真面目に返事をしようとした途中で、ただからかわれているだけだと気づいた。最近バンブルビーという人が分かってきたのだ。


「うん、めでたく結婚も決まった事だしさ、いい加減牢屋から出てもらおうと思ってね」   


「……ッほんとですか!? じゃあ俺帰れる……」


「ストップ。家にはまだ返せないよ、正式に結婚するまではね」


「……そう、ですか」


 ようやく家に帰れると思ったのに、あっさりと突っぱねられた。日毎に状況は前向きになっているけど、それでもフーや龍奈の事を思うとどうしても焦燥感に駆られてしまう。


「はい露骨にがっかりしない、牢屋からは出られるんだからもっと喜びなよ」

  

「ちなみに牢屋から出て、どこに行けばいいんですか?」


「俺達の城だよ。部屋ならたくさん余ってるし、家具も一式揃えさせるから今日にでも住めるようになるよ」


 昨日は四人との結婚が決まるとやけに呆気なく解散したが、俺のために色々急ピッチで進めていてくれたらしい。


「それはありがたいですけど、勝手にそんな事していいんですか? アイビスさんは何も知らないんですよね」


 レイヴンで唯一まだ会った事のない魔女、アイビス。ここの盟主でどうやらおっかない人らしいけど、そんな人が留守の間にあれこれ勝手していいのだろうか。


「ボスなら大丈夫だよ、冷徹だけどルールは守る人だからね……ただ」


「ただ……?」


「ボスのことは絶対にアイビスと呼ばないこと、今はアビスって名乗ってるからね」


 ああ、そういえばそうだった。バブルガムとのデート中に本名を知ってからいつのまにか呼び名がシフトしていた。


「ちなみにアイビスって呼んだらどうなるんですか?」


「俺とお揃いになるかもね、腕が」


 バンブルビーはニコリと笑って肩をすくめた。腕の一本や二本は覚悟しておけという事らしい。怖すぎるわ。


「き、肝に銘じておきます」


「よろしい、じゃあ俺はもう行くからイースを起こして一緒に城まで来てくれるかな。他のお嫁さんにも声を掛けておくよ」


「了解しました」


 お嫁さん、他人の口から言葉にされると改めて自分が結婚するのだと認識させられる。いったい今からどんな顔でイースと会えばいいんだよ。



* * *


 


 バンブルビーが地下牢を去った後、俺は制服に着替えてイースの牢屋を訪れた。


「おはようございますイース、起きてますか?」


 ノックをして声をかけたが返事は無かった。どうやらまだ爆睡しているらしい。


「勝手にドア開けますからねー」


 そう言って牢屋の鍵を開けて、俺はイースの部屋に入った。部屋の中は灯りがなく真っ暗なので、取り敢えず照明のスイッチを押す。


「……相変わらず、凄まじい格好だな」


 天井から吊るされた蛍光灯の光にイースの姿が照らし出される。暑がりなのか何なのか、イースは下着姿でベッドに転がっていた。掛け布団は地面にずれ落ちていて大層寝相が悪い。  


 それにしても今日は赤か、ちょっと派手な気もするけど悪くないな。ごちそうさまです。


「イース、朝ですよ。起きてください」


「むぅん……パンがねぇなら……酒を呑んだら、いいだろ……んん」


 そんなヘベレケアントワネットは嫌だ。


「ほら、さっさと起きないとバンブルビーにどやされますよ──」


 俺は今にもこぼれ落ちそうなマシュマロ山脈を、出来るだけ直視しないようにしてイースの肩を揺さぶった……その瞬間、尻尾が俺の身体に巻きついてそのままベッドに引き寄せられてしまった。


「……ッうお……ちょ、んむぅぅ!?」


 イースはすかさず俺を逃すまいと、両腕と太ももでガッチリホールドしてくる。寝ぼけているとは思えない馬鹿力だ。


「んむ……活きのいい、カジキマグロだなぁ……」


「……んん、んんんん!?」


 何の夢を見てるかは知らんが、顔がマシュマロ渓谷に押し付けられているせいで呼吸が出来ない。まずい、いい加減おっぱいが嫌いになりそうだ……!


 しかし、俺も馬鹿ではない。人生で三回も同じ目に遭えば自ずと対処法も分かってくるものだ。落ち着いて魔力始動して、イースのホールドから逃れる!


「……んんん、ぷはぁッ!」


 身体に魔力が流れた俺は、何とかマシュマロ渓谷から顔を上げることが出来た。すると必然、目の前にはイースの顔があるわけで……うん、寝顔は天使みたいなんだよなぁ。寝顔だけは。


 俺は目の前のイースにしばし見惚れて、そういえば両想いなんだとハッとすると途端に恥ずかしくなった。もう少しこのままでもいいかな、なんて考えが頭を過ったが、さっさとイースを起こさないとバンブルビーを待たせてしまう。普段穏やかな分怒らせたら怖そうだしな、あの人。


「イース、起きてください!!」


 俺はけっこうな大声でそう言ったが、イースからの返事はなく、代わりに部屋の入り口から別の声が聞こえた。


「──あの、何やってるの?」


 スカーレットだった。どうやら朝ご飯を持ってきてくれたらしい。例によってタイミングが完璧だ、完璧に最悪。


「……す!? す、すすスカーレット! これは違うんです誤解です! 俺はただイースを……」


「……もう、分かってるわよ。起こしに来たら寝ぼけたバカに捕まったんでしょ? そんなに必死になられると逆に怪しいんだから」


 女神か! これが龍奈なら間違いなく問答無用で回し蹴りが入っていたところだ。さすがレイヴン一の良心スカーレットさん。


「す、すみません、誤解が無いのは何よりなんですけど……その、イースを振り解くの手伝ってもらえませんかッ?」


「……うん、ちょっと待ってね」


 スカーレットさんは料理の乗ったトレーをテーブルに置くと、ベッドにやってきてコロリと俺の隣に寝転がった。寝転がった?


「……あの、スカーレット?」


「……なに、晴人くん」


「何故スカーレットまで隣に寝転んでいるのでしょうか」


 現在俺はイースと抱き合うような体制で拘束されているため、背後のスカーレットの顔までは見えない。ただスカーレットの息遣いはやけに近くに感じるし、背中にも色々当たっているのが分かる。圧倒的存在感だ。


「……だってイースだけずるいんだもん、私たちのこと平等に好きなんじゃなかったの?」


「いや、だからこれはイースに無理矢理……スカーレット!?」


 スカーレットが背後から俺の頭に腕を回して抱きついてきた。突然の事に二重の意味で頭がふわふわする。


「うん、だから私も晴人くんに無理矢理ギュッてするの。これで平等でしょ」


 やばい、元から結構積極的な人だとは思ってたけど、昨日めでたく相思相愛だと分かったからか以前にも増して大胆になっていらっしゃる。ていうか、まだ隣でイースが寝てるんですけど……おまけに──


「あ、あの、スカーレット、頭に当たってるんですけど、その……お胸が……」


「……ッえ? ちょ、やだ!!」


「……ぁべらっ!?」


 どうやらスカーレットはわざとお胸を押し付けていたわけではないらしい。その証拠に恥ずかしくなったのかベッドの下まで蹴り落とされたからな、イースと一緒に。


「……んん、ってぇな、あん? 何で晴人が俺様の部屋にいんだよ……夜這いか?」


「……違います」


 ベッドから落下してようやく起きたイースは、どうやらまだ寝ぼけているらしい。朝起きて突然男が自分の部屋にいたらもっと何かあるだろうに。


「……はぁ!? つーか何でテメェまで俺様の部屋にいんだよスカーレット! テメェも夜這いか!?」


「ち、違うわよバカ!」


「イース、今テメェもって言いました? 俺の話聞いてました?」


 朝寝ているイースを起こすだけなのに、とんでもない疲労感だ。なんかこの先が思いやられるなぁ──









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