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125.「カノンとテン」


 【安藤テン】

 

 ゴーレムの種まきにモールを訪れていた俺は、なんとなく立ち寄った本屋でカノンと再開した。


「──や、やだ、わたくしったら……恥ずかしいところを見られてしまいましたの」


 カノンは俺が手渡した本を抱き抱えながら、頬を赤く染めて視線を逸らした。確かにさっきの背伸びは知り合いに見られてたらちょっと恥ずかしいかもな。俺はちっちゃくて可愛いと思ったが。


「そ、それにしてもこんな所で奇遇ですわね。どうやら世間は狭いらしいですわ」


 俺がフォローを入れる間も無く、カノンは気を取り直したようにそう言った。まだ若干顔が赤いけど。


「まったくだ、俺普段は本屋なんてこないんだけどな。今日はたまたま入ったんだ」


 本屋に入ったのはなんとなくだったけど、入ってからはオルカに勉強させるための教材を探していた。今回の仕事が終わったら勉強させて学校に入れてやるつもりだったからである。


「あら、本当ですの? わたくしも今日本屋に来たのはたまたまですの、これって凄い偶然ですわ」


 カノンはなんだか感動したように、ぱぁっと微笑んだ。口元からチラリと覗くギザギザの歯が妙に色っぽく感じる。


「たまたまって、今日はその本買いに来たんじゃないのか?」


 俺はカノンが抱き抱えている本、というか図鑑を指してそう言った。


「ああ、これですの? 実は今朝タスマニアンキングクラブというカニを食べたんですけど、あまりにも美味しかったものですから詳しく知っておきたくて……」


「なるほど、それで図鑑を……ていうかタスマニアンキングクラブってなんだ」


 前回初めて会った時もそうだったが、カノンは不思議なだ。


 店で数千円で買えそうなぬいぐるみを、わざわざゲーセンのクレーンゲームでとんでもない金と時間を掛けて手に入れようとし、今回にしてもカニを調べるくらいスマフォがあれば事足りただろうに、わざわざ本屋に図鑑を買いに来たりと。


「あら、テンもタスマニアンキングクラブ気になりますの? ちょっと待って下さいね、えっと……ああほら、これですの」


「ほお、どれどれ……タスマニアオオガニ、又はタスマニアンキングクラブ……甲幅が最大四十六センチ、体重十三キロ!? これマジでカニかよ、怪獣だろ」


 俺はカノンが広げた本を覗き込んでそう言った。写真も載ってるが見るからにデカい、ハサミなんて人間の腕をちょん切りそうだ。


「テンは怪獣お嫌い、ですの?」


「ん、いや、怪獣は好きだぞ。でっかくて強いからな。ロマンがある」


 怪獣と言わず、肉食獣とか強い動物はみんな好きだ。叔父御はよく『自分が一番強い動物だと思え』って言っていたしな。まあ、今思えばミナトという弱肉強食の世界特有の教えだった気もするが。

 

「あら、テンは話がわかりますのね。わたくしも強くて大きい動物にはロマンを感じますの、ワニとか」


「はは、よっぽど好きなんだなぁワニ。俺の妹はシャチが好きなんだ、結構気が合うかもな」


 オルカもまともに暮らせていたら同年代の友達がいて然るべき年頃だ。そんな普通・・が俺達には無縁な事くらい分かってるが、どうしても考えてしまう。考える分にはタダだしな。


「そういえば妹さんがいらっしゃるって仰ってましたものね。今日はご一緒じゃないんですの?」


「ああ、お互い用事があってな」


「そうですの……で、テンの用事というのはなんですの?」


「あー、アレだ。クリスマスプレゼントの下見っていうか……」


 ちょっとゴーレムの種まきに寄ったんだ、なんて言うわけにもいかんから適当にはぐらかした。


「あら、益々奇遇ですわね。今日はわたくしもクリスマスプレゼントを選びにここに来ましたのよ?」


 カノンは嬉しそうにクスクスと笑った。口元に手を添えながら笑うその仕草一つで、きっと俺達とは別世界で育ったんだろうなと思わされる。


「へえ、カノンは誰にあげるんだ?」


「大切な友人にですの。と言っても、今日買う物はプレゼント交換用の物ですから、わたくしが選んだ物が誰の手に渡るかは分かりませんけれど」


 なるほどプレゼント交換か、なら少なくとも三人以上でするわけだ。俺とオルカは毎年二人きりだが、今年のクリスマスはダメ元で平田達を誘ってみてもいいかもな。


「そうか、楽しいクリスマスになるといいな。じゃあ俺はそろそろ行くから……」


「……あ、待って!」


 立ち去ろうとした俺の袖を、カノンが掴んで引き留めた。予想外の行動に結構びっくりした。


「えっと、どうしたんだ?」


「……あ、その……やっぱり、教えてくれませんの? 連絡先」


──前回ゲーセンで出会った日の別れ際、俺はカノンに連絡先を教えてくれないかと言われた。正直言って嬉しい申し出だった……だったのだが、俺はそれを断った。なぜなら俺は魔女狩りの異端審問官だからだ。そんな奴がカタギの人間と深く関わるわけにはいかないのだ。


「……その、悪いんだけど、無理だ」


 断腸の思いだった──


 カノンは可愛い。初めて会った日から思っていたがとんでもない美人だ。それにお嬢様っぽくてお淑やかなのも結構タイプ……というかドストライクだった。


 そんなカノンに連絡先を教えてくれなんて言われて、喜ぶなと言う方が無茶ってもんだろう。ただ、俺達は住む世界が違い過ぎる。


「──プレゼントって、彼女にあげるんですの?」


「……ん?」


 急に訳の分からない事を言われたせいで、随分と間抜けな声が出た。


「だから、今日選んだプレゼントは彼女にあげるんですの!?」


「い、妹だよ! 俺彼女とかいないし……」


 カノンの妙な迫力に、つい俺はそう言ってしまった。というか今の質問全然脈絡なかったけど、どういうことだ。


「……お付き合いしているお方がいないのなら、どうして連絡先も教えてくれませんの? テンは私のこと、嫌い……なんですの?」

 

 カノンが今にも泣き出しそうな顔でそう言った。めちゃ心苦しいんだが。


「いや、カノンのことは別に嫌いじゃねえけど……」


「けど、なんですの?」


 カノン、お淑やかなわりにはぐいぐい来るな。だいたいどうしてそこまで俺の連絡先が知りたいのか、こうも必死に迫られると勘違いしそうになる。


「……俺、ミナトの出身なんだよ」


 嘘ではない。魔女狩りとかいうイカれた組織に属している事は秘密だが、言える範囲では嘘はつきたくない。ともあれこれで諦めてくれるだろう。


「ミナトって……あのミナトですの?」


「そうだ、あの犯罪者まみれの出島。俺はあそこの孤児だったんだよ、カノンみたいなお嬢様とは関わるべきじゃない」


「……そんな」


 カノンは酷くショックを受けた顔で固まった。自分の目の前にいる男がヤクザよりもタチの悪いやつだと急に言われれば当然の反応だ。俺は固まったカノンをそのままに、来た方へと踵を返した。


「──それって素敵ですの」


「……へ?」


 俺は自分の耳を疑った。いまカノンの声で『素敵』だと聞こえた。何がだ?


「私、自分が知らない世界にとても胸が躍るんですの! ミナトってどんな所ですの? 噂ぐらいしか聞いた事がありませんから是非教えてほしいですわ!」


 俺は今度は自分の目を疑った。振り返ると目をキラキラ輝かせたカノンが鼻息を荒くしていたからだ。


「……カノン、俺のこと怖くないのか?」


「あら、怖くなんてありませんわ。どうしてですの?」


「どうしてって、あそこはクソの吹き溜まりで、どいつもこいつも筋金入りのろくでなしばっかなんだぞ!? カノン達とは住む世界が違うんだよ」


 おまけに俺はそのミナトの半分を仕切っていたろくでなしの代表ときたもんで、クズ共の王様崩れってわけだ。


「でもテンはろくでなしではありませんわ。先日は私を助けて下さいましたし、それにとっても妹さん想いですの。私は私の知っているテンを信じますわ」


 カノンは朗らかに微笑んだ。妹想いなのはケンカ以外で俺の唯一の取り柄だから否定はしないが、まさかこんな反応されるとは……。


「……俺、普段忙しいからあんまり連絡取れないかもしれないけど、それでもいいか?」


 負けた……カノンにも、自分にも。


 きっとここまで言ってくれる子はこの先現れないだろうし、気持ちを無碍むげにもしたくない。そして何より、カノンに少し惹かれている自分がいる。


「え、もちろんですわ! たまに連絡を取り合えたらそれで構いませんの!……あと、たまにお茶したりとか……」


「……そうか、ていうか、確認なんだがカノンってやっぱ未成年、だよな?」


 魔女狩りとかやってる時点でバリバリの犯罪者なんだが、どうしてもそこは気になる。なんというか人として。


 もしカノンが未成年なら、俺はカノンをそういう目では見ない。少し年下の知人として付き合っていくつもりだ。だが──

 

「あら、私もう成人してますわよ? ちゃんと仕事にも就いてますし」


「そうなのか!? ごめん、俺てっきり……」


 返ってきた答えは予想外だった。まさかもう成人していたとは、てっきり女子高生くらいかと思っていたから、色んな意味でかなりホッとした。

 

「ふふ、別に気にしなくてもいいですわ。で、確認はもう終わりまして?」


「ああ、大丈夫だ。じゃあ連絡先、交換するか」


 俺はプライベート用端末のアドレスと電話番号をカノンに教えて、俺の端末にもカノンのアドレスと電話番号を登録した。よく考えると女の子と連絡先交換するの初めてだ。


「よし、じゃあ今度こそ俺はもう行くから……またなカノン。気長に連絡待っとくよ」


「ええ、期待していて下さいね」



 今回の仕事が終わったら、オルカを学校にやって……落ち着いたらカノンと一緒に過ごすのも悪くないかもしれない。俺なんかが人並みの幸せを願うのは厚かましい話だが、ふてぶてしくてなんぼの世界で育ってきたんだから、仕方ないよな──

  

 



 


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