124.「ショートブーツとゴーレム」
【熱川カノン】
──これまでの十七年間、自分が何不自由なく育ってきた自覚がある。
お母様とお父様はいつも仲が良くて、私の事をうんと甘やかしてくれた。もちろんたまには厳しい事もあったけれど、それも全部私のためを思っての事だというのも理解していた。
誕生日、クリスマス、これまで両親からプレゼントを貰う事はあっても私からあげた事なんてなかった。父の日、母の日に花を贈るくらいのものだ。
だから、いざ誰かにプレゼントをあげるとなると、何をあげればいいのか本当にわからなかった。胸の中にはほんの少しの困惑……けれども、この悩みも友人が出来たからこそのものだというなんとも言えない、少しくすぐったいような気持ちもあって悪いものではなかった。
さて、私は今モールの三階フロアにいる。いくら日曜日とはいえ、つい先月すぐ近くで魔獣災害があったのにも関わらず大勢の人で賑わっているのは、新都随一の規模を誇る大型ショッピングモールの面目躍如と言ったところか。
「蜜蜂書店、ここですの」
私の最初の目当ては本屋だった。クリスマス大臣曰く、自分が貰って嬉しいものがプレゼントに相応しいらしい。本屋に訪れたのだから、目的は勿論本である。
コツ、コツ、と……自分の靴が地面を打つ音が耳に心地いい。普段は敬遠して履かないミドルヒールのショートブーツ特有の音だ。
『──縁があればまた会えるかもな』
あれから毎日、私は外へ出掛けるのが楽しくなっている。いつどこであの方と会ってもいいように、会ったときに少しでも可愛いと思ってもらえるように、そう思って私は毎日目一杯オシャレをして慣れないヒールも履いているわけだ。
エミリアに理想とヒールは高いに越したことはないと言ったのは私ですものね──
* * *
【安藤テン】
「──ゴーレム? この豆粒みたいなのがか?」
俺はレオから手渡された小さな豆粒のような結晶を凝視した。ガラスの破片にしか見えんな。
「正しくはゴーレムの種だよ。それを土とか水の中に蒔いておけばマナを吸収して数日で小型の監視用ゴーレムになるんだ」
「へえ、大したもんだな。前回の温泉街でもこれ使ったのか?」
「いや、前回は急な呼び出しだったからね、これとはまた別だよ。オドで作った即席ゴーレムさ」
俺にはいまいちオドとマナで作ったゴーレムの違いが分からんが、まあ本人が分かってれば問題ないだろう。難しい事は平田達に任せておけばいい。
「ターゲットは殆ど新都の学生だ。情報収集と行動パターンの把握のために出来るだけ街中にゴーレムの種を蒔いておきたい。中央区の主要施設や公共の交通機関付近は特に重点的にな」
「ゴーレムの視界は全て僕とシャーロットが共有できるからね。監視カメラを設置するつもりで頼むよ」
「じゃじゃーん、わたくし気のきく美少女ですから皆さんのノルマを地図にマークしてデータ化しましたよ! 端末に送信するのでこれの通りに種を設置してきて下さいね、今日中に!」
やはり平田と桐崎は今回の作戦を枢機卿から受けただけあって仕事慣れしている。俺とオルカも足を引っ張らねぇようにしないとな。
「お兄、どっちが早くゴーレム設置できるか勝負ね! 私が勝ったら何でも一つわがまま聞くこと!」
「別にいいけど、俺が勝ったら今月は皿洗い変われよな」
今回の作戦、ターゲットは多少出来る魔女らしいが、ここまで綿密に計画を立てて奇襲するんだから苦戦する事はないだろう。この山が終わったらしばらく街を離れてゆっくり暮らそう。オルカも一度でいいから学校ってやつに通わせてやりたい。
「よし、全員にデータは行き渡ったな。これから第一段階に取り掛かるが、万が一ターゲットを発見しても何もするなよ。今俺たちの事を気取られたら厄介だからな」
「「了解」」
全員が平田に合意して、レオから順番に種を受け取って部屋を出た。
さて、あえて言わなかったがターゲットを見つけてもと言われても、俺は前回遅刻したせいでまだターゲットとやらの顔も名前も知らないからな。何もしようがないわけなんだが。
ゴーレムの種の設置が終わってからまた確認しとかねぇとな──
* * *
「──よし、まずは一番デカいとこから済ませるとするかな」
俺は中央区で一番デカいショッピングモールに来ていた。俺が担当しているポイントはここ以外にも十数箇所あるからさっさと終わらせなければ。
俺はモールの前の道路沿いに植えられている街路樹の根元に、懐から取り出した種を一粒指で弾いてから店内に入った。
モールは日曜だからか、かなりの人で賑わっていた。確か先月ここらで魔獣が出たって話を聞いたが、平和ボケした奴らが多いらしい。羨ましいこった。
一階フロアは殆どがアパレルショップで、土も水も何も無い。種を蒔くポイントを探して俺は人混みを縫うように歩いた。
途中、休憩用ベンチのそばに大きな観葉植物の植木を見つけた。観葉植物自体は偽物だったが、幸い土は本物だったからそこに一粒種を蒔いた。
同じような場所を探して、一階フロアには合計で五つの種を蒔く事が出来た。
モールに訪れた客達は楽しそうに服や靴を品定めしているが、俺は完全に種まきの事しか頭になかった。一階が済んだからさっさと二階フロアへ、さっきの容量で休憩用ベンチに狙いをつけて歩いた。
二階のフードコートには食事席の合間に立つ柱に水槽が埋め込まれていたから、勝手に蓋を開けて種を放り込んだ。種を入れてから魚が食わないかと思ったが、水槽の魚はなんていう名前かは知らんがやけに小さい種類だったから安心した。
三階、CDショップの前に小さな滝のオブジェがあったからそこに一蒔き。休憩用ベンチの植木にも一蒔き。ゲーセンの周りは水場も植木も無かったから断念。
──そして、四階へ続くエスカレーターの向かい。蜜蜂書店という大きな本屋が目に止まった。見たところ水も土も無さそうだが、自然と足が本屋に向かった。
入り口にはファッション雑誌や週刊誌、一つ上のフロアの映画館で上映しているらしい映画の原作小説なんかがピックアップされていた。
本の字や表紙を目で追いながら、俺はどんどん店の奥に進んだ。漫画のコーナーがあって、それを抜けると小説のコーナー。その隣には児童書がズラッと並んでいて、本棚をなぞるように進んでいくと突き当たりに人がいた。後ろ姿だが女の子だって事は分かる。
どうやら棚の上部にある本が取りたいようだが、些か身長が足りてない。さっきはちらほら踏み台を見かけたが、残念ながらここには無いみたいだ。
背伸びしながら目一杯腕を伸ばす後ろ姿は、本人には悪いが見てる分には可愛らしい……と、そろそろ女の子の爪先が震え始めた。さっさと手伝ってやることしよう。
「……はい、これでいいか?」
俺は彼女の脇から目当てであろう本を抜き取って渡した。
「……えっ、あらどうもご親切に……って、うそ……貴方、テンじゃありませんの」
「……あ、カノンだ」
きょとんとした顔で俺を見上げた女の子は、先日ゲーセンで一緒にワニとシャチのぬいぐるみを取った少女、熱川カノンだった──




