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123.「エミリアとカルタ」


 【レイチェル・ポーカー】


「──結局さあ、クリスマスプレゼントって何買えばいいのかな?」


 バーガーショップでお腹いっぱい食べた後、わたし達は目的地のモールに来ていた。


「おうクリスマス大臣、レクチャーしてやれよ」


 わたしはヒカリに聞いたのに、流れるようにエミリアにパスが回った。そういえばエミリア以外クリスマスプレゼントなんて買ったことないんだったっけ。


「そうですね、特にこれじゃなきゃダメってルールは無いですよ。相手が欲しそうな物とか、自分が貰って嬉しいものとか色々ですね」


わたくし、家から学校が離れてますから、中央区に戸建てが欲しいですの」


「え、怖……カノンなんで今そんな話するの?」


 このお嬢様、まさかとは思うけどクリスマスプレゼントに家を持ち出す気なのか……いや、流石にそんなわけないよね。


「あら、今は自分が貰って嬉しい物の話ではなくて?」

  

 そんなわけあったよもう。


「よ、予算をある程度決めておくのも大事ですよね! だいたい五千円前後とか……」


 と、ここでクリスマスのお大臣が必死にフォローに回った。まあ確かに予算を決めていた方がプレゼントも買いやすくなる気がする。


「……五千円じゃ戸建ては買えませんわね。五千万ならまだしも」


「カノンさんは取り敢えず家から離れて下さい!」


 カノンが本気なのか冗談なのか分からないけど、エミリアは必死だ。このままじゃプレゼントを考えるどころじゃないだろうし、ひとまずはエミリアとカルタを二人きりにしてあげるとするか──


「じゃあさ、誰が何を買ったか分かっててもつまんないし、一度別行動して一時間後にまた戻って来ようよ」


「アタシはそれでいいぜ、予算は五千円くらいでいいんだよな?」


「各々のセンスが問われますわね、面白いですの」


 事前にヒカリとカルタには大まかな事情を説明したおかげで、話がスムーズに進む。それにしてもヒカリは何を買ってくるつもりだろうか、全然想像がつかない。


「一時間だけ〜? 一時間で遊……選び切れるかな〜」


「ああそうだ、カルタはお大臣と二人行動ね。絶対にゲームセンター行くつもりだから」


 完全に『遊ぶ』と言いかけて墓穴を掘ったカルタをエミリアとくっつける。このモールにもゲームセンターはあるから予想はしていたけど。


「……ッふぁ!? そ、そんな、言いがかりだし〜ちゃんとプレゼント選ぶし〜」


「カルタは放っておいたらずっとゲームセンターに入り浸るんですからダメです。私と一緒に回りますよ、クリスマス大臣命令です」


「う〜クリスマス大臣の命令なら仕方ない、でも早く買い物が終わったらゲーセン行ってもいいよね〜?」


「……さっさと行きますよ」


 呆れたようにため息をついたエミリアと目が合ったから、わたしはウインクした。エミリア、頑張れ!




* * *



 【エミリア・テア・フランチェスカ・ヘルメスベルガー】


──私たちがいるこのモールは四階建てで、一階は主にアパレルショップが占めている。二階も半分程はアパレルだけど、他に楽器屋、大型文房具売り場、フードコートなんかがある。三階にはお洒落な雑貨屋や本屋、ホビー用品、CDショップに、カルタが大好きなゲームセンターがある。四階は飲食フロアと映画館だ。


 一時間の間に全てを網羅するのは不可能だから、取り敢えずそれとなく探りを入れながら私達は二階へ向かった。


「カルタって、意外と私服はちゃんとしてるんですよね」


 二階へのエスカレーターに乗りながら私はそう言った。前にいたカルタは身体を横に向けて眉をひそめた。


「エミち〜それ褒めてんのかディスってんのかどっちだし〜」


「半分こくらいですね」


 普段の生活態度を見ていると外出時はジャージ上下でもおかしくないカルタだけど、よくよく思い返すとジャージを着ているところなんて見た事がない。寧ろ制服以外はかなりオシャレだ。


「……ママンが昔ね〜洋服にはお金をかけろって言ってたかんね〜」


 エスカレーターを降りて特に当てもなく歩いていると、カルタがお洒落なアパレルショップを横目に見ながらそう言った。


「はあ、カルタのお母様ですか。一緒には住んでないんですよね?」


 カルタは新都の中央区にあるアパートに住んでいる。今朝も迎えに行ったけどカルタ以外に人の気配は無かった。


「私んママンは病院暮らしだかんね〜あんま会えないんだ〜」


「え、その、どこか悪いんですか?」


 こんな踏み込んだ話、聞いていいのか逡巡したけど、あまりにもカルタがあっけらかんと言うものだからブレーキを踏み損ねた。


「身体は全然大丈夫……だと思うんだけどね〜心の病ってやつ〜? もう四年は顔見てないな〜」


「……」


 言葉が出なかった。四年って、じゃあ少なくとも中学三年生からカルタは一人で暮らしていたという事なのだろうか……いや、でも確かカルタは両親共に魔女だって聞いていたけど……それならもう一人の母親は?


「これ言ったかな、私ね〜ママンが二人いるらしいんだけどさ〜もう一人のママンは顔どころか名前も知らないんだよね〜」


「あの、今更ですけどこれ私が聞いてもいい話なんでしょうか……」


 いつの間にか私なんかが踏み込んではいけない領域に足を踏み入れてしまった気がした。カルタはなんでもないように話しているけど、本当は話したくない事なのかもしれないし──


「うん、別に隠してるわけじゃないし〜」


 けど、カルタは依然としてあっけらかんとしている。


「……じゃあ、もう一人のお母様は今は?」


「もう一人のママンはね〜私がデキたからどっか行っちゃったんだって〜だから顔も名前も知らないんだ〜」


 まるで、毎週観てる連続ドラマを見逃しちゃったんだーとか言う調子でカルタはそう言った。何でもないようにそう言ったのが、私には余計ショックだった。


「……そんな」


 両親の内一人が、カルタを身籠った事によって蒸発した。もしかして、入院している母親の心の病というのもそれが原因なのではないだろうか、なんて余計な事を考えてしまう。


「まあ始めっからいないと別に気にもなんないけどね〜ごめんね変な話して〜」


──さっきカルタは、クリスマスにプレゼント交換なんてした事が無いと言っていた。もしかしたら、クリスマスを楽しく母親と過ごしたことすら無いのかもしれない。


 私だって小さい頃にお父さんと引き離されたけど、それでも何とか魔女協会セラフではやっていけた。でもそれは、それまでの人生で培ってきた何かがあったからだ……それにすがって、凍えるように寂しい夜も乗り越えてきたのだ。

  

 果たして、カルタにはそんな何かがあったんだろうか──


 私はカルタの事を何も知らなかった。知らなすぎた。知ろうともしていなかった。


 カルタはいっつもダラダラゲームばっかりしていて、悩みなんてこれっぽっちも無さそうで、だから私なんかに優しく出来る余裕があるんだと思っていた。


 私も私で、そんなカルタの面倒を見てあげている、だなんて思って小さな自尊心を満たしていたのかもしれない。実際はどうだ、カルタの境遇を鑑みるに悩みが無いなんてわけないじゃないか──


 数秒間押し黙っている間にも、私とカルタはモールを歩き続けている。相変わらずただ歩いているだけ、欲しいものが何かも分からないから。


「──私、もっとカルタの話聞きたいです」


「……なんで? 私ん話なんてつまんないよ〜?」


 カルタは立ち止まると、少し困ったような顔をして私の顔を見た。私もカルタの顔を見て続けた。

 

「つまんなくても、聞きたいものは聞きたいんです」


 カルタの事をもっと知りたい。どうやって育ったのか、どんな事で喜んで、どんな事で傷ついてきたのか、何が好きで、何が嫌いなのか……全部知りたい。なんでだろう。


「それはクリスマス大臣の命令〜?」


 カルタは腕を組んで、呆れたようにそう言った。そうだと言ったら、きっとカルタは優しいから話してくれるんだろう。けど──


「ただのエミリアのわがままです」


 なんだかこう言うのが正解だって気がした。それが限りなく私の心に近い言葉だと思ったのだ。  


 するとカルタは小さくため息をつき、私の手を握って再び歩き始めた。


「うん、エミち〜のわがままなら聞いてあげないとだね〜まず何から話そうか〜」


「もちろん最初っからでお願いします」

  

「……エミち〜私んドキュメンタリー映画でも撮る気なん〜? てか一時間以内にプレゼント選ばんとヒカリがキレるよ〜」


「それもそうですね、じゃあ今はカルタが欲しいものの話が聞きたいです。ドキュメンタリー映画の取材はこの後家に帰ってからに取っておきましょう」


 私は握られた手に少しだけ力を入れてみる。  


「欲しいものとかありすぎて困るし〜今年は新作ハードも出るしね〜」


 カルタが私の手をぎゅっと握り返した。


 なんだか、それだけで納得した。


 カルタと一緒にいる時、胸の奥に湧き上がってくる詳細不明の感情が何なのか、私はこれまで今ひとつ確信を持てないでいた。だからずっとレイチェルさん達に聞かれた時もはぐらかしてきたわけだけど、今ならはっきりこの感情が何なのか分かる。


 私はカルタに恋をしているんだ──


 




 

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