121.「後見人と熾天使」
【レイチェル・ポーカー】
鴉城の一階、西側の角にある部屋は応接室として使われている。
一仕事終えた後のお風呂を満喫していたわたしは、バンブルビーからその応接室へ行くように言われた。
何かと思ったら、応接室にいたのはヘリックスのお付きの魔女だった。どうやらさっき傲慢の魔女を引き渡した件の手続きやら何やらがあるらしい。一週間がかりの仕事だったっていうのに、ゆっくりお風呂も入らせてくれないのか。
しかし文句を言っても始まらない、というか終わらないので、わたしは渋々お付きの真面目そうな魔女、ケイトの話を聞いた──
* * *
「──コウケンニン? それってようは何する人なの?」
「後見人とは、貴女が失踪、死亡、もしくはそれに近しい状態に陥った場合に、貴女が担当している被収監者の所有権を引き継ぐ人ですね」
ケイトはメガネをくいっと上げながらテキパキと説明した。しかし、全然頭に入ってこない。
ケイトの話が始まってから三十分、もうお腹がペコペコで頭が回らないのだ。
「……ああもうッ!! ちょっと待った、もしかしなくてもまた難しい話?」
「いえ、至極単純な話です。もう一度ざっくり説明しますが、今回貴方が螺旋監獄に収監した傲慢の魔女、ライラック・ジンラミーの刑期は四百年です。しかし、刑期満了後に被収監者を釈放するかどうかの判断及び権利と、釈放後の監督責任が収監者である貴女にあります」
「うぅ、無意味に難しい単語がわたしの脳と胃を締め付けるよぅ」
わたしはがっくりと項垂れて机にへたり込んだ。不死身だっていうけどもしかしたら餓死はするんじゃないのか……。
「──ようは、傲慢の魔女が螺旋監獄から出られるかどうかはレイチェル次第って話なんだろ。後見人はレイチェルが死んだりした後に、レイチェルの代わりに傲慢の魔女の処遇を決める人だ」
聴き慣れた声が応接室の入り口から聞こえた。顔を上げると、やはりそこにはバンブルビーが立っていた。無口じゃ無くなったのはいい事だけど、ノックもしないで入ってくるのは褒められたものではないぞお姉さまよ。
「通訳助かります、バンブルビー・セブンブリッジ様」
ケイトはバンブルビーに向かってペコリと頭を下げた。まあ確かに分かりやすい説明だったし、ケイトの言わんとしていることはしっかり把握できた。
「……じゃあその後見人? それバンブルビーでいいや」
「おいなんで俺なんだよ!」
バンブルビーは驚いたようにそう言った。普段クールな分こういう反応を見るとなんか面白い。
「いや、なんか勝手に話に混ざってきたし、後見人やりたいのかなって……ていうかわたし絶対に死なないから誰でもいいよ」
「別にやりたいわけじゃない、俺はただレイチェルが困ってるみたいだったから……ああ、もう好きにしなよ」
バンブルビーは何か言おうとしたみたいだけど、口ごもってそっぽを向いてしまった。そもそも何で応接室に来たんだろうか、角部屋だから通りがかることもないだろうし……まあいいや。お腹すいた。
「では、レイチェル・ポーカー様の後見人はバンブルビー・セブンブリッジ様という事で宜しいですね」
「宜しいですよー」
「では、こちらにお二人の血印を押していただければ手続きは終了です──」
* * *
堅物のケイトから解放されたわたしは、バンブルビーの部屋を訪れていた。なんとわたしの為に夕食を用意してくれていたのだ。さっき応接室に来たのも、どうやらこの事を知らせに来たからだそうだ。
「──傲慢の魔女、大変だったそうだな」
一心不乱にパンを頬張っていると、ベッドに腰掛けたバンブルビーが不意に呟いた。
「……むぇ? まぁ、ふぉんなふぉふおん……」
「口の中のもん飲み込んでから喋れ、いや……話しかけた俺が悪かったか」
「えっとね、そんな大した事はなかったよ? 最初は随分偉そうだったけど、こてんぱんにしたら人が変わったみたいにしおらしくなったし」
わたしはパンをミルクで飲み下してそう答えた。本当に傲慢の魔女自体は大したことはなかった。確かに一般的な魔女に比べるとかなり強いんだろうけど、どうしてもジューダスとかと比べてしまう。
「……ほんとか? タリアとルクラブはそうは言ってなかったけど……一週間も帰ってこないから心配した」
髪をくるくる弄りながらボソッと呟いたバンブルビーは、どこか気恥ずかしそうだった。
「へえ、心配してくれたんだ?」
「……するに決まってるだろ、レイチェルは俺の……妹分なんだから」
やばい、にやける。あのツンツンしていたバンブルビーお姉さまが、こんな事を言うとは……妹冥利に尽きる!
「まあ、実際大変だったのはタリアとルクラブなんだよね……あの二人すんごい方向音痴でさ、一週間のうち半分は道に迷ってたよ」
鴉の魔女は仕事をする時、基本的に二人、ないし三人で行動する。ジューダスとかエリスみたいに単独行動が好きな例外もいるけど、今回は本人たっての希望でタリアとルクラブと三人で傲慢の魔女討伐に向かったわけだ。
タリアは初対面の時こそつっぱっていたけど、今ではわたしのことをとてもよく慕ってくれている。ルクラブは……相変わらずみょんみょん言ってる。
わたしとの関係は二人とも良好なのだが、残念なことに二人の相性があまりよくなかった。
〜回想〜
「──レイチェル姉様、この別れ道は右ですね」
「はあ? タリアたん地図も読めないみょん? レイチェル姉様ここは圧倒的に左が有力だみょん♪」
「……え、わたしはまっすぐでいいと思うんだけど」
「姉様、右ったら右ですよ! ほら、地図よく見てくださいこれ!」
「よく見るのはタリアたんだみょん! 左の方がいい感じだみょん!」
「なんだとお前、私に口ごたえするってのか!?」
「タリアたんこそ弱っちぃ癖に口の聞き方がなってないみょん! あーしの方がお姉さんだみょん!?」
「ぬかせルクラブ! 傲慢の魔女の前にお前を片付けてやる!」
──結局勝負はタリアが勝ったけど、案の定道は二人とも間違えていた。
〜回想終了〜
「──てな感じでね」
「大変だったんだな」
バンブルビーは呆れたようにクスクス笑った。ほとんどわたしの前でしか笑わないけど、最近はこの笑顔が板についてきたように思う。
「傲慢の魔女に会ってからもややこしかったよ。風魔法と変な匂いの魔法を使う魔女だったんだけどね、会って早々息巻いてたタリアが眠らされちゃって、しかもそのまま風魔法でどっかに飛ばされちゃってさ」
「……最悪だな」
「でしょ、ルクラブは一目で怖気付いちゃってずっと逃げ回ってるし、なんか人間もいっぱい操られててさ……黒羽で変な匂いを吹き飛ばしながら人間を巻き込まないようにずっと空中戦してたね」
けど実際に一番大変だったのは逃げ惑うルクラブに怪我を負うところを見られないようにする事だった。もしあの子の前でバラバラになった身体をくっつけたりしようものなら半日とかからず皆んなに言いふらすだろうからな。
「……ああ、だからか」
「だからって、なにが?」
「ルクラブが『レイチェル姐様の戦うお姿は熾天使みたいだったみょん♪』とかわけわかんない事言ってたから」
ルクラブめ、ずっと逃げ回ってたクセにやはりしっかり観戦はしていたか。ほんとちゃっかりした奴だ。で──
「熾天使ってなに」
「……天使だろ、なんでも翼が六つもあるんだって」
「なんだ、天使みたいに神々しくて可愛いって意味かと思った。まあそういえば六つくらい翼出してた気がするよ」
匂い吹き飛ばし用、飛ぶ用、で攻撃用……うん、六つは出してたね。
「七罪原の魔女を派手に倒したんだし、これから熾天卿とか呼ばれだしたりしてな。魔女なのに天使なんて皮肉が効きすぎてるけど」
「なにそれ、わたしがロードに昇進するかもってこと? またまた〜」
いつの間にかお世辞まで上手くなっていたなんて、苦しゅうないよお姉さま!
「……アイビスから何も聞いてないの?」
ニヤニヤしながら隣に腰掛けたわたしに、バンブルビーは怪訝な顔でそう言った。
「聞いてないのって、なにが?」
「……近々組織を四つに分けて管轄するらしい。で、そのリーダー……つまりロードの候補にレイチェルが上がってる」
唐突だった。
「うそ!?」
「ほんと」
「なんでわたし?」
普通こういうのってもっと上のお姉様方が選ばれるもんじゃないの?
「……さあ、まともな奴が他にいなかったんだろ」
「まさかの消去法ですか……」
まあ、確かに言われてみればホアンとかウィスタリアとか、お姉様達は多少クセのある人が多い気はする……ていうかそんな人しかいない。
「……まあ、なんだかんだ言ってもレイチェルは強いしな。それに……人柄もいいし」
バンブルビーは再び髪をくるくるしている。もしかして照れくさい時の仕草なんですかそれ。
「ふふ、もっと褒めて褒めて」
わたしは『撫でろ』という強い意志を込めて頭をぐりぐりバンブルビーの肩に押し付けた。お好きなだけどうぞ。
「調子に乗らない」
「あ痛ッ!」
わりと強めのチョップが脳天に降ってきた。
「……とにかく、そのうちアイビスからも話があるだろうからちゃんと考えときな」
「えぇー、なんか重いなぁ……そうだ! この重役、バンブルビーに譲っちゃう!」
「断る」
翌日本当にわたしはアイビスからロードになるように説得されて、結局一年後には鴉で四人目のロードになった。まさか本当に熾天卿と呼ばれるとは思っていなかったけど──




