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119.「オニキスとヘリックス」


 【レイチェル・ポーカー】


「──怠惰の魔女、バベリア・ビブリオ・ヴーヴリット・ヴェルボ・バーン……こうして会うのは初めてだね。私はアイビス・オールドメイド。レイヴンの盟主だよ」


 レイヴン城の玉座の間。我らがボスはほがらかな笑みを浮かべながらそう言った。


「ふん、音に聞こえし四大魔女がまさかこんなちんけな玉座に座っていたとはな。共生主義はさぞ金回りが良いとみえる」


 拘束衣のせいで玉座にひざまずくような体制のバベリアは、しかし態度だけはデカかった。この期に及んで虚勢を張れるのだから見上げた奴だ。


「さて、ジューダス、それにレイチェルもお勤めご苦労様。思ったよりも時間が掛かったみたいだけど、何かあった?」


「別に、バベリアのお城のベッドが思ったよりもふかふかでさ。仕事自体はすぐ済ませたけど余分に二泊してきちゃっただけだよ」


「……ご飯も凄く美味しかったしね」


「貴様ら、好き勝手言いおっ……ん、んんん!?」


 バベリアが余計な事を言いそうだったから、拘束衣に魔力を流して口もとまですっぽり覆い隠した。


 ジューダスがわたしを庇って操られていた事はアイビスには言わないで欲しいと、城への道中で頼んだのだ。詮索されたら色々と厄介だし、ジューダスは操られている間の記憶が無い。つまりわたしをバラバラにした事も、わたしが不死身だという事も知らない。


 だから塔から突き落とされたわたしはそのまま逃げて、みっちり二日間作戦を練った後にジューダスを助け出したという事にしている。


 バベリアのバカにもジューダスには余計な事を言うなと、お仕置き期間中にこっそり念を押しておいた。さっき口を滑らせようとしていたけどね。


「……まあ、無事に戻って来れたなら何よりだよ。私はてっきり二人のことだから傲慢の魔女も一緒に連れてきてくれると期待してたんだけどね」


「もう、人使い荒すぎだよアイビスは。変に期待されても困るし」


「そうよ、レイもとっても頑張ってくれたんだから意地悪言わないで?」


「ふぅん、二人ともこの数日で随分と仲良くなったみたいだね。よかったよかった」


 気のせいだろうか、よかったと言って微笑を浮かべているアイビスの目が何だか笑っていないように見えた。


「──さて、そろそろ本題に入ろうか。二人にも紹介したい人がいるしね」


 アイビスがそういうと、背後の大扉が開いて二人の魔女が入ってきた。何故魔女だと分かるかと言うと、その二人から強い魔力を感じたからだ。


 その魔女達はゆったりとした歩みでわたし達の横を通り過ぎると、アイビスに一礼してくるりと振り返った。


「──初めまして、ハイド所属の裁定人、ヘリックス・ワーデンです」


「同じくハイド所属の案内人、オニキスよ。苗字は無くてただのオニキスだから、普通にオニキスって呼んで」


 ヘリックスと名乗った魔女は、赤と黒の巻毛を背中辺りまで伸ばしいる。ヴィヴィアン並みに目立つ容姿だ。


 ただのオニキスは茶髪の髪を一つ括りに結いあげている。農夫の娘のわたしから言わせてもらうと、なんかどこにでもいそうな感じだ。なんだか親近感が湧くというか……仲良くなれそうな気がする。


「……ッ!? ムム、ンンンワムッ!?」


「なになに、急に暴れだしてどうしたのバベリア、鼻に虫でも詰まった?」


「レイ、取り敢えず口の拘束解いてあげたら?」


 ヘリックスとオニキスに挨拶しようにも、芋虫がこうもうるさいと邪魔で仕方がない。仕方がないから口を覆っている布を解いてあげた。


「……ッぷはぁ、貴様ら隠匿主義の豚共が何故こいつらとつるんでいる!? 共生主義とは敵対関係ではなかったのか!!」


 まあ、もっともな意見である。隠匿主義の魔女達は人間から隠れ潜むことを何よりの思想にしている連中だ。至高主義は勿論のこと、わたし達共生主義を謳うレイヴンとは本来相容れない組織なのだ。


「確かに我らハイドはお前達とは敵対関係にあるし、今もそれは変わらない。しかしセイラムやお前たち七罪原プレアデスをはじめ、至高主義の蛮行は目に余る。そこで元老は先日苦肉の策で共生主義のレイヴンとある取り決めをした」


「……取り決め、だと?」


「ハイドのブラックリストに載っている魔女をヘリックスに引き渡せばレイヴンの罪の減免、及び相応の見返りを払うというものだ」


 バベリア討伐に向かう前日に聞かされた話そのままだった。隠匿主義としては派手に活動する至高主義を止めたいが、その手立てが無い。なにせ戦いに不得手な魔女が集まっている組織だからだ。


 そこでハイドはレイヴンに目をつけた。人間に正体を隠さないと言う点では至高主義と同じだけど、人間をむやみやたらに殺したりはしないし、至高主義の連中を狩っている立場だからその点においては意見が合致したのだ。


「私もね、君らみたいな手を出しづらい魔女の対処には手をこまねいていたからさ、まさに渡に船だったよ。貴族や外様の魔女を殺さず監獄に幽閉……素敵な話だよね」


「……ッ! わ、分かった! 今回の件は余が悪かった、認める! だから……」


 バベリアは急に冷や汗を垂らしてグネグネもがき始めた。ようやく事の深刻さが身にしみたらしい。


「……静かに。悪いけどハイドとはもう今回の商談の見積もりを立てた後なんだよね。変更はないよ、私もほら……立派な玉座ってやつの座り心地を確かめてみたいから」


 アイビスはすこぶるご機嫌な様子でニンマリ笑った。あんな笑顔を見るのは初めてだ、言ってるセリフは冷徹そのものだけど。


「クソ、おいこれを解け農夫の娘!! 余にこんな事をしてタダで済むと思うなよ貴様ら!!」


 バベリアは出会った時の高貴さのかけらも無く、小鳥についばまれた芋虫のようにジタバタもがいた。そしてそのバベリアの目の前に、ヘリックスがしゃがみ込む。


「怠惰の魔女、バベリア・ビブリオ・ヴーヴリット・ヴェルボ・バーン……お前には複数の罪が確認されている。ハイドの裁定人の名の下に螺旋監獄ヘリックスでの八百年の懲役を命じる」


「……待て、やめろ……やめ……」


 ヘリックスがバベリアの方に手をかざすと、地面に歪みができたように空間がうねって、バベリアはそのまま飲み込まれていった。


 芋虫が消える寸前に拘束に使っていた黒羽を回収したけど、こんな事をするなら事前に言っておいて欲しい。身長縮んだらどうしてくれるんだ、まったく。


「約束どおり怠惰の魔女の身柄はいただいた。代価は近日中に」


「承知したよ、なんなら傲慢の魔女もその時に引き渡せるかもね」


 アイビスはわたしの方をチラッとみて微笑んだ、聖母みたいな顔してほんとに人使い粗いんですけど。


「……では、私達はこれにて失礼する」


「じゃあね、自己紹介は次回にとっとくって事でー」


 怒涛の展開にわたしとジューダスが呆気に取られていると、オニキスがヘリックスの肩に手を置いてそう言った。


 そして、返事をする間もなく二人は消えてしまった。


 ハイドの魔女と怠惰の魔女が消えた玉座の間には、奇妙な沈黙が流れた。


「……あのさ」


……と、最初に沈黙を破ったのはアイビスだった。もしかしてバベリア討伐の詳しい話とか聞かれるんだろうか、さっきの嘘も適当過ぎたしな。


「なに? アイビス」


「レイチェル服の趣味変わった? 髪も下ろしてるし……イメチェン?」


「……ほんと、他に聞く事ないわけ?」


 


* * *




──今回の夢、もとい記憶の追体験は密度が濃かった。鮮明なのはいつもの事だけど、重要な人物や組織の情報が多かったのだ。


「……んん、違う……二期作じゃなくて……二毛作、むにゃ……」


 隣で毛布にくるまっているヒカリはまたおかしな夢を見ているらしい。例によって身体が冷え切っているからそっと抱きしめてあげる……嘘、ほんとは不安で不安で仕方ないから抱きしめた。


 ジューダス……あのジューダスが裏切りの魔女になるなんて、いったい何があったというのか。なんでわたしは死んだ事になってるんだろう。記憶が蘇るに連れて、不安が雪だるまみたいに大きくなっていく。


「ちょっと、相談してみようかなぁ」


 わたしはごそごそと枕元をまさぐって、スマートフォンを手に取った。時刻は午前六時二分、電話帳からメールを送った。


『おはようエミリア、今日予定空いてるかな? ちょっと話したいことがあるんだけど』


 一分も待たずにエミリアからの返信が届いた。


『おはようございます! 今日は一日フリーですので、いつでも私の部屋に来て下さい^ ^』


 ホッとした。ホッとして気がついたけど、本当に切羽詰まっていたんだ。わたしの事を話せるのはエミリアだけなんだし、もっと頻繁に相談に乗ってもらった方がいいかもしれない。


 じゃないと、レイヴンの誰かが居なくなってしまった時に、わたしは耐えられないかもしれないから──


 


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