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117.「レイチェルと怠惰の魔女⑤」


 【レイチェル・ポーカー】


──勝算は三つあった。


 一つ目はジューダスがまだ完全に操られていないこと。嫌になるほど強いのは確かだけど、まだ動きが機械的でギリギリわたしでも太刀打ち出来るレベルなのだ。


 二つ目は偶然の発見だけど、黒羽で作った衣服によるものだ。これは衣服としての性能を遥かに凌駕していた。魔力を流せば硬質化させて鎧にもできるし、身体強化で高めた筋力の補助も出来る。これならば特級の身体強化には及ばずとも、食い下がる事は出来ると踏んだ。


 三つ目はタイミングだ。日を開ければバベリアは報復に備えてそれなりの対応をとってくるだろうけど、今はまだ完全に油断している状態の筈。加えて眷属も死んだばかりで戦力的には手薄の状態だ。


 わたしの魔力も完全回復には程遠いけど、計画を立てて短期決戦で挑めば勝算は十分にあると見込んだのだ。


 ようは、ジューダスさえ魔眼から解放すれば済む話なのだから──




* * *




──煌びやかな装飾品や絵画が所々に散りばめられた城内に、金属同士が激しくぶつかる重厚な音が響く。


「……ッぶない……っと、ハァッ!!」


「……」


 繰り出される一振り一振りをさばくたびに、喉元を死神の鎌がかすめるような気分になる。普段のジューダスの剣撃には遠く及ばないものの、スピードと馬鹿力だけはしっかり再現されているのだ。一撃でもいいのをもらえば身体は両断されるだろう、そうなれば死ななくてもお終いだ。


 けど大丈夫、目で追えれば何とかいなせる。ジューダスの魔剣はロングソード、対してわたしは双剣。城内の出来るだけ狭い場所を選んで戦えば多少は有利に進められる。


 取り敢えず一撃、バベリアが言っていたことが本当かどうかはおいておくにしても、まずは一撃を入れられなければ話にならない。


「……ちぃ、何をもたもたしている!! さっさと小娘をバラせジューダス!!」


 バベリアは常に視界の届く範囲にはいるが、戦いに参加する気は無いようだ。前回の事でおそらくわたしに警戒しているんだろうけど、それならそれで好都合だ。今回の目的はバベリアではなくジューダスだし。


「……!」


 バベリアの声に反応したのか、ジューダスが今までになく大きな振りで連撃を繰り出した。


 一撃、二撃……躱して、いなして、また躱して──


 そして十二撃目、顔面目掛けて飛んできた刺突の軌道をキャンセレーションが僅かに逸らした。左手で持っていた方は衝撃に耐え切れずに弾き飛ばされたけど問題ない。剣は一本あれば十分だ。


 わたしは大きく前方に踏み込む。ジューダスの魔剣が左頬から耳までえぐり抜いたけどお構い無しだ、伸び切った右腕を狙う。脚は残しておかないとこの後に響く──


「……ッんな!?」


 タイミングは完璧だった。しかし、ジューダスの腕を目掛けて振るったわたしの剣は、右腕の腱を切断する前に掴み止められた……彼女の左手に。


 ジューダスは素手でわたしの剣を握りしめたまま。左手を思いっきり真横に薙いだ。剣を離すまいとしていたわたしはその勢いのまま吹き飛ばされ、城の壁を突き破って城外へと落とされた。


「……くそ、今の惜しかった!!」


「……」


 目線の端で地面を捉えて何とか体制は崩さずに着地した。地面と言ってもここはまだ城の屋根の上だ。バベリアの私室がある最上階を突き破って、多分エントランスホールか何かの上に落ちた。石造の屋根はなだらかなドーム状で、そこそこの広さはある。


「おい小娘、余計な悪あがきをするな! 余の城がボロボロになるだろうが!!」


 バベリアが最上階の壁にポッカリと空いた穴から身を乗り出して叫んだ。額に青筋を立ててかなりお怒りのご様子だ、ウケる。


「ボロボロにしてんのはジューダスでしょ! 貴族のくせにケチくさいなあ!」


「黙れ下郎!」


「げ、下郎!?」


「この城は高い金を払って強欲の魔女に魔法で造らせたのだ! 修繕一つするのにも貴様には想像もできん額を請求されるのだ、分かったか阿呆め!!」


 ほう、なるほど道理であまり見ない様式の城なわけだ。地属性の魔法で造った城だったとは、それにしてもこれだけの質量を魔法で組み上げるなんてかなりの実力者だ。強欲の魔女の噂はあまり聞かないけど侮れない奴らしい。今は関係ないけどね。


「ごめーんそこからだと何言ってるかよく聞こえなーい! 外は冷えるし中に戻るねー!」


 わたしは一瞬だけ黒羽を発動して足元を円形に切り抜いた。ガコン……と音を立ててわたしの立っている屋根がすっぽりと抜けた。


「ぎゃあああ!! 屋根に穴がああああ!?」


 心地よいバベリアの慟哭どうこくを聴きながら、わたしはエントランスに落下した。


 わたしとバベリアの会話中大人しくしていたジューダスはすぐさま後を追ってきた。


「ほらジューダス、二回戦といこうか!」


「……」

 

 巨大なエントランスの広間に降り立ったわたしは再びジューダスと剣を交えた。魔力の残量はもう半分を切っている……無駄使いは出来ない。


 エントランスには激しく火花が散り、互いが互いの隙を探り合って技の駆け引きを繰り返している。


「──おいいい加減にしろ! いつまで遊んでいるつもりだジューダス!!」


 最上階から律儀に階段で降りてきたバベリアが階段の上から怒声を響かせた。


「はは、あれじゃあ怠惰の魔女より憤怒の魔女って方が板についてる感じだよね。ジューダスもそう思わない?」


「……」


 もちろんジューダスが返事をできる筈はない。綱渡りみたいな戦いの中でこんな無駄口を叩いているのは、バベリアにわたしがまだ余裕だと思い込ませておかなければならないからだ。


 実はジューダスの相手で手一杯で、魔力ももうかつかつだと知れればバベリアが加勢に入るかもしれない。


「よし、そろそろやるか」


 わたしは魔力節約のためにずっと出していなかった黒羽を発動して、散弾のように周囲に羽をばら撒いた。


「おい! だから城に穴を開けるなと言っているだろうがぁッ!!」


「……」


 ジューダスとバベリアは勿論全て剣で弾き飛ばした。羽は殆ど壁や床、階段や柱に突き刺さっている……狙い通りだ。


「じゃあ壁に穴開けるのは今ので最後にしとくよ」


 わたしはそう言って黒羽を仕舞い、指を鳴らした。すると壁や床に刺さった羽が一斉に火を噴いた。


「……ッんな!? 馬鹿な、まだ魔法を使えるだと!? いや、じゃなくて余の城に火がぁ!!??」


 炎は物凄い勢いでエントランスを飲み込んでいく。さっき飛ばした黒羽に殆どの魔力を注ぎ込んだのだから当然だ。


 瞬く間に四方八方が炎に覆われて、急激にエントランスに熱と煙が立ち込める。


 わたしは姿勢を低くしてエントランスを縦横無尽に駆け回った。わたしが出した炎ではわたしは焼けないから、自由に動ける。


 ジューダスの目を撒いたところで、わたしは柱の影に隠れてローブを脱いだ。


 燃え盛るエントランスホールには、バベリアが怒り狂っている声が響いていた──





* * *




【バベリア・ビブリオ・ヴーヴリット・ヴェルボ・バーン】



──とんでもないクソガキだ。


 城の壁に穴を空けまくり、高価な壺や絵画、自慢のシャンデリアはバラバラ。天井にも雨漏り必至の大穴を開け、極め付けはエントランスに火を放ったのだ。


 魔法を三種も扱える事には驚愕したが、この程度の火力ならせいぜい四級がいいところ。ジューダスや余には屁でもない。


 無論それはあの小娘が一番よく分かっている筈なのに、何故この局面でこんな事をするのか。間違いない……嫌がらせだ。


 余とジューダスに敵わないと踏んで、精一杯の悪あがきと嫌がらせのためにこんな事をしているに違いないのだ。


 修繕に掛かる金の事を考えると今すぐ直々にくびり殺してやりたいところだが、余はそこまで馬鹿ではない。


 今この状況、奴が悪あがきをしているのはそれしか出来ない状況だからだ。


 ここで感情的になり、余が奴の元へと向かえば状況が悪い方に変わるかもしれない。なにせ一昨日もあわや首を飛ばされるところだったのだからな。


 やはりここはこらえる所だ。いかなる時でも油断はならない、悪あがきでも嫌がらせでもしたいならさせてやればいい……魔力が尽き、ジューダスにバラバラにされた後、最後に笑うのが余であればそれでいいのだから。


「……どこへ行った、小娘ぇ」


 炎に包まれるエントランスホールを見下ろす。この程度の火力、体の周りに魔力を流しておけば相殺できるし何でもない。ただの目眩し程度にしかならない。


 上から見る限りジューダスも小娘を見失ったようだが、まさか今更逃げるつもりか? 逃げ切れると思っているなら滑稽な話だが……。


「……ジューダス後ろだ!!」


 エントランスと二階を繋ぐ階段の柱、その影から小娘が飛び出した。ジューダスを奇襲するつもりだったようだがそう上手くはいくものか阿呆め。


 ジューダスも余が声を上げる前に察知していたようで、振り向きざまに小娘を突き刺した。勢いのまま小娘は魔剣で柱に串刺しになる。よし、ようやくか──


「……!」


 安堵の息を漏らそうとしたその時、ジューダスの様子がおかしい事に気がついた。そして、それと同時にさっき小娘だと思っていたモノは、ただのローブだったのが見えた。


──では小娘はッ!?


「……ジューダス、今度こそ後ろだ!!」


 猛烈な勢いでジューダスに向かう一つの影、小娘だった。炎は嫌がらせでも悪あがきでもなく、最初から目眩しのために出したのか!


 だが惜しかったな、タイミングが遅い。ジューダスならたとえ今からでも、柱から剣を引き抜いて背後のお前を切り捨てることなど造作もない……筈なのに──


 ジューダスは柱から剣を引き抜くのにやたらと手こずった。おいおい、何だあれは……さっき突き刺したローブが、触手のようにジューダスに絡みついているではないか、あれでは身動きが──


「ぃいっぱぁぁぁあつッ!!」


「……ッが!?」


 小娘の拳がジューダスの顔面にめり込んだ、身動きの取れないジューダスは殴られた勢いで剣を突き刺していた柱にめり込んだ。


「……ば、馬鹿なッ……!?」


 まずい、まずい、まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい……ジューダスが!!


 肩で息をする小娘が指を鳴らすと、エントランスホールを満たしていた炎が霧散して消えた。


 途端に訪れる静寂──


「──痛たぁ……あら、私今まで何してたんだったかしら?」


 柱にめり込んだジューダスがそう言って身体を起こすと、亀裂が入っていた柱がガラガラと派手な音を立てて崩れ去った。


 それは、余のジューダスが……余の五年間が崩れ去った音にも聞こえた──



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