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110.「黒鋼と傲慢」


 【轟龍奈】


──窓からリビングに差し込む朝日が、フーちゃんの綺麗な金髪にキラキラと反射する。私だって髪には気を使っている方だと思うけど、なんて言うか神秘的なまでに綺麗だった。


……ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。


 一時間毎にセットしたスマートフォンのアラーム音が静かな部屋に鳴り響いた。フーちゃんがハレとリンクする時間だ。


 フーちゃんは回数を重ねる毎にリンクを維持できる時間が増えてきている。制限された魔力でリンクするコツを覚えたのか、身体が負担に慣れてきたのか、はたまた両方か……理由はわからないけど上手くいけば五分ほどリンクしていられるようになった。


「……龍奈」


「……うん」


 私はアラームを停止させてフーちゃんの方に頷いた。結局昨日から一睡もせずにハレの安否確認に躍起になっているせいか、お互い口数も随分と減った。


 ハレがレイヴンに囚われている状況に滅入っているせいというのもある。というかそれが大きい。何せハレは拷問まがいのことをされているみたいだし。


「……リンク」


 フーちゃんは大きく深呼吸した後、目をゆっくりと閉じてリンクを開始した。


「……まだあの地下の部屋にいるみたい。四つん這いになってて、背中にあの魔女が座ってる」


「……ハレ」


 何回か前のリンクで、ハレが地下へ続く長い階段を降りて行った事が分かった。どうやら地下牢のような場所に幽閉されているらしいのだ。


 その前のリンクでは、ハレがずっと白髪の下着魔女になぶられているだけだった。短いリンク時間で分かった事は白髪の魔女がハレに『ラミー様』と呼ばれている事だ。


 レイヴンの魔女は私達の間では有名だ。けどラミーなんて魔女は聞いた事が無い。いったいレイヴンにはどれだけの魔女が在籍しているのか、そんな場所に囚われているハレを助け出す方法はあるのか……悪い方にばかり考えてしまう。


「……ん、何か話してるみたい、よく分からないけど……とりあえず復唱するね」


「わ、分かったわ」


 直近何回かのリンクでは会話なんてろくに無かったから、何か状況が変わったのかと少し心配になった。


『さて、そろそろデート開始の時間だな。駄犬、余計なマネはするなよ?』


……これはどうやら白髪の魔女、ラミーのセリフ。デートっていうのは何かの隠語? それに『駄犬』っていうのはハレのことなの?


『……わ、わん』


 そしてこっちはどうやらハレのことみたい。拷問されて犬の真似をさせられてるなんて、酷すぎる……。私は思わず拳を握りしめた。


『……なんだ駄犬、もしかして何故私があのアル中女を狙っているのか気になるのか?』


『わ、わん』


──アル中女、というのはいったい何の事を言っているのかサッパリ分からないけど、さっき言っていたデートという言葉と関係しているのか……。


『ぷぷぷ、まあ犬には言っても分からん話だ。くだらん事を考えるな愚図が』


 ハレに向かって言っているセリフなのは分かっているけど、なんだか私まで愚図呼ばわりされたみたいでむかつく。フーちゃんも中々の演技力だし、ラミーという魔女の性格の悪さがひしひしと伝わってくる。


「……龍奈、誰かが部屋をノックしてる」


「ノック? また別の魔女かしら……厄介ね」


「ちょっと待って、また何か喋り出したみたい……」


 考える暇もなく、フーちゃんが咳払いして姿勢を整えた。また復唱してくれるみたいだ。


『駄犬、人間の言葉を話す事を許可する。中へ入るように言え』


『……ど、どうぞ入ってきて下さい』


 このラミーとかいう女、いったいハレにこんな事をさせて何を企んでいるのか、目的が見えない。ただハレから情報を引き出そうとしている感じでは無いような気がする。


「あ、ラミーって人が魔剣を出したよ!」


「……ッまさかハレを!?」


「ううん、鉄の扉をノックしている人を狙ってるみたい……あ、扉が開いた──」


「……!?」


 もう何がなんだか分からない。ラミーはレイヴンの魔女で、多分ハレを魔女狩りだと思って幽閉してるはず。何でここで第三者が介入してくるの!?


「と、扉ごと魔剣で斬っちゃったよ! 『死ねぇアル中女!』って言って!」


「ちょ、展開に追いつけないんだけど!?」


「……あれ、扉の向こうに誰もいない? 斬れたのは扉だけだったみたい、よかった」


「……!?」


 私はフーちゃんと違ってハレと感覚や視界を共有できているわけでは無いから、何が起こっているのか理解するのにタイムラグがある。そのタイムラグの間に突拍子も無い事が起こるもんだから処理が追いつかない。


「……せ、背中にいつの間にか別の人が乗ってる!?……えっと、『辰守君を気に入ったのは結構な事だけど、時間は守らないとね。ラミー』だって──」


「ラミーさん? がその人のこと『バンブルビー』って呼んでる」


「……バンブルビー・セブンブリッジ!!」


 もはや何が起きているかは分からないけど、その名前だけは知っている。紫雷の魔女と同じくレイヴンの中でも特に悪名高い黒鋼くろがねの魔女。こいつまで出てきたという事はやはりハレはレイヴンに……。


「あ、どうしよう……ラミーさん急に倒れちゃった」


「ええ!? 倒れたって、死んだの!?」


「分かんない、バンブルビーって人が何か喋ったら急に結んでた前髪が解けて、倒れちゃった」


「なにそれ、仲間割れってこと? ハレは無事なの!?」


 情け無い……私のせいでこんな事になったのに、フーちゃんに説明を求める事しか出来ないなんて。いい加減嫌になってくる。


「うん、ハレはずっと四つん這いのままだよ……あ、バンブルビーって人が背中から降りたよ……『やあやあ辰守君、災難だったね』だって。ハレは『わん』って言ってる」


「ああもう、聞いてるだけじゃふざけてるのか真面目な場面なのか混乱してくるわね!」


「待って、また喋ってるみたい……『ハッハッハ、犬にされてる』『……今のは、言葉が出なかっただけです。というか、来るならもっと早く助けに来てくださいよ』だってさ、ハレがちゃんと喋ったよ!」


「え、ええ、みたいね」


 いやちょっと待ってよフーちゃん、『来るならもっと早く助けにきてくださいよ』って発言の方に驚くべきじゃないの?


「『ごめんごめん、ライラックが部屋に居ないのにさっき気づいてね。まさかと思って来てみたんだ。まさかラミーが出て来てるとは』『いったいどうなってるんですか、ライラックは』……二人が、何か話してるけど……ごめん、もう限界ッ」


 フーちゃんは硬く閉じていた両目を開けて白黒させている。前回よりもリンクの時間は短くなっていたけど、情報量が多かったし徹夜で身体の方がまいっているのかもしれない。


 それにしても、最後のハレと黒鋼くろがねの魔女の会話……とても幽閉とか拷問とかされている感じじゃなかった。もしかして魔女狩りだという誤解は既に解けているのかも──


「お疲れさまフーちゃん、大丈夫?」


「うん、ハレは何もされてなかったよ」


「バカね、フーちゃんのことに決まってるじゃない」


「え、私? 私は別に大丈夫だよ……龍奈?」


 私はテーブルの向かいに座るフーちゃんの側へ行って、優しく抱きしめた。昨日からぶっ続けで激痛に耐えながらリンクしてもらってるんだ、大丈夫なわけないじゃない。


「フーちゃん、旅行中の幸いっていうかなんて言うか……とにかくハレは一応無事みたいだし龍奈達も少し休憩しましょ。このままじゃ身体がもたないわ」


「うん、そうだね。ハレは心配だけどいざって時に助けられる体力が無かったらダメだもんね」


「ええ、何時間か睡眠をとりましょ。昼までには起きてもう一度再開、それでいい?」


「うん、絶対二人でハレを助けようね!」


 数時間後にはまたあの激痛をフーちゃん一人に押し付けようと言っているのに、フーちゃんは嫌な顔一つしない。私が代わってあげられたらよかった……いや、本音は()()()()()()()()()()()()()、だ。けど、これはある種『逃げ』ね。こんな事考えちゃダメだ──


「ええ、何が何でも助けるわ。さ、とにかく今は睡眠をとりましょ、時間は有限だからね」




* * *




 フーちゃんと二人で同じベッドに入ってどれくらいの時間が経っただろうか、うつらうつらとしてきた頃にフーちゃんが手を握ってきた。不安な気持ちは私も同じだ、だからぎゅっと握り返した。


「……ねぇ龍奈」


「……なに?」


「……ハレのこと好き?」


──唐突だった。にも関わらず私がすぐに返事を返せたのは疲労と眠気で頭が回っていなかったからなのか、それとも毎日ハレの事が好きで、好きで、好きで、たまらないからなのか……。


「……うん、好きよ」


──言わなきゃよかったな、未練がましい、嫌な女。意識が眠りに引きずられていく中、そんな事を思った。


「……そっか」


「……うん」


 意識が微睡まどろみに溶けて、だんだんと身体の感覚が軽くなっていく。


「……ねぇ龍奈」


「……ん、なに?」


 ぎゅっと手を握られて、手を握りあっていた事を思い出した。私も握り返そうとしたけど、なんだか上手く力が入らない。


「さっきのさ……『旅行中の幸い』じゃなくて『不幸中の幸い』だよ」  


「…………もう、バカ」


 いつの間にかまぶたが降りていたみたいで、何とか持ち上げてフーちゃんを見ると、イタズラっぽく微笑んでいた。


 私はフーちゃんを抱きしめて、再び瞼を閉じた。サラサラの金髪が頬に当たって、まるで柔らかい風に吹かれているような心地だった──




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