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107.「ホアンとプリティーチェリー」


 【レイチェル・ポーカー】


 

「──お前達ゼンゼンなってないヨッ! そんなんじゃ世界とれないヨ!?」


「……はぁ、はぁ、何か趣旨が変わってる気がするみょん」


「く、もはやここまで……か」


「トーラス、いつまでも死んでんなぁ!! お前も戦え!!」


 城の裏庭……以前はヴィヴィアンが日光浴しながらお酒を呑んでいる以外、誰も寄り付かない場所だったけど、最近ではもっぱらホアンが新人達をしごく訓練場のような場所になっている。


 新人と言っても、トーラスやリア達が加入してからもう九年になるけど。


「おはよう。今日も今日とて元気だね、毎日やってて飽きないの?」


「レイチェル! これは飽きるとか飽きないとかじゃナイヨ!! 修行は日々の営みの一環、これを欠かすなんてメシ食わないのと一緒ダヨ!!」


 ホアンは白くて腰まである三つ編みを風になびかせながら、快活に微笑んだ。太陽の様な屈託の無い笑顔だけど、返り血があちこちについていてかなりおっかない。


「あ、あーし、もうご飯抜きでいいから、帰りたいみょん……」


 鼻血を垂らしたルクラブが、よろよろと立ち上がりながらそう言った。朝から大変だなぁ。


「レイチェル、冷やかしに来たんなら邪魔だからどっか行ってよ! ていうかお前もホアンに揉まれろ!!」


「リア、相変わらずお姉様に対しての敬意が感じられない言い草だねぇ。結構元気みたいだしこれはまだ本気だして無かったのかな?」


「なんダト!? リア、修行は本番だと思ってかかるヨウニとあれほど言ったダロ!! 舐めたマネするとひどいゾッ!!」


「な、レイチェルお前……ぐはぁっ!?」


 ホアンの飛び蹴りが顔面にめり込んで、リアが十メートルほど吹き飛んだ。ホアン、マジで手加減しないんだから。


「ホアン、程々にしないと皆んな死んじゃうよ。てか既にトーラス動いてないじゃん……生きてるのあれ」


「……く、あと一分で、朝飯」


 地面にうつ伏せになっていたトーラスは、微動だにしないもののしっかりとそう呟いた。なるほど、死んだふりで時間切れまで粘るつもりか。


「レイチェルは妹達を甘やかし過ぎダヨ! 弱くて困るのはコイツらなんだから、強くしてやるのが姉の愛ダヨ!」


「まあお姉様のやる事に文句付けるつもりは無いけどね、愛が過剰過ぎなのでは?」


「レイチェル!? そんな悲しいコト言っちゃダメダヨ! お互い愛し合っているウチは愛に満たされる事なんてナインダヨ!?」


 ふむ、愛が重いと感じる時点でもう愛し合っているとは言えないと……中々深いけどトーラスやリア、ルクラブがホアンを愛しているとは到底思えない。あれは恐怖と憎しみに染まった顔だ。


「……うぅ、隙ありだみょん師匠おぉぉ!!」


 あのふわふわとしたルクラブでさえ血走った目で飛びかかってきてるしね。


「私に隙なんてナイヨ愚かモノ!!」


「……ッげばらぁ!?……みょん」


 弱音を吐いていた割りには、わたしとホアンが話している隙に魔剣を片手に襲い掛かってきたルクラブ。


 しかしホアンがルクラブに一瞥さえくれずに足を地面に踏み下ろすと、地面から猛烈な勢いで石柱が飛び出してルクラブの鳩尾みぞおちにクリーンヒット……ルクラブは数メートル宙を舞い、面白い声を漏らして地面に激突した。


「……ふん、組み手で魔剣を使うナンテ軟弱ダヨ!」


 ホアンがルクラブと一緒に宙を舞った魔剣を片手でキャッチして地面に突き立てた。


「ホアンも魔法使ってるじゃん」


「魔女が魔法使ってナニが悪イ!!」


「……もういっそ清々しいよね」


──ホアンはレイヴンが組織されてから一番初めに加入した魔女だ。黒の同盟時代からいるエリスとかヴィヴィアンを除くと、立場的には一番上の姉という事になる。わたしも昔何度か組み手に付き合わされたけど、ここまでボコボコにされる事は無かった。


「──ホアン!」


「ん、ナンダ! トーラス! やっとやる気になったノカ!?」


 さっきまで死んだふりを決め込んでいたトーラスが両脚をしっかりと地面につけて仁王立ちしている。よく見ると左頬にアザがある以外特に外傷が無いように見える。もしかしてずっと死んだフリで切り抜けようとしていたのか。それはそれでしたたかだな。


「否! 朝飯の時間だ! よって私は失礼する!」


 トーラスは地面に横たわってピクピク痙攣しているルクラブを跨ぎ、城へと続く門へ早足で進んだ。真面目そうな言葉づかいと裏腹に、けっこう小賢しい奴だ。


「トーラス! お前全然戦ってナイヨ!! せめてもう一発殴らせるヨ!!」


「それもう殴りたいだけじゃん」


「打たれるほど強くなるンダヨ!! 愛ダヨ!!」


 なるほど、狂気だな。


「ふ、時間は時間、私は失礼す……らばんッ!?」


 門へ向かって全力で走り出したトーラスだったが、何かに足をとられて盛大に顔面から地面に突っ込んだ。


 まあ、なにかというか、リアに足を掴まれたんだけど。


「……く、リア……何を?」


「お、お前も……もっと殴られろぉ……」


「でかしたヨ! そのまま足掴んどくヨ!!」


 ホアンは嬉々として地面で揉み合う二人のもとへ駆け出した。


 こうして今日も、騒がしくも飽きないレイヴンの一日が始まる。


 わたしは透き通った十二月の風を胸いっぱいに吸い込んで伸びをした。ホアンの魔法でリアとトーラスが空高く吹き飛ばされるのを見ながら──




* * *




──ヴィヴィアンの要請により、わたし達VCUのメンバーはCM撮影のために新都の撮影スタジオを訪れていた。


「へえ、新都にこんなとこあるなんて知らなかったなぁ」


「そりゃ櫻子は転校してきたばっかだしな、まあアタシもだが」


 新都なのだから当たり前だが、スタジオはまだ真新しい綺麗な建物だった。ワンフロアにつき四つのブースがあり、それが三階建てというかなり大きな作りだ。無論地下にはシェルターもあるのだろう。


「うぅ、どうしましょう……物凄く緊張してきました」


「大丈夫だよエミリア。私がついてるからね」


 チャリティーCM担当のエミリアはガチガチに緊張しているみたいだけど、新作ゲームのCM担当のカルタは生き生きしている。喋り方がもう違うのだ。


「あら、カルタとエミリアは別々のブースで撮影ですから一緒にはいられませんわよ?」


 カノンの言葉にエミリアががくりと項垂れた。そりゃそれぞれ違うスポンサーのCMを撮るんだから当たり前だろう。むしろ撮影日が纏まっているのが凄いんじゃないだろうか。


「というか、此方こなた、櫻子、カノン以外は全員別々のブースじゃしな。まあヒカリの撮影だけ一時間早いゆえそれなら皆で見学できるが」


「いや、しなくていいし。てかするな!」


「さて、ヒカリのプリティーチェリーをしっかりと目に焼き付けないとねぇ」


「櫻子だめだよ、目だけじゃなくてしっかりデータで残さないと」


 カルタはピカピカのスマホを見せびらかすようにチラつかせた。たしか魔女協会セラフに泣きついて買ってもらった最新モデルのやつだっけ。


「……お前ら、マジで覚えとけよ」





* * *




「──魔法少女プリティーチェリー! 素敵ステッキで可愛く変身!」


「カット! すみません、今のところ『マジカル素敵ステッキ』です、もう一度お願いしまーす!」


「……はい」


 撮影用の服に着替えたヒカリが、いろんな機材やスタッフに囲まれている。


 わたし達は脇からそれを見学しているわけだけど、正直おもしろいというか、もはや可哀想になってきた。


 ヒカリなりに頑張ってはいるみたいだけど、やはり恥ずかしいのか表情が硬かったりだの、振り付けがぎこちないだの、今は台本を間違えてカットをくらった。


 その度にまたあの恥ずかしいセリフとポーズを初めからしなければならないのだから大変だ。もはや拷問だ。本当にわたしじゃなくて良かった。


「これ、この後フリフリの服に着替えてまた撮るんですよね、ヒカリさん大丈夫でしょうか」


「どうだろ、既に半泣きだもんね」


 CMは十五秒枠らしいが、絵コンテを見せてもらったところ、私服の女の子がキメポーズをしながらステッキを振って魔法少女に変身し、そこでまた短いセリフ──


 今でさえこれだけど本当に恥ずかしいのは変身した後ということだ。


「──魔法少女プリティーチェリー! マジカル素敵ステッキで可愛く変身! ミラクルマジクルトゥインクル〜セット、アーップ☆」


「カーット! 夕張さんオッケーでーす!」


 と、ここでようやく前半部分でオッケーが出た。ヒカリは素敵ステッキを高らかに掲げた面白いポーズで固まっている。


「CM撮影って思ったより大変なんだね、たった十五秒のためにこんな大掛かりだなんて」


「たしかに、完成品にしか触れる機会が無かったから知りませんでしたけど、作ってる最中って音楽とか何も無しなんですね。恥ずかしさに拍車がかかります」


「後からCG入れる時とかやばそうじゃない? 何もないとこに向かって話しかけたりするんでしょ?」


「お二人とも、お話が弾んでいるようで何よりですけど、少しはヒカリを労ってやったらいかがですの?」


 カノンに言われてヒカリの方を見ると、随分とやつれた顔でわたし達の方を見ていた。表情から何を考えているか伝わってくるようだ。  


『助けて』


 たぶんそんな感じ。


 わたしはスタッフと機材の間を通り抜けてヒカリの下へ走った。


「お疲れ様、トップバッターの割にはいい感じなんじゃない?」


「……もうやだ、かえりたい」


 随分と弱ってまあ……。


「あと半分だから頑張って? 帰ったら今日はわたしが晩御飯作るからさ、何がいいか考えといてよ」


「……分かった、考えとく」


「──夕張さん衣装チェンジお願いしまーす!」


「ヒカリ、頑張って!」


 女性スタッフに連れ去られるように引きずられていくヒカリに、わたしは手を振って見送った。


 レイヴンの皆んなならこういう時どんな反応するだろう、バンブルビーはきっとヒカリと似たような感じ、バブルガムとホアンならノリノリでやりそうだ、エリスは……喋らないし、じゃあトーラスやリアなら?


──最近、こんな風に何かにつけてレイヴンの皆んなのことを考えてしまう。毎朝起きて思う。皆んなと過ごした記憶は過去のものだなんて信じられないと。それほど鮮明に思い出すのだ。


 わたしは早く記憶を取り戻したいと思う反面、記憶取り戻す事に恐怖を覚え始めていた。


 だって、これから数十年後の記憶では、わたしの家族が十一人も死んでしまう事が決定づけられているのだから──






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