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106.「手動と電動」


 【轟龍奈】


──結論から言うと、喫茶店は閉まっていた。


 閉まっていたというのは、営業時間外だからとかそういう事ではなく、休業していたのだ。うちの三龍軒よろしく、店のドアに張り紙がしてあり『店内改修工事のためしばらく休業します』とあった。


 温泉街の外れにあるこの店は、前回私達が来た時には包囲網に入っていなかったから初めて知った。


 綺麗な外観で、店の周りには色んな植物が飾られている。何というか一見するとあり物を無造作に並べただけのように思えるけど、逆にこれがオシャレだったりするのかしら。


 ボロ店の看板娘の私が言っちゃなんだけど、まあ悪くない店だと思う。ただ……店の屋根に取り付けられた風見鶏が少し斜めに傾いている。しかもよく見ると鶏が鴉になっていてあまり縁起がよくない──



「……せっかく危険を冒してこんなとこまで来たってのに、無駄骨だったわね」


「改修工事ってことはお店で何かあったのかな?」


「どうだかね、建物自体はかなり新しいみたいだし経年劣化とかじゃ無いと思うけど」


 三龍軒うちは桐崎とオルカがケンカしたせいでテーブルがおしゃかになったけど、こんな喫茶店でそんな破茶滅茶なこと起こるはずもないしね。


「龍奈、そろそろ一時間経つし仕切り直しってわけじゃないけどハレとリンクしてみよっか」


「そうね、前髪女のことも気になるし新しい手掛かりも掴めるかもだしね」


 さて、ハレがどうして国外で、それも休業中の喫茶店の店員と一緒に居るのか……何でもいいから手掛かりが欲しいところだ。


「……」


 フーちゃんが喫茶店の前に設置された小さなベンチに腰掛けてリンクを開始した。私は辺りを警戒しながらそれを見守る。


 つい一週間前、ここでレイヴンの魔女に出くわしたのだ。何処から嗅ぎつけて来たのかは知らないけど、もしかしたら近くに拠点みたいなものがあるのかもしれない。出来るだけ長居はしたくない場所だ。


「……何か、甘い香りがする」


 リンクが上手くいったようで、フーちゃんが呟いた。


「それに、場所もさっきと違う……本がいっぱいある部屋……えっ!?」


「ど、どうしたの!?」


 目を瞑ったままのフーちゃんが急に肩をピクリと震わせた。


「お、女の人が、地面に這いつくばってる……たぶん、前髪の人」


「……どう言う状況なのよそれ」


「ちょ、ハレが! ハレが女の人のお腹を蹴ってるよ!?」


「……ッ!?」


 ハレが女の人のお腹を蹴ってる!? 


「……うわ、うわわ……ぷはぁ、もうダメ限界ッ!」


「ええぇッ!?」


「……痛たた、何だったんだろうさっきの」


「いやまじで何やってんのよ! 何かの見間違いじゃないの!?」


「ううん、確実に蹴ってたよ。なんなら二回蹴ってたよ」


「……」


 二回蹴ってたなら、見間違いじゃないわね。一体ハレに何が……女に手をあげるような奴じゃない筈なのに──

 

「と、とにかく、一度家に帰りましょ。今は地道にリンクして状況把握に努めた方が良さそうだわ」


「うん、分かった! 私も出来るだけリンクの感覚短く出来る様に頑張るね!」


 



* * *




「──は、ハレがボコボコにされてる!!」


 本日三回目となるリンク、フーちゃんが叫んだ。


「もうわけ分かんない……」


「なんか、下着姿の女の人と凄い揉み合って……うわ、刺された!」


「ちょ、どういう状況!? てか大丈夫なのそれ!?」


「……あ、もう限界」


「く、毎度毎度こそばゆいわね……」


「……それを言うなら歯痒いじゃないの? あ痛たたた……」


 一時間前までは女の人を蹴ってたハレが、今度は逆にボコボコにされているらしい。報復されたって事なのかしら……それにしてもなんで下着姿で──


「ハレのやつ、ほんとに無事なんでしょうね」


「うん、回復魔法使えるっていっても、相手の女の人も魔女みたいだし、ちょっと心配だね」


「……相手の女、魔女なの!?」


「え、うん。なんか風みたいなので本か何かをビュンビュン飛ばしてたし、魔剣?って言うの? あれでハレのこと刺してたよ」


……ハレが魔女と一緒に? 一体全体何がどうなってるんだか──


「フーちゃん、その魔女はさっきの前髪と同一人物なの?」


「……たぶん、前髪を頭の上で結ってたけど髪の色とか一緒だったし」


「つまり、あの喫茶店で働いてた店員がそもそも魔女だったってことね」


 頭の中で何かが繋がりそうな感じがする。ハレとフーちゃんが訪れた喫茶店、店員の魔女、そして私達の前に現れた紫雷の魔女バブルガム・クロンダイク……。


「……バブルガム」


「どうしたの龍奈? そんなにスペシャルバブルガムサンデーが食べたかったの?」


「え? いや、そういうわけじゃ……」


 いや、まて。バブルガムサンデーって、もしかしてそういう意味なの?  


 そうだ……確かあの店の屋根に付いていた風見鶏、あれ鶏じゃなくて鴉だったような……鴉、レイヴン──


「フーちゃん! あの喫茶店、他の店員の事は覚えてる!? 灰色の髪で赤い目の奴とかいなかった!?」


「……え、何で知ってるの? スペシャルバブルガムサンデー持って来てくれた人がそうだったけど」


 さ、最悪だ──

  

 おそらくあの喫茶店はレイヴンの拠点か何かだ。そしてそこを偶然訪れたバカハレとフーちゃん。あの後紫雷の魔女は別人格に乗っ取られたフーちゃんを見てるんだ、つまり……紫雷の魔女にハレは魔女狩りの仲間だと思われている可能性がある。


 そんな状況で私はハレを置き去りにしたんだ。そしてその後、紫雷の魔女がハレを見つけたんだとしたら……繋がってしまう。最悪の状況が。


 今ハレがいる場所はおそらくレイヴンの別の拠点、下手すれば本拠地。そこで尋問とか監禁されてるって事じゃ──


「フーちゃん、困った事になったわ」


「え、どうして? 何か分かったの?」


「ハレは今、レイヴンに囚われてるみたいなの」


「れ、レイヴン!?……って、なに?」


「……そこからかぁ」


 この後三十分程かけて、フーちゃんにレイヴンの概要を伝えた。




* * *




【平田正樹】


 郊外にあるプレハブのボロ家、安藤兄妹の拠点だ。人目に付かないのは結構だが、立地といい住み心地といい利便性のかけらもない。


「久しぶりだな安藤兄妹、まだ全快じゃないのか?」


 ちなみに今のセリフは兄の方のことではない。妹の方だ。妹は不貞腐れた面でベッドに横になっている。何やらぬいぐるみを抱きしめているみたいだが、あれはシャチか? 水族館にでも行ってきたのか。


「そうそう、平田からも言ってやってよー私もう元気なのにお兄が全然外出させてくれなくてさー」


「当たり前だ、今週いっぱいは安静にしとかないと何があるか分かんないだろ」


 どうやら元気なのは元気らしい。この兄が過保護なだけだな。


「ふふ、妹想いの良いお兄さんですね。ダーリンもあのくらいわたくしを甘やかして下さい!」


「さて、早速本題に入らせてもらうが俺の仕事を手伝ってもらいたい」


「え、何で無視するんですか?」


 こころが横で不満げな様子だが、まあいつものことだ。こいつの相手をしてるとキリが無いからな。


「仕事? 見ての通り妹はまだこんな調子だし、内容にもよるがすぐには手伝えないぞ」


「いやだから私は元気だってば!!」


「手伝う気はあるってことか?」


「お前が持ってくる仕事なんて気乗りしないけどな。まあ前回遅刻した借りもあるし、言うだけ言ってみろよ」


 安藤は手回しのコーヒーミルで、豆をゴリゴリ挽きながらそう言った。こんな家に住んでる割には変にこだわりがあるらしい。豆も良いものを使ってるのか芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。


「今回の仕事はバーンズのおっさんからの勅令だ。内容は前回の作戦の時に相手をしたヴィヴィアン・ハーツが率いる組織の調査及び殲滅。今のところ寅邸とらやしき姉狐あねこには協力してもらう事になってる。お前らの後はレオナルドの所にも声を掛けに行くつもりだ」


「ダーリン、うちもコーヒーミル導入しませんか? 凄く良い香りですよね、それになんといいますか、風情があって素敵です」


「まじで黙ってろお前……あと買うなら電動のにしとけよ」


「おいおい平田、分かってねぇなお前。手で挽くから風情があるんだろ?」


 不覚にもこころの話に乗ってしまったばかりに話が脱線した。安藤も手動か電動かとか以前に枢機卿の勅令について何かいう事は無いのか。


「でもでも〜毎回手でゴリゴリやんの超メンドいじゃん! 私は絶対電動派だね」


「オルカ、お前までそんな事言うのかよ!? ほんと分かってねぇな!」


 安藤はぶつくさ言いつつも、ミルから挽きたての豆を手早く取り出して、フィルターがセットされたドリッパーに慣れた手つきで入れていく。


 タイミングよく炊事場では鍋のお湯が煮立ったようで、ぐつぐつと音が聞こえてきた。


「お兄、そういうことばっか言ってるからモテないんだよ」


「いや別にモテなくていいし、つーかモテてない事もないからな? こないだだってゲーセンで可愛い子といい感じに……」


「……あらあら、わたくしその手の話は大好物です! できれば先にコーヒーを淹れて頂いてからお聴きしたいですね!」


「……おいおい落ち着けお前ら! 話がどんどん関係無い方に逸れていってんぞ!」


「ん、言われてみりゃ確かにな……まあそんなにカッカすんなよ。コーヒーでも飲んで落ち着いてから話そうぜ?」


 安藤は呑気に、そして丁寧にお湯をドリッパーに落とし込みながらそう言った。マイペースが過ぎる気がするが、郷に行っては郷に従えと言うし取り敢えずコーヒーが出てくるのを待とう。


 ていうかぶっちゃけコイツらのペースを崩すのがもうめんどくさいのだ。


「……分かったよ、ブラックで頼む」

 

「わたくしは砂糖ありでお願いします! 角砂糖なら一つ、スティックシュガーなら二本で!」


 なんのこだわりなんだよ……普段コーヒー飲む時はこころが淹れてるから全然知らんかったが、普段からそうなのだろうか。


「了解だ、すぐに用意するから楽しみにしてろ! ああ、あとさっきの仕事の件だが承った、オルカが本調子になってからだけどな!」


「……コーヒー飲んでから話すんじゃなかったのかよ!」


 ガラにもなく振り回されてるな。この兄妹のこういうマイペースなところは正直言って苦手だが、腕は確かだし何故か協力してくれる気にもなったらしい。もう深く考えるのはよそう。



 ちなみにだが、この日飲んだコーヒーは人生で一番美味かった。


 コーヒーミル、まじで買うか──



 


 

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