105.「スペシャルバブルガムサンデーとおじさん」
【轟龍奈】
「──そう、そのまま意識を集中して……」
「……うん」
「心と心を繋ぐようなイメージで……ゆっくり」
「……心と、心を──」
──魔女と眷属の間には特別な繋がりが生まれる。
眷属は魔女から不老と魔法を与えられる代わりに、命と魂を縛られる。
魔女が死ねば、眷属もまた後を追うように死んでしまう。一方通行の一連托生。
──そして、魔女が強く望めば眷属がどこにいて何を見ているのか、何を聞いて、触れて、感じているのか……手に取るように分かるのだ。
「……石の、天井……鉄の扉に、黒いチェスト」
リビングの椅子に座って目を瞑るフーちゃんが、ぽつりと呟いた。どうやら上手くハレとリンクしたらしい。
「いいわ、他には何か分かる? 場所は?」
「場所は……ここから、凄く遠い……海の、向こう?」
「海の向こうって……海外ってこと? どこにいんのよあのバカ……」
フーちゃんは目を瞑ったまま眉間に皺を寄せて、さらに深くリンクしようと試みている。
「……う、ッだめだ……頭痛い」
「あ、ごめんフーちゃん、無理させちゃった!?」
頭を抱えるフーちゃんの首元で、白い首輪の一部がチカチカと赤く点滅している。
この首輪で殆どの魔力を抑制されているため、本来もっと容易にできる筈のリンクが上手くいかない。そればかりか身体にも負担が掛かるみたいだ。
「私は大丈夫、けど頭が痛くなっちゃってリンクが切れちゃうの」
「……その首輪のせいね、けど手掛かりは掴めたわ。取り敢えず外ではなくて何処かの室内で、めちゃくちゃ遠くにいるって事はハッキリしたわ!」
「それ、あんまりハッキリしてないんじゃない?」
「手掛かりは手掛かりよ! ゼロと一じゃ全然違うんだから、とにかく一時間後にもう一度リンクするわよ!」
「うん、そうだよね。頑張る!!」
フーちゃんの着替えとお土産を回収してから一夜明けた早朝。私たちはいよいよ本格的にハレを探すために行動を開始した。
〜一時間後〜
私とフーちゃんは再びリビングのテーブルに向かい合って座り、お互いに頷くとフーちゃんがリンクを開始した。
出来れば今日中にある程度の居場所は突き止めておきたい。時間をかけ過ぎるとお父さんが帰って来ちゃうし、妖怪ジジイが横槍を入れてくる事もあるかもしれない。
「……場所は、さっきと同じ場所みたい……けど、ハレが魔法を使ってる?」
「魔法って、回復魔法? あいつケガしてんの!?」
予想外の言葉に思わず声を荒げてしまった。けど、安全な場所に逃げていた筈じゃなかったの?
「ううん、回復魔法じゃないと思う。なんか、手を翳して結晶……みたいなのを作ってるみたい」
「……もしかして、魔剣? こんな朝っぱらから何しようとしてんのよアイツは」
というか、そもそも何で魔法の知識が皆無な筈のハレが魔剣なんて物を作るという発想に至るのか……まさか独学? いや、流石にそれはないわよね。でも、だったらどうして──
「龍奈、魔剣ってなに?……あ、ちょっと待って、誰か来たみたい……」
「……ッ!?」
既にだいぶ頭が痛そうなフーちゃんが、何とかリンクを途切れさせまいとうんうん唸りながら眉間に皺を寄せている。
「……ッぷはぁ! はあ、はあ、もう……限界」
「……大丈夫!?」
フーちゃんは両手で頭を押さえながら、ぺたんと机に突っ伏した。私は優しく頭を撫でる。
「……リンクが切れる前に、女の人が見えたの」
「女の人?」
フーちゃんが机に突っ伏したまま、顔だてこっちに向けてそう言った。
「うん、白い髪で前髪が凄く長かった……それに、黒いワンピース、みたいな服を着てた」
「……だめだ、私全然分かんないわ。ごめんフーちゃん」
話を聞く限りおそらく日本人では無さそうだし、やはりハレは国外にいるのだろうか。けどその女が何者なのか、ハレとの関係もサッパリ分からない。
「……私、あの人見たことある」
「え、ほんと!?」
謎の女について皆目検討もつかない私と違って、フーちゃんは何か心当たりがあるらしい。
「私とハレが温泉行った時にね、温泉街の外れにある喫茶店に行ったんだけど……さっきの人、そこで働いてた」
「……え、ちょっと待って、何でその喫茶店の店員とハレが一緒にいるってのよ」
「いや、それは私にも分からないけど」
手掛かりを掴んだと思ってもこれだ。余計にわけが分からなくなっている気がする。
「……とにかく、その喫茶店に行ってみましょ。リンクは出来るだけ一時間毎に継続しながら」
「分かった、ちなみオススメのメニューはスペシャルバブルガムサンデーだよ!」
バブルガム……なんか嫌なネーミングね。
* * *
【平田正樹】
「ようチビ、元気にしてるか」
「……」
捕獲作戦決行日以来の再開、年の離れた同僚に挨拶したが顔を逸らされてしまった。なんだってんだ。
「ふふ、ダーリンったら子供の扱いが下手ですね。もっと優しくしなければ心を開いてくれませんよ? 子供好きの私がお手本を見せてあげます! こほん、お久しぶりですユウさん、お元気にしてましたか?」
「……っひ」
こころがしゃがみこんで、チビと目線を合わせてそう言うと、チビは一瞬後ずさって固まった。なるほど、これを手本にしろってか……。
「お前、今『っひ』って言われてなかった?」
「……子供は嫌いです」
「多重人格かよ」
こころはバツが悪そう立ち上がって俺の肩に顔を埋めた。どうやら結構ショックだったらしい。バカめ。
「──ちょっと、いきなり訪ねて来てウチのユウくんを虐めないでくださいよね平田さん、桐崎さん」
「お、お姉さん」
お茶の乗ったお盆を持って現れた姉狐が、呆れたようにそう言った。固まってたチビは、凄い速さで姉狐の後ろに回った。
「別に虐めてない。俺はな」
「いや、私も虐めてませんよ!? ダーリンの言い方には悪意を感じます!」
こころがさっきまで顔を埋めていた肩をバシバシ叩きながら眉を吊り上げた。
「はいはい、イチャイチャしてないで座ったらどうですか。そしてさっさと要件を教えて帰って下さい」
姉狐がお茶をソファの前のローテーブルに並べて座った。その隣にチビも腰掛ける。
「担当直入に言うが、仕事を手伝って欲しい。内容はヴィヴィアン・ハーツの組織の調査及び殲滅……報酬は山分けでどうだ?」
「お断りします。お茶飲んだら帰って下さい」
けんもほろろ……即答だった。
「ちょっと、こっちは真面目に頼んでるんですが!?」
「こっちだって真面目に断ってます。平田さん、ヴィヴィアン・ハーツがどんな魔女かご存知の上でそんなことを言ってるんですか?」
「ああ、バーンズのオッサンからの勅令でな、だいたいの情報は聞いた上での相談だ」
温泉では時間が無かったからヴィヴィアン・ハーツについて大した情報は得られなかったが、どうやら姉狐はあの魔女がどれだけヤバいやつなのか把握しているらしい。
「枢機卿直々の仕事ですか……警備任務の失敗で落ちぶれるどころか、随分と出世したようですね」
「これっぽっちも嬉しくないがな」
「……つい先日、私も興味本位でヴィヴィアン・ハーツについての情報を集めていました。鴉の創始者にして魔女協会の前盟主、四大魔女に名を連ねる不死身の怪物……その怪物が率いる組織を殲滅? 沙汰の限りです」
姉狐はお茶を一気飲みして、テーブルに乱暴に置いた。隣でチビがピクリと震えている。
「お前、今月中にあと二人魔女を捕獲したら暫く組織から自由になれるらしいな」
「……枢機卿から聞いたんですか」
「協力するならたとえ俺達が仕留めた魔女でもお前の手柄にしてやってもいい。それに殲滅とはいってもヴィヴィアンは不死身だからアイツはリストに入っていない」
「……にしても、VCUの魔女は曲者揃いですよ。特にあの馬場櫻子とかいう魔女……並々ならぬ魔法を使う上に、それに──」
「……それになんだ?」
「……素性が知れないんですよ。あちこちの情報管理サーバーにクラッキングしたんですけど、そもそも馬場櫻子という人物の素性全てが偽造されたものでした。結局正体まで辿れませんでしたし、なんか気味が悪いんですよねー」
馬場櫻子というと目標Dの事だ。確かに報告書ではCと共に姉狐を退けたと書いてあったが……どうも臭うな。
「だったら馬場櫻子の相手は代わりの奴に当てる。お前は一人でもいいから好きな奴を請け負ってくれればいい」
「代わりって誰ですか? 轟さん? それともゴザルさん? ああ、もしかして安藤さんとか?」
いい加減誰かレオナルドって呼んでやれ。
「轟は既に別の任務、他のメンバーはまだ声を掛けてない。今回はそれ以外に協力者がいるんだよ」
「へえ、どなたでしょうか?」
「協力するなら教えてやる」
バーンズのオッサンの側仕えの魔女『ヒメ』。アイツの事は無闇矢鱈に言えない。
バーンズが信頼を置いているほどだ、おそらくかなり出来る奴なんだろうが……あてにしていいのか。
「……お姉さん」
暫く沈黙が流れた後、チビが姉狐の袖を掴んだ。
「……はあ、分かりました。引き受けましょう。これもユウ君との時間のためです」
「きゃあ、聞きました!? ダーリン、私にもあんなセリフ言ってみて下さ……あ痛っ!? 何で叩くんですか!!」
「仕方ねぇだろ、これもお前のバカな口を黙らせとくためだ」
「……御無体な」
こころは頭をさすりながらじろっと俺を睨んだ。俺は無視して、ようやくお茶に手を付けた。ぬるい、すっかり冷めてやがる。
「さて、引き受けてくれて助かったよ。茶も頂いたしさっさと帰らせてもらう。他のメンバーに声を掛けてからまた連絡する」
「味気ない方ですね、こんな男の何処がいいのやら」
「は? ダーリンの悪口ですか? 死にたいんですか?」
「……おい、いいから帰るぞバカ」
せっかく話がまとまって後は帰るだけだと言うのに、こいつは何か問題を起こさなきゃ気が済まんのか。
「あらあら怖い怖い、じゃあ連絡待ってますねー」
こころは機嫌が悪そうにさっさと部屋を出て行った。俺も後に続こうとしたが、足を止めて振り返った。
「……チビ、じゃあな」
「……さようなら、おじさん」
「……」
返事をしてくれた事自体はまあ悪くない。しかし……おじさんときやがったか──




