104.「外装骨格と副作用」
【轟龍奈】
「──それにしても見事に食べ物ばっかりね。とても年頃の女子に贈るお土産とは思えないわ」
温泉旅館の人は急に現れた私とフーちゃんに一瞬びっくりしたものの、すぐにフーちゃんの顔を見て和やかに対応してくれた。
やはりハレとフーちゃんが留守の間、連日お土産を届けに来てくれていたらしい。ほんと、律儀なんてもんじゃないわよね。
そして現在、私は取り敢えずリビングでお土産のお披露目会をしているのだ。
「お饅頭とかはさすがにあれだけど、他のは結構日持ちするみたいね」
ハレといつ合流出来るかも分からないし、足の速いものは食べてしまうなり、冷凍するなりしておかないといけない。
「──龍奈、着替え全部詰めたよー」
テーブルに並べたお土産と睨めっこしていると、大きなカバンを持ったフーちゃんが階段を降りてきた。
私がお土産の処理をする間、フーちゃんには二階で泊まりの支度をしてもらっていたのだ。
今は私の古着を貸しているけど、自分の服があるならそれに越したことはないだろう。しばらくは私の家が活動拠点になる予定だし、必要なものは全部持っていかなければ。
「じゃあ、そろそろ家に戻りましょうか。龍奈の方ももう終わるとこだし」
「お土産の整理? 全部持って帰っちゃえばいいのに」
「全部持って帰ったら全部食べちゃうでしょ?……あれ、これ何かしら、賞味期限書いてないじゃない」
最後に確認したお土産には、賞味期限が記載されたラベルが貼っていなかった。薄い正方形の紙箱からして、中身はクッキーとかティーパックとかだろうか。
「……あ、それもしかして写真かな?」
「写真……って、なんの写真?」
フーちゃんはどうやら心当たりがあったようで、言いながら箱の蓋を開け始めた。
「……これ、結婚式の写真」
「……な」
──なん、ですって。
箱から出てきたのは可愛らしい額縁に収まったフーちゃんとハレのツーショット写真だった。それもウェディングドレスとタキシード姿の。
そういえばふわふわ頭が送ってきた写真も、何故かウェディングドレスを着たフーちゃんの写真だった。気にはなっていたけど聞くタイミングが無くてすっかり忘れていた。
「ふ、フーちゃん? これは……なんなの?」
「だから、結婚式の写真だよ? ブライダルフェア……っていうやつにハレと一緒に行ったんだけど、その時に撮ってもらったの」
「ふ、ふーん……ブライダルフェア……ね」
……なにそれ羨ましいじゃない。
「そうそう、そこで龍奈の仲間の人に見つかったんだよね。あの、頭がふわふわの人達」
「……ああ、アイツら。てか何してんのよあの二人も」
安藤兄妹はゲーセンでサボってたし、あのバカップルはブライダルフェアに行ってたわけ?
けどそれでフーちゃんを見つけてしまうんだから、タイミングが良いというか悪いというか──
「……あの人達はどうなったの?」
「ふわふわ頭達なら元気に次の仕事に取り掛かってるわ。回復魔法持ちだから誰よりも早く復帰してたからね」
元気に、といっても次の仕事はあのヴィヴィアン・ハーツの組織が目標だし、さすがに気が重いでしょうけどね。
「そっか、私思いっきり殴っちゃったから」
フーちゃんはホッとしたようにそう言った。自分の事を拉致した奴の心配までするなんて、どこまで純粋な子なんだ。
「フーちゃんが龍奈達のことなんて気にする事ないわよ。フーちゃん被害者なんだから」
「……けど、龍奈達は好きでこんな事やってるんじゃないでしょ? 今だって私とハレを助けてくれようとしてるし……何で龍奈は魔女狩りになっちゃったの?」
好きでこんなことやってるわけじゃない──当たり前だ。誰が好き好んでこんな最低な事をしたがるってのよ。
お父さんも、安藤テンも、ふわふわ頭も、ゴザルも、異端審問官なんて言われている人達皆んなに、きっとそれぞれの事情がある。
その事情の当の本人達は、皮肉な事に何も知らない。きっと、私以外は。
「……ごめん、もうフーちゃんには隠し事したくないけど、それだけは言えないの……本当にごめん」
「ううん、無理に聞こうってわけじゃないの。きっと何か事情があるんだよね……」
「……今は言えないけど、いつかきっと話すわ」
いつかきっと話すなんて無責任なセリフだ。伝えたい事がいつでも伝えられると思っていることの傲慢さを、私は身をもって経験したはずなのに──
* * *
【平田正樹】
「──身体、大丈夫か?」
「あらぁ、あらあらあらぁ? ダーリンがわたしの身体を気遣ってくれるなんて珍しいですね!? もしかして私妊娠してます!?」
「してるわけねぇだろ。てかお前より先に俺が気付いてるのも怖すぎるだろバカ」
「してるわけ無いとも言い切れないと思いますけどねー」
バーンズのオッサンに呼び出しをくらった翌日、ようやくこころがラボから帰ってきた。見たところ別段異常は無さそうに見えるが、裏を返せば見えないところをイジられたって事だ。心配にもなる。
「こころ、今回は何されたんだ」
こういう時、上手く言葉をオブラートに包んだり出来ない自分のガサツさに嫌気がさす。他人とのコミュニケーションを出来るだけ回避してきたツケってやつか。
「ダーリンのえっち、聞いちゃいますかそれ?」
こころがニマニマ笑いながらソファに腰を沈めた。俺もその隣に座る。
「茶化すな……何された」
「……外装骨格のアップグレード、らしいです。前までに比べて二倍近い性能になったらしいですよ? やりましたねダーリン!」
こころはウインクしながらピースしてるが、これはただの強がりだ。いくら回復魔法が使えても、身体を開かれて一日でこんな元気になるはずが無い。ましてや──
「それって、副作用とかも二倍になるって事じゃねえのか」
「のんのん、副作用は三倍になるらしいです。普通の魔女だと暴走するか死ぬらしいので、回復魔法持ちの私にしか扱えないとかなんとか……」
「あのクソ野郎……ふざけやがって」
魔女狩りが捕まえる事ができる魔女は、大抵非力な魔女だ。その非力な魔女を使える人形にするために編み出されたのが外装骨格らしい。
身体の中に人工的に作った魔力媒体を組み込むサイコな研究。
展開時には魔力媒体に組み込まれた魔法式が発動して瞬間的にだが身体の傷が癒え、さらに強力な赤魔法を行使することもできる……時間制限つきで、かつ、きつい副作用もあるが。
本来使えない力を無理矢理外付けで使っているわけだから、人形への負担は生半可なものではない。なのに、それをより強力にしただと? しかも実験的に──
次の任務の為なんだろうが、寧ろこれで外装骨格を使う手は無くなった。リスクが大き過ぎる。
結局バーンズも俺やこころの事なんてなんとも思っていないのだ。死んだら死んだでそこまで……その程度だろう。
「……ダーリン、顔が怖いですよ? 大丈夫ですか?」
「こっちのセリフだよ」
「え、私の顔怖かったですか? 年中無休で可愛くしているつもりなんですけど……」
「そっちじゃねぇよバカ……今日はもうベッドで寝とけ。明日から忙しくなる」
俺がソファから立ち上がろうとすると、こころが服の袖を掴んできた。
「まだ寝るには早すぎますよ、私はまだダーリンと一緒に何かしたいです」
「……じゃあ一緒に寝てやるから寝ろ」
「なんと、そんなストレートに誘ってくるなんて……もしや昨日私が居ない間にスッポンの食べ放題にでも行ってきたんですか!?」
こころがハイライトの入っていない目をまん丸にしてそう言った。本気で言ってんのか冗談で言ってんのか……。
「添い寝してやるって言ってんだよバカ。それに昨日の飯はカップ麺だ」
「ふふ、添い寝だけで済みますかね? こんな美少女とほんとに添い寝だけで済みますかね!?」
こいつ、全然大事な事じゃなないのに二回言いやがった。気丈に振る舞ってると思ってたけど、もしかして普通に元気なんじゃねぇのか……。
「……もう一人で寝ろボケ」
「な、そんなご無体なッ!!」
結局この後、なんだかんだでベッドに連れて行ってやると、こころはものの数分で眠りに落ちた。やっぱり元気ねぇじゃねぇか──




