102.「スポンサーとCM」
【レイチェル・ポーカー】
──放課後、わたし達VCUのメンバーはヴィヴィアンに事務所まで呼び出されていた。
わたしが最後にヴィヴィアンに会ったのは、学校をサボってアイビスの話を聞いた時以来だ。結局あの時は急な用事が入ったからと、他の四大魔女の話は聞けずじまいになっていた。
今日何の要件で呼び出されたのかは知らないけど、時間があれば続きを聞ければいいな──
「うむ、よく来たのう! 今日は其方らに重大発表があるのじゃ!!」
ヴィヴィアンはいつかのホワイトボードをバンバン叩きながらそう言った。前回同様、背が低いからホワイトボードの字がやけに下に寄っている。
「スポンサー契約!! どうじゃ、甘美なる響きじゃろう!? 金の匂いがぷんぷんするわ!!」
わたし達が窓から出社した時点で、ホワイトボードに『スポンサー契約』とデカデカと書かれていたから特に驚きは無い。しかし、たしかに以前ヒカリか誰かがそんな話をしていた気がする。目まぐるしい日常ですっかり忘れていたけど。
「ちなみに、一体どこがスポンサーになりますの?」
「けっ、どうせヴィヴィアンの人脈じゃろくなもんじゃねぇよ」
「トマトジュースのメーカとか〜?」
事務所のソファに腰掛ける皆んなが、口々に好き勝手を言う。ヴィヴィアン、みんなの前に立つことは昔から多かったけど、その度にこうやって茶化されてたな。
「ふ、どうやら此方の力を甘く見ておるようじゃの……では発表してやろう、第一スポンサーは『魔女協会』じゃ!!」
「……ごりっごりのコネじゃん」
偉そうな事を言っておいて、結局これである。そもそも会社を起こす時にもお金貸してもらってるって言ってたし、ローズさん気苦労が絶えないな。
「コネでもなんでも使えるものは使うのじゃ! それにまだまだあるぞ、第二スポンサーは『宝ジョニー』じゃ!!」
「……どこそれ」
聞いたことがない。まあわたしはそもそもテレビとかあまり見なかったみたいだし、わたしが知らないだけかもしれないけれど。
「宝ジョニーってあれか、子供用のオモチャとか売ってる会社じゃねぇのか?」
「だね〜わたしも覆面ライダーの変身ガーターベルト買った記憶があるし〜」
「……カルタ、それ多分他のメーカのパチモンですよ」
「私も名前くらいなら存じてますの、意外にも大手がついてくれるんですのね」
カノンが言うのだから、どうやら有名な企業らしい。中々やるじゃないかヴィヴィアン。
「まだまだじゃ、どんどんゆくぞ! 第三スポンサーは『カピコン』じゃ!!」
「……か、カピコン!? カピコンがスポンサーに着いたの!?」
「……ッびっ、くりしたぁ……カルタ、急に叫ばないでください!」
名前を聞いた途端、カルタがソファから立ち上がって叫んだ。喋り方がゲーセンモードになっている。
「カピコンと言えば大手ゲームメーカーの超有名どころ! 家庭用据え置き機とか色々有名だけどなんと言っても一番の売りはアーケード! その中でも『ストリップファイター』は絶大な人気を誇っていて近々新作が発表され……」
「あーもういいよ、すげぇのは分かったから座れゲームバカ」
どうやらまたまた大手企業らしい。ヴィヴィアン、近頃忙しそうにしていると思っていたら本当に忙しかったんだな。
「それにしても、玩具やゲームはあまり私縁がありませんの、もっと知っている企業が良かったですわ」
学校をサボってゲーセンに行ってたお嬢様が何か言っている。
「さすが我儘お嬢じゃのう、だが次もすごいんじゃぞ? 第四スポンサーはフランスの大人気ファッションブランド『DINO』じゃ!」
「へえ、それは凄いですね! 私も何着か服持ってますよ!」
「私もですの、これはテンションが上がりますわ」
エミリアとカノンが楽しそうに話している。服とかはあんまり気にしたことなかったからな、さっぱりだ。
「社長、スポンサーが付いたのは分かったし喜ばしい話だろうけど、それってわたし達に直接関係あるの?」
「ありありのありじゃ櫻子、なんと今言ったスポンサーの企業CMにこの中から何人か出てもらう事になっておる!」
ヴィヴィアンがホワイトボードを下部を叩くと、ホワイトボードがくるりと一回転して裏面が躍り出た。
「おいヴィヴィアン、字が逆になってんぞ」
「それに今度はやけに上に寄ってますね」
ホワイトボードの使い方が今一つ分かっていないのか、くるりと回転したボードには上下逆さになった文字が書かれていた。『CM撮影枠争奪戦なのじゃ!!』と書かれているらしい。
「あれ、おかしいのう……まあ細かい事はよいわ。とにかくCM撮影の仕事が舞い込んでおるのじゃ! ゆえに! これから誰がどのCMに出るか決めようではないか……拳でのう!!」
「いや、話し合いでいいじゃん」
何故かヴィヴィアンは硬く拳を握りしめていた。もしかして本人も参加するつもりなのだろうか。まあ、玩具メーカーのCMならむしろ幼女の姿のヴィヴィアンの方が適任ではあるのかな?
「まあ、そう言う可能性も考えておったからのう、此方なりに考えた振り分けをまずは発表しようではないか!」
「もう勝手にしてくれって感じだけどな」
ヒカリちゃんはCM撮影には別段興味はなさそうだ。モールで魔獣を撃退した時もテレビとかに結構映ってたし、案外慣れっこなのかもしれない。
「ではまず宝ジョニーの『魔法少女プリティチェリー、マジカル素敵ステッキバージョン2.2.7』のCM担当じゃが……」
「うわぁ、なんかコアな匂いがするね」
きっとアニメか何かの玩具なんだろうけど全然分からない。ていうかステッキ? のバージョン多すぎじゃない?
「これは櫻子で決定じゃあ!!」
「ええぇぇ!?」
わたしなんかいッ!
「ハッハッハ、いいじゃねぇか櫻子! プリティチェリーになったとこ超見てぇ!!」
ヒカリが隣で爆笑している。他人事だと思ってこいつめ。絶対してやるものか。
「ちなみにプリティチェリーこんなんだってさ〜」
カルタのスマホには全身ピンク色のフリフリドレスを着たピンク頭の女の子のイラストが映っていた。絶対してやるものか!!
「そしてじゃな、カピコンの新作アーケードゲーム『ストリップファイター2 ΩBURST』のCM担当じゃが、まあカルタでよいじゃろ」
ヴィヴィアンはやや投げやりにそう言った。ゲーム=カルタ、正直分からなくもない。というか、多分わたしでもそうなる。
「あ、よかったですねカルタ! これカルタがさっき言ってたゲームじゃないんですか?……カルタ?」
何故かカルタよりエミリアが嬉しそうにしているが、当の本人は無反応を決め込んでいた。
「……な、泣いてますわ」
エミリアと逆サイドに座っていたカノンが、カルタの顔を覗き込んでそう言った。どんだけ嬉しいんだよ……。
「あと魔女協会から被災地の募金CMも頼まれてるんじゃが、これはエミリアで構わんじゃろ」
「わ、私もCM撮影あるんですか!? 恥ずかしいんですけど……」
エミリアは顔を真っ赤にして狼狽した。わたしなんてプリティチェリーだぞ。
「で、最後はDINOのCMじゃがこれは三人分枠があるゆえカノンとヒカリと此方でよいじゃろう。はい決定」
「いや、決定じゃなくて! わたしプリティチェリーとか絶対にしないからね!?」
しかもちゃっかり自分も入れてるし、ヴィヴィアンがプリティチェリーすればいいだろう。
「不満かの? じゃあヒカリかカノン、どっちか櫻子と代わってやるがよい」
「よし、成金代わってやれ!」
「お断りですの」
「うむ、では仕方ないの。やはり櫻子がプリティチェリーということで」
なんだったんだ今の不毛なやり取りは……
「いやいや、わたしこの歳であの格好はかなりきついんだけど」
「何を言うか、まだ十代じゃろ? ぷりぷりではないか、ぷりぷりのプリティチェリーではないか!」
もう五百過ぎてんですよこっちは! と言ってやりたい。言えないけど。
「まあまあ櫻子、きっと似合うから騙されたと思ってやってみろよ、な? アタシはいいと思うぜ、プリティ……チェリー、ぶふふふ」
ヒカリがわたしの肩に手を置いて吹き出した。助けてくれるのかと思ったけど寧ろ敵側だった。きっとわたしが恥ずかしい格好してるところを見たいんだろう、コイツめ……。
「──てかさ〜ヒカリがプリティチェリーやればよくね〜?」
わたしに助け舟を出したのは、意外にもさっきまで滂沱たる涙を流していたカルタだった。
「はあ? なんでアタシがあんな恥ずかしい格好しなきゃなんねんだよ! あんなん着るくらいなら全裸の方がマシだ!」
お前はそんな服をわたしに着ろと言っていたのか!!
「なんでって、別にこれ提案じゃないかんね〜命令だし〜」
「てめぇバカルタ、何の権利があってアタシに命令してんだよ!」
「ん〜? 前ゲーセンで私が勝ち取った『一日絶対命令権』があるけど〜?」
……はて、そういえばそんな事があったな。ヒカリがカルタ、いやムテキングにゲームで勝負を挑んでコテンパンに負けたアレだ。
たしか勝った方は負けた方に一日何でも命令できる権利が与えられた筈だ。負けたヒカリがずっと泣いていたからうやむやになって忘れていたけど。
「な、バカルタてめぇ! 何でそれを今使うんだよ!」
「ヒカリが恥ずかしい格好して恥辱に震えてるとこ見たいからだけど〜?」
「カルタ、真っ直ぐに最低ですね」
なんにせよ、わたしにとっては暁光だ。わたしもヒカリが恥辱に震える様を一緒に見ようじゃないか。
「べっ、別にコスプレくらいなんだってんだ! くだらねぇ事に命令権使いやがって、バーカバーカ!」
さっきはこんな服着るくらいなら全裸の方がマシだと言っていたのに、子供みたいだな。
「うむ、よう分からんがまとまったようじゃの!! 撮影は明日じゃからよろしく!!」
「明日って……流石に急すぎませんか?」
「そうかの? だいたいこんなもんじゃろ! 別に此方が忘れておったとかそう言うわけではないからの?」
なるほど、忘れてやがったな。




