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99.「口パクと天使」


 【辰守晴人】


 マリアに半殺しにされた翌日……の早朝五時。


「あー、頭痛ぇ……おい、起きてるか晴人」


 いつになく声量が控えめのイースが牢屋に訪れた。声を聞くのは昨日のゲロサンドイッチ事件ぶりだ。


「起きてますよ、ノックくらいしてから入ってきてくださいよ」


「バカかテメェ、ノックもなにもドアが無ぇじゃねぇかよ」


「そうでした」


 ラミー様にスッパリ袈裟斬りにされた牢屋の鉄扉は、昨日バンブルビーが修理するからと持って行ったのだ。つまり、この牢屋は完全に出入り自由状態になっている。まあイースが自分の牢屋を好き勝手出入りしているのはまた別件だが。


「昨日はあれだ、その、迷惑かけたみてぇだな」


「いえいえ、全然迷惑なんてかかって無いですよ、ゲロはかかりましたけどね」


 どうやら完全に酒は抜けたようで、口調もいつものイースに戻っている。ただ二日酔いのせいか調子は悪そうだ。イースがわざわざ謝罪するなんて……。


「……くそ、マジかよ……他にはなんかしてなかったか?」


「他にはって、昨日の事覚えて無いんですか?」


 謝りに来たくらいだから、てっきり記憶がちゃんと残っているものだとおもったけど、そうでも無さそうだ。 


「なんも覚えてねぇな、さっき起きたらスカーレットの書き置きがあってな……『起きたら晴人君に謝っときなさいよね』って書いてあったからよ」


 さすがスカーレットさん、ゲロ掃除のお手伝いをしてくれただけでもありがたかったのに、本当に如才ない人だ。尻尾でぶん殴られたけど。


「なるほど、泥酔でしたもんね。まあゲロ以外は特に何も無かったですよ。尻尾で絞め殺されそうになったり、マシュマロ渓谷で窒息しかけたりはしましたけど」


「……マシュマロ渓谷ってなんだよ」


「あ、いえ、こっちの話です。気にしないでください」


 それにしても、いくら書き置きを見たからってなにも今来なくてもいいだろうに、まだ朝の五時だぞ。普通ならまだ寝ている時間だ。


「なあ晴人、明日の事だけどよ……もう相手は決めてんのか?」 


「……なんですか、藪から棒に」


「いいから、言えよ」


 もしかして、本命はこっちの話だったのかもしれない。何故かイースの中では俺達は相思相愛ということになってしまっているみたいだが、昨日のゲロでその関係に亀裂が入ったのかもしれないと不安になった、とか?


「フライングになっちゃうかもしれませんけど、正直に言うと自分でもよく分からないんです。前までは目を閉じた時にいつも頭に浮かんでくる人が、好きな相手だと思っていました」


「今は……誰の顔が出てくんだよ」


 意外にもイースから冷静な態度で言葉が返ってきた。いつもならイース以外の選択肢を出した時点で怒り狂っていただろうに。やはりなにか変だ。


「今は……デートした皆んなの顔が、浮かんできます」


 自分で言っていて、最低の節操無し野郎だと思う。もはや俺が好きになっていると思っていたこの感情は、別の感情なんじゃないかとさえ思いたくなる。


「……そうか、良かった」


「……イース?」


 イースはそれだけ言うと、黙って俺の牢屋から出て行った。『良かった』って、なんの良かったなんだ?


 さっぱりわけが分からない──

    



* * *




「──それではお集まりの皆さーん。これより『第一回 レイヴン花婿争奪戦!!』の結果発表を始めまーす! 司会は私、ラテ・ユーコンと……」


「ヘザー・カルキュレーションがお送りするよ」


 巨大なシャンデリアがぶら下がるレイヴン城のエントランス、そこで今まさに、俺の生死を賭けた婚約発表会が催されていた。


「昨日まで花嫁候補の皆さんにはー、それぞれ一日ずつデートをしてもらい、花婿にアピールするチャンスが与えられました!」


「そこで結果発表の前に、今一度花嫁候補の意気込みと、自信の程を聞かせてもらおうかな」


 そう、俺の生死が賭かっている筈なのだが、緊迫感を微塵も感じさせてくれない。なんでこの司会を聴きながら皆んなはそんな真剣な顔が出来るんだ。ていうか司会ってなんだ。


「ではまずー、トップバッター『赫氷かくひょうの魔女スカーレット・ホイスト』意気込みを聞かせてちょーだい!!」


 司会のラテがマイクを握りながらそう言うと、スカーレットが緊張した面持ちで『はい!』と手を挙げて一歩前へ進みでた。真面目な人だなぁ。


 以前の会議同様、俺を中心に九人の魔女が円形に並んでいるので、俺もスカーレットの方向に向き直ってしっかりと彼女を見た。


「──私がそもそも花嫁候補に立候補したのは、晴人君を処刑させないためだったわ」


 八人の魔女が見守る緊迫した空気の中、スカーレットの柔らかなアルトが響いた。


「……けど、今は違う。今は、心から彼のことを好きだと思ってる。この気持ちだけは誰にも負けるつもりはないわ……私が晴人君と結婚する」


 スカーレットは俺の目を見てハッキリとそう言いきった。けれど、不思議と照れたりとか、恥ずかしいなんて気持ちは一切湧いてこなかった。


「スカーレット、素晴らしいコメントをありがとう。では次は『紫雷しらいの魔女バブルガム・クロンダイク』意気込みをどうぞ」


 ヘザーが和やかに拍手をしながら進行した。スカーレットは落ち着き払った態度で元の位置に戻ったが、気が抜けたのか段々と顔が赤く染まっていく。さっきまでの凛々しさはどこへやら……そんなの見たらこっちまで恥ずかしくなってくるでしょうが!


 赤くなる俺とスカーレットを尻目に、今度はバブルガムが一歩前へ出た。俺も気を取り直して今度は彼女の方を向いた。バブルガムとはデート以来会っていないが、正直に言うとあのデートは夢に見るほど強烈だった。


「むはぁ、別に意気込みとかねーんだけど……一言だけ言っていい?」


 バブルガムが司会の二人の方を横目で見ながらそう言うと、ラテが『どうぞ』と促した。


「……晴人、好きだよ」


「ッぐはぁ!?」


 強烈にあざとい!


……ッけど、めちゃくちゃ可愛い!


 何故かブラッシュが『ッぐはぁ!?』とかいって鼻血を出しながら倒れるほどだ。なんでだよ。


 しかし危なかった、あまりの可愛さに『俺も好きだよ』なんて返すところだった。あれはバブルガムが少しでも俺の好感度を上げるために言った演技ウソに違いない。アイツにはアイツの思惑があるのだから、本気にしてはいけない。


 狼狽する俺を見て、バブルガムは満足げに円陣に戻ると、ゆっくりと口パクで何かを呟いた。


『ほ、ん、と、だ、よ』


 確信はないのだけれど、俺にはそう言ったように見えた。バブルガムの顔にはさっきまでの余裕の笑みは無く、薄らと頬が染まっていた。ほ、ほんとなんですか!?


「悔しいけど今のは可愛かったわね! じゃあ次は『傲慢の魔女ライラック・ジンラミー』ゆっくりでいいから意気込みをお願い!」


 ちょうど真後ろに立っていたライラックの方に振り向くと、彼女と目が合った。合ったと言っても、前髪で顔が隠れているから俺の勘だけど。まあ合った気がするのだ。


 思い返せばライラックとのデートも波乱だった。後半はラミー様に犬にされてそれっきりだったからな、前髪が降りているのを見るとホッとする。


「……あ、あの、ハル……前は、酷いことして、ごめんなさい、なの」


「……ライラック」


 ライラックはいつもの辿々しい口調で頭を下げた。胸の前でぎゅっと握った手が小さく震えている。


「わ、私のことは、選ばなくて……いいから。ほ、本気じゃ、なかったの。ただの……興味本位、だったの……」


 ライラックは頭を下げ続けたままそう言った。どうしてだろう、胸の奥がもやもやする。


「──ほんとに?」


 エントランスに響いたのは、ブラッシュの声だった。鼻血を拭いたブラッシュがライラックの側へ移動して、再び口を開いた。


「ライラック、本当に辰守晴人の事はどうでもいいの? ただの興味本位なの?」


 意外な展開に、誰もが黙ってその光景を見守った。


「わ、私は、別に……」


「ライラック、本当の心を、教えて」


 依然頭を下げ続けるライラックの耳元で、背後から抱き締めるような体制でブラッシュが囁いた。


「……ッわ、私は、本当は……ハルが、好き……なの。私との、筆談……楽しいって、い、言ってくれたの、ハルが、初めてだったから……だから、ほんとは、もっと二人で……筆談、したいの……ハル、結婚して欲しいの」


 ライラックは下げていた頭をしゃんと上げて、俺の目を見て言い切った。ブラッシュの介入はあったものの、だからこそそれが掛け値なしの本音だということは明白だった。


 そして困ったことに、俺の心にグッサリと刺さっていた。


「やれやれ、意気込みどころか感動の告白だったね、僕は心を打たれてしまったよ」


「ヘザー、気持ちは分かるけど進行しなきゃ」


「おっと……では次は『蒼炎そうえんの魔女イース・バカラ』意気込みをお願いするよ、炎は出さないようにね」


 あれよあれよと言う間にイースの番まで回ってきてしまった。どうしよう、この期に及んでまだ誰と結婚したいのか分かりかねている。


「──俺様は、男を作るなら自分よりも強い奴だとずっと心に決めてた。当然これまでそんな奴に出くわすことなんて無かったし、だからこそ晴人のポテンシャルの高さを知った時はコイツしかいねぇと思った」


 たしかに、イースより強い男なんてそうそういないだろう。というか、いないだろう。俺だっていくら修行してもイースに勝てる想像すら出来ないし。


「……だが、自分より強いだのなんだのってのは、そこまで重要じゃねぇと気づいた。晴人は俺様が怒鳴っても殴っても、怖がらねぇで対等に接し続けてくれた。俺様は、ただそう言う相手が欲しかったんだって、やっと気づいたんだ」


 耳を疑った。イースが、あのイースがだ……こんなにも素直に自分のことを話すなんて──


「初めは力ずくでもと思ってたがな、本当に惚れちまってからはとてもそんな事は出来そうにねぇ……だから晴人、今更こんな事言っても遅えかもしんねぇけどよ、俺様は……いや、私は、晴人が好きだ。だから、あとはお前が決めてくれ」


 イースはそう言って、今まで見たこともないような柔らかな目で微笑んだ。禍々しい角が生えているのに、一瞬天使に見えた。


「むむぅ、イースってずっと独房に居たんじゃないの? なんて思いもあるけど、この際細かいことはいいわ! だって素敵な話だったもの! じゃあラストは『つるぎの魔女スノウ・ブラックマリア』あなたの意気込みも聞かせてちょうだい!」


 乱れた情緒を安定させる暇もなく、ラテがマリアを指名した。マリアは大きなため息を一つついて、一歩前へ歩み出る。


「……人間、私と結婚したら出来るだけ楽に殺してやる」


「……」


 マリアはブレないな。デートの件をよほど根に持っているのか、明確な殺意のこもった目で俺を舐め付けてくる。


 前の四人との温度差に、殆どのメンバーが押し黙っていた。バンブルビーだけはケラケラ笑っているけど。


「……素晴らしいコメントをありがとうスノウ。それではいよいよ花婿に聞いてみようじゃないか」


「ええ、いったいこの中の誰と結婚するのかをね!!」


 全然素晴らしいコメントでは無かったと思うが、今回ばかりはこのテンポに感謝する。すごい気まずかったし。


 だが、いよいよ運命の時が来てしまった。これで俺の本音が俺を含めた全員に知れ渡ることになる。そして、結婚相手も今この場で決まってしまうのだ。


 誰だ、誰を選ぶんだ俺は──

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