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98.「飴玉とビー玉」


 【轟龍奈】


──モニターに映っていたのはフーちゃんだった。


 ベッドに横たわって眠っているのか、意識はない。取り敢えず無事でよかったと胸を撫で下ろす反面、たった今ジジイが言ったセリフに不安が込み上げる。


「……十一番実験体イレヴンを龍奈に頼むって、どういうことよ」


「君達の尽力の甲斐あって、十一番実験体イレヴンの回収作戦自体は成功した。ヴィヴィアンや魔女狩りの介入があったにも関わらずね。ただ、一つだけ取りこぼしがあったみたいなんだ」


 ジジイはポケットからキャンディを取り出して、丁寧に包装紙を開いた。人のこと呼びつけてお茶も出さないくせに、いい御身分だ。


「取りこぼしってなによ、龍奈の仕事にケチ付けようっての?」


 隣でふわふわ頭がボソッと『お前、マジで……』と呟いた。私や安藤達の前ではいつもふてぶてしいクセに、気の小さいやつね。


「報告書にもあったけどね、十一番実験体イレヴンには眷属がいる」


……ハレだ。けどハレのことは死んだと嘘の報告を出したはず。まさかバレた? だとしたらハレは? もしかして別の構成員に捕まった? だめだ、思考が悪い方にばかり傾いてしまう──


「本当に報告書読んだの? あの眷属ならもう死んでたわよ。腹に風穴空いてたんだから」


「そう思うのも無理は無いだろう。紫雷の魔女の件で確認する時間も惜しかっただろうしね。君に落ち度は無いと思っている、だが残念なことに眷属は生きていたらしくてね……行方を眩ませた」


 ハレが生きていた。それを聞いただけで安堵のあまり頬が緩みそうになる。おまけにうまく組織の目から逃れているようだ。本当によかった。


「ふぅん、ビックリするしぶとさね」


「まったくだよ。伊達に十一番実験体イレヴンの眷属ではない。そして君達も承知の通り、眷属とその主人の魔女は本能的に引き合ってしまう。そうなると非常に困るんだよね」


 ジジイが梱包紙から取り出した丸い飴玉を、子供がビー玉で遊ぶみたいに掌で転がした。


「……そこで、轟龍奈君。君にその眷属を始末して欲しい」


「……」


 殺してやろうかと思った。


 このジジイ、言うに事欠いて龍奈にハレを殺せって? ハレじゃなくてアンタを今この場で殺してやろうか……と。


──けど、よくよく考えれば私に白羽の矢が立ったのは暁光だったのかもしれない。もしふわふわ頭と役割が逆だったとしたならば、今度こそハレを守る事が困難になっただろうし。


 それを差し引いても、殺せと言っているのはやはりこのジジイなのだから、結局憤りはちっとも収まらないけど。


「──お前様、急に黙りこくってどうしたのだ? もしかして自信がねーのだ? だったらヒメが手を貸してやってもいーのだぞ?」


 空中お菓子キャッチ女が、ジジイのデスクに身を乗り出してそう言った。ジジイの手元から飴玉をくすね取りながら。


「はぁ? アンタの砂糖まみれの手なんて借りたくないわ。一人で十分だから、余計な手出ししないでよね」


「クク、昔お前様と同じ事を言って監獄送りになった奴がいたのだ。まあ、せーぜー頑張るのだ」


 なのだはそう言ってくすねた飴玉を口に放り込んだ。バーンズは何も言わずに懐から新しいキャンディを取り出している。


「……で、十一番実験体イレヴンの件は? 龍奈にどうして欲しいの?」


「君と一緒に行動してもらう。さっきも言った通り眷属と主人の魔女は引き合うからね、まあ誘き寄せる餌だよ。ああ、心配せずとも魔力を制御する首輪をつけておくから、暴れることはないよ」


「いいわ、要件はそれだけ?」


 まさかここまで話が上手く進むなんて思っても見なかった。どうやってフーちゃんを逃がそうかと思っていたのに、まさかジジイの方から私に預けると言い出すなんて……これでハレを探す大義名分も出来た。


「ああ、あと一つ。お父さんによろしく伝えておいてくれるかな?」


「……分かったわ」


 お父さんの怪我が回復するまで、それまでは私が単独で動ける。その間にハレを見つけてフーちゃんと一緒に逃がす。きっとこれが最初で最後のチャンスだ──




* * *



 久しぶりの我が家、八日も留守にしていたせいで冷蔵庫に作り置きしていたおかずが腐っていた。


 すぐに処理する気分にもなれずに、リビングのソファに腰掛けて時計に目をやる。


……あと五分。時間通りならあと五分でインターホンが鳴るはずだ。緊張しないと言えば嘘になる。ハレを助けるためとは言え、これから初めて他人に秘密を打ち明けることになるのだから。


──ピンポーン。


 五分後きっかりにインターホンがなった。私は早る気持ちを抑えきれずに、駆け足で玄関に向かった。


「どうも、宅配です。こちらにサインをいただけますか?」


「……」


 私が無言で伝票もどきにサインをすると、宅配員に扮した組織の構成員は大きな段ボールを玄関に下ろして帰っていった。


 段ボールを軽く叩いてみると、すぐ内側に硬い壁のようなものがある。私は段ボールをその場で開いた。


 中にはやはり四角形の箱、金属ともガラスとも言えない真っ白な材質で覆われている。取ってやボタンは見当たらないが、掌を象ったマークがある。


 私はそこに自分の掌をかざした。すると……


──ガチャッ! プシュー……。


 継ぎ目の無かった箱の上部がパカっと持ち上がり、白い蒸気が噴出した。


「……フーちゃん」


 箱の中には、フーちゃんが小さく丸まって入っていた。意識は無く、眠っているようだ。首には箱と同じような質感の素材で出来た、ドーナッツみたいな首輪が付いていた。ジジイが言っていた魔力を抑制する首輪とかいうやつだろう。


「……ん」


 箱からフーちゃんを抱き上げようとした時、微かにフーちゃんの目が開いた。


「ふ、フーちゃん? 大丈夫? 龍奈のこと分かる?」


「……りゅー……な?」


 虚な目が私の目にピントを合わせようと揺れている。


「そう、龍奈よ! ちゃんと覚えてる!?」


「……あれ、私なんで……ここどこ? ハレは?」


 幸いフーちゃんは記憶を封印されたりはしなかったようだ。ふわふわ頭の報告書を見た限りではクズハラ何某なにがしとかいう女の記憶を移し込まれていたみたいだけど、おそらくもうジューダスに消された後だろう。


 ジューダスがもしフーちゃんの記憶を読んでいたら私とハレとフーちゃん、三人の関係が筒抜けになってい所だ。我ながら本当に悪運が強い。


「……フーちゃん、今はハレに会えないけど、絶対に龍奈が会わせてあげるから、だから……落ち着いて話を聞いて欲しいの」


「……龍奈?」


 私は全てを話した。私が魔女狩りという組織の一員で、フーちゃんがその組織から脱走した実験体だったということ。そして、ハレはフーちゃんの眷属になった事で今も尚命を狙われているということを。


「──わ、私のせいだ」


 全てを聞き終わった後のフーちゃんの第一声が、それだった。


「……なんでよ、どう考えても龍奈のせいじゃない! 龍奈がちゃんと魔女狩りの事を話してたら、こんな事にならなかった!」


「ううん、龍奈のせいじゃないよ、そもそも、実験体の私が逃げ出したりしたから、ハレに助けて貰ったりしたから……ハレを助けようなんて思い上がったから! 全部私のせいなんだよ!」


 フーちゃんはぼろぼろと涙を流しながら叫んだ。


 おかしいじゃない……普通さ、何も分からないで目が覚めて、急にこんな話聞かされたら怒るのが当然でしょ。実験体ってどういうことよって、今までずっと騙してたのかって、怒るのが普通なのよ……


──なのに、なんでそんな事言うのよ。


「ごめん、ごめんね……悪くない、フーちゃんは悪くないの。悪くないから、ごめんね」


 私はフーちゃんを抱きしめて何度も繰り返した。涙が止まらなかった。本当は私に抱きしめる権利も、涙を流す権利も無いのは分かっているけど、どうしたって抱きしめずにはいられなかった。涙を堪えることが出来なかったのだ。


「──ねぇ、龍奈。絶対にハレを助けようね、二人で」


 どれくらいの時間が経っただろうか。抱き合ったまますっかり泣き疲れて、玄関の掛け時計の音を何となく耳で追っていると、フーちゃんがそう呟いた。


「ええ、龍奈とフーちゃんで、バカハレを迎えに行ってあげましょ。きっと今もどこかで隠れて震えてるに決まってるわ」


 絶対に、何があっても二人は逃してみせる。私はもう一度、そう心に誓った。





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