弱点
日も落ちてきた。このままこっそり帰ってしまおうか。
いや、駄目だ。面倒でも剣だけは勇者に返してやらねば……。首を長くして待っているかも知れない。
心の中に魔王様の声が聞こえる。
『――なぜ人間界の勇者を生かしておくのだ――』
『――勇者になぜ剣を返すのか――』
『――弱点を攻撃するのではなかったのか――』
『そして、なぜ、勇者に鎧は返してやらぬのだぞよ?』
――!
キョロキョロしてしまう。幻聴か? ちょっと怖いぞ。働き過ぎかもしれない……。
女勇者との約束だからだ。敵とはいえ約束したからにはそれを果たさなければならない。次に勇者に裏切られることがあるとしても、私は私に嘘をついたりはしない。
――欲望のまま、自分の正義を貫き通すのだ――。
コンコン。
古い家の木の扉をノックすると、ガタっと一度大きな音が聞こえて、バタバタと走り回る音まで聞こえる。
ボロい木の扉が少し開き、目だけが見えた。私がデュラハンだと分かると、ゆっくり扉が開き女勇者が姿を見せるのだが……。こ、こやつ……絶対に寝ていたぞ。頬っぺたに枕かなんかの跡が赤いすじになって残っているぞ……。
金色の短い髪にも寝癖がついている……。
「ほ、本当に取り返してきてくれたのですね」
ああ。お前がお昼寝している間にな。……とは言わない。
「当然だ。私は約束を守るジェントルマンナイトなのだ」
袋から勇者の剣だけを出すと、手渡した。
「……ありが……とう」
「うむ。もう二度と会う事もないだろう」
次に会う時は敵同士だ。会わない方がいい――。
「あの……」
「なんだ。礼などいらぬぞ」
お礼はこの鎧だけで……たっぷりお釣りが出るぞ。……とも言わない。
「……やはり、剣ではなく、鎧の方では駄目でしょうか」
「――!」
……悪い予感って必ず当たるぞ。なぜだろう……。
「ダメだ」
「じつは、その鎧は……母の形見なのです」
「そんなこと言っても、ダメだ」
池に投げた金の斧と銀の斧じゃないんだぞ――。どっちも手元に戻ってこなかったかもしれないのだぞ――!
……でも、逆にそれは私にとっても同じこと……。今、金の斧を手にしようと必死になっている。
浅ましさ……これが私の弱点なのか……?
「お願いします――」
「ダーメ! めっ! しつこ」
貴様のような最弱の勇者がこの鎧の価値も分からずに戦えば、直ぐに傷だらけになってしまう!
この芸術品が、傷だらけだ――!
「その鎧のためなら……わたしの一番大切な物を差し上げても構いません――!」
一番大切な物って――!
「いらぬわ! そんなもん、いらぬわ! 『お前の大切な物』=『俺の欲しい物』とはぜんぜんちゃうわ! ツバ飛ぶわ!」
――鎧が欲しいのだ! 一番大切な物が何かと聞くまでもなく、この鎧が欲しいのだ!
それに、この鎧が一番大切じゃないって言っているようなものだぞ!
――もう訳がわからないぞ!
「……酷い!」
「……酷くない!」
剣なんかいらない。これっぽっちの価値もない。
――この鎧が喉から手が出るほど欲しい――。
……。池の女神がなんと言おうと、金の斧が欲しいのに……。
ドサリ。
「――!」
鎧の入った布袋を地面に置いた。弱点を攻撃されたようで……歯ぎしりしたいほど悔しい。
「女勇者よ、この鎧を大事にするがいい。傷一つ付けられてはならない。もし傷を付けたら……容赦なく叩き切る」
鎧に傷を付けた者を――。
ゴクリと唾を飲む……。
「分かったわ。わたしももう逃げたりはしない。母の血を受け継ぎ、立派な勇者になる」
ああ、それ、どうでもいいぞ……。凛々しい目をして言っても、ぜんぜん頭に入って来ない。どうやって鎧を手に入れるか……また考えないといけないから……。
「そして、いつの日か魔王を倒し、世界を平和にしてみせるわ」
魔王様を……か。
「勘違いするな小娘よ。魔王様を倒しても世界は平和になどならない」
「なんですって?」
悪の権化が魔王様だとは……勘違い甚だしい。
「むしろ魔王様のおかげで世界が平和だと言っても過言ではない。もう、辺りが暗くなってきたから帰るけど、よく考えるがいい」
剣と魔法で世界は平和にならない。絶対に……。
「ちょっと言っている意味が分からない」
「だから! 考えるがいい勇者よ。その頭は飾りではあるまい」
強いだけでは真の勇者にはなれぬ……。
強いだけでは魔王様にはなれぬのだ……。
ボロ小屋を後にして歩き出した……。
あーあ。誰か迎えに来てくれないかなあ……。
それか、どこかにチャリでも置いてないかなあ……。
ス魔ホは魔王城内のWi-Fiでしか動作しない。こんなところではただの板だ。お腹が空いたとしても食べられない。
こんなとき、つくづく魔法が使えたらよかったのにと思う。四天王で魔法が使えないのは私だけだ。巨漢のサイクロプトロールですら魔法が使える。無駄に大きくなる魔法や、無駄に腕力が上がる魔法だが……。
今日も一日、私はいったい何をやっていたのだろうか……。
こんなことなら魔王様と永遠チェスをしていた方が良かったのではないだろうか……。人間界から魔王城近くへワープできる「七色の井戸」までかなり遠く、まだ数時間は掛かる。
全身鎧が……とても重たく感じる……。
「こんなところで何を道草食ってるんだ」
――!
空を見上げると、ローブを風になびかせて四天王の一人、聡明のソーサラモナーがフワフワと魔法の力で浮かんでいた。
「ソーサラモナー!」
「ははは、探したぞ。金属探知機で」
「……」
私は全身鎧だから……反応は確かなのだろう。ソーサラモナーの手にしている得体の知れない装置がピピピピと電子音を発している。
「だが、なぜ引きこもり気味のソーサラモナーが、わざわざこんなところまで来たのだ」
普段は滅多に魔王城を出ない。
「ああ、魔王様が『デュラハンの帰りが遅いから探して来い』ってうるさくてな……」
「魔王様が?」
少し私が怒って出て行ったから気にされていたのか……。
空から下りてくると金属探知機はさらにピピピピ音が大きくなった。電源オフにして欲しいぞ。金属が見つかったんだから……。
「さあ、早く帰ろうぜ」
「ああ」
――瞬間移動!
やっぱり便利だ……。魔法って……。
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