消えた勇者
真っ昼間から顔のない全身鎧のモンスターが城下町を歩いているというのに……。誰一人不思議がらない。見向きもされない。
――ハロウィンじゃないんだぞ! ――仮装大賞じゃないんだぞ! ――人間界も平和ボケ甚だしいぞ! 普通ならモンスターが歩いていたら誰かが城の騎士か勇者を呼んできてくれる筈なのに……。
探す手間が省ける筈なのに……。
仕方なくいつもの宿屋に向かった。情報を集めるのなら酒場か宿屋が定番なのだ。
「いらっしゃいませ」
フロントのお姉さんがいつもの笑顔で迎えてくれるのが嬉しい。白いエプロンが似合っていると褒めてやりたい。
「悪いが客じゃない」
「チッ」
舌打ちしないで――! ……舌打ちって、急にされると凹みそうになるから――!
私には舌打ちができないから……。いや、待てよ。喋れるのだからできるかもしれない。
「チッ」
――やった! できたぞ!
「……。チッ」
「チッ」
「チッ」
……。
舌打ちし合うのって楽しいのだろうか? ぜんぜん楽しくないぞ。
「そんなことより、あの勇者はどうしたのだ」
あの男のような胸をした女勇者は――。これは褒め言葉だぞ。
「ああ、その勇者なら田舎に帰ったわよ」
「なんだと? 勇者が田舎に帰っただと。帰省か?」
国王や城を守るべき職務を放棄し田舎に帰ったというのか。お盆まで……まだ一カ月はあるぞ。
「さあねえ。あんたがこの間、虐めたせいじゃないのかい」
「……虐めた覚えなどない。弱過ぎるから勇者なんか止めておいた方が長生きできると提案したまでだ。善意と言って欲しいぞ」
「……頭ないけど、ひょっとして頭悪い?」
「……」
フッ。能ある鷹は爪を隠すのだ。ただ、あまり剣を持ったモンスターを挑発するなと言いたいぞ。モンスターが皆、私のように温厚ではないのだ。
「勇者の田舎はどこか知っているのか」
「ええ。北に20キロ離れた村よ」
個人情報だだ漏れだな……。聞けば名前やスリーサイズも教えてくれるのではなかろうか。
「村といっても、荒地にポツンと一軒家が立っているだけだけど」
「そうか……」
ポツンと一軒家か……。勇者はぼっちなのだろう。
それはそれで好都合だ……。
「邪魔をしたな」
「ええ」
……素直だ。
素直すぎるのもどうかと思うぞ。
荒れた地を北にひたすら歩くと、たしかにポツンと小屋が一つ立っていた。
三匹の子豚ですら……こんな粗末な小屋は建てないだろう。安っぽいべニア板の壁と屋根。サラリーマンの日曜DIY並みの仕上がりの悪さ。イ+バ物置の方が百倍丈夫そうだ。
ノックしたら扉が外れるのではないだろうか……。
しかし、今日は心を鬼にするのだ。鬼にして、弱いうちに新勇者にトドメを刺すのだ――。
コンコンと軽めにノックするが、どうやら留守のようだ。仕方なく辺りを見渡すと……さらに数キロ先に、米粒くらいの人の姿が見えた。
もう歩くのはうんざりだが仕方がない。荒れた土をまた踏みしめた。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
剣も鎧も身に付けずにクワやスキを持って荒れた畑を耕している女勇者。首から下げた宿屋のタオルが……よく似合っている。身体の鍛錬にしては……剣の使い方とクワの使い方はまったく違う。剣を振る時に変な癖がついてしまうぞと忠告したくなる。
流行りのスローライフにしても……ここの土はカラッカラに乾燥して痩せている。肥料をたっぷりやったとしても、野菜も穀物も育たんぞ。……雨も降らなさそうだ。
「久しいな、勇者よ」
背後から近付いて声を掛けるのだが……振り向きもしないのにイラっとする。せめて驚け。
「……何の用ですか。わたし、勇者になるのは諦めたんです」
金色をした短い髪の先から汗が綺麗な雫になって落ちる。だが汗は汗。おっさんの頭の上で光り輝く汗も、若い女性の頬から伝い落ちる汗も……同じ汗に違いはない。――いや、そうでもない――。
「諦めただと。ほほう、利口だ」
私との力の差を肌で感じ、世の中には逆立ちをしたって敵わない存在を知ったのだろう。無駄な戦いで命を落とすのは、たとえ人間でも得策とは呼べない。
「無知は無謀だ。敵の強さを知るのは大切なことだ」
「……」
そんな挑発的な言葉を聞きもせずに畑を耕し続ける女勇者の手には、豆ができている。剣を握って毎日素振りでもしていれば、クワやスキで豆ができることもない気がするのだが……。
最近の勇者はそこまで剣を握らないのかもしれない。
――剣より鼠という名のマウスを握っているのかもしれない? 冷や汗が出る。
「勇者を辞めたのか。だったら、もう必要ないだろう」
手を差し出してクイクイと手招きをする。アレを渡すのだ。――アレを!
「お金なんてありません。さっさと帰って。わたしなんかを切り付けたところで、他の四天王にゲラゲラ吹出して笑われるだけでしょう」
「金などいらぬ。必要がなくなったのなら、勇者であったお前の装備を……私によこすのだ! 危険な芽は早めに摘んでおくのだ」
これこそ、絵に描いた餅ような完璧な作戦――。
傷一つ付けることなく女勇者の鎧を回収できる――。うお、頭いい! 首から上は無いのだが、超、頭いい~俺TUEEE!
「そうしたら命だけは助けてやろう。いや、三ヵ月生活に困らないくらいの金銭……十万円くらいも口座に振り込んでやろう。さらには畑を半分耕してやってもよい」
女勇者にとっても決して悪い取引ではないだろう。こんな荒れた地に作物が育つとも思えないがな。
「わたしの使っていた……勇者の剣が欲しいのか」
――そんなもんはいらんわい!
百均の玩具の刀程度の魅力しかない。遊んでいると直ぐに横にポキポキ折れるやつな……。だが、悟られてはならない。
「さよう。勇者の剣と鎧! もう不要なのであれば、この宵闇のデュラハンが……高価買取りしてやろう。どこにも負けない自信がある」
はやくよこすのだ。家に隠してあるのだろ。さあ、早く!
「そして、何年か経ったときに、『お母さんは昔、女勇者として人々のために戦ったのよ』と子供に教えるがいい。『一度だけだけど、魔王軍四天王最強の騎士、宵闇のデュラハンと戦ったんだから』と自慢することも許そうではないか。さあ、金はいくらでも出す。さっさと鎧を持ってくるのだ」
――早く!
私は気長な性格だが、自分の欲望のためにはせっかちにもなるのだ。すなわち、せっかちなのだ――!
「誰がせっかちだ!」
「うわーん」
急に女勇者が泣き出して抱きついてきた――。一瞬のことに、剣を抜く隙もなく両手でしっかりと身体を羽交い絞めにされた――!
油断していた! 剣を抜くのを忘れ、これほどまでに女勇者の接近を許してしまうとは――。
「ヒック、ヒック」
女勇者の小さな肩が震えている……。泣いている――?
「ま、まさか……。貴様!」
生活が苦しくて、もう安値で売ってしまったというのか――!
あの鎧の価値が分からなかったのか! アホの子か――!
「盗まれてしまったの! 剣と鎧を」
ぬ・す・ま・れ・た・だと――!
「バカもん! 勇者が剣と鎧を盗まれるなど、言語道断――! 敵どころか、騎士として恥を知れ!」
汗や涙を私の鎧で拭かないでくれ……。錆びないけど錆びそうだから。
「だって、だって」
「泣くな! 泣きたいのはこっちの方だ――!」
ドジっ子なんて可愛らしいものではないぞ! 冷や汗が出るくらいのドジ勇者だぞ!
ここまで来たのが無駄骨ではないか――!
徹夜で考えた作戦が台無しではないか――!
「そもそも、ずっと着ている鎧をどうやって盗まれるのだ!」
小さな両肩に手を置き、そっと引き離す。しっかり顔を見て話さなくてはならない。
「バカ! わたしはあなたみたいな全身鎧の化け物じゃないの!」
化け物呼ばわりするんじゃないぞ小娘よ。魔族、モンスターは化け物じゃないぞ。似て非なるものだぞ――。
「シャワーを浴びる時や、寝る時くらい鎧は脱ぐわよ!」
グヌヌヌヌ……。
「シャワーを浴びるとか言って、ちょっと気を引こうとすな! 鎧を着たままシャワーを浴び、鎧を着たまま寝るのは騎士として当然の身だしなみ! さらには毎朝、有機溶剤をタップリ含ませたウエスで鎧を念入りに手入れするのは常識だ――!」
だから私の体は隅々までキラッキラッなのだ。
「そんな勇者、聞いた事がないわ」
「――だから勇者は何年経っても魔王様に勝てぬのだ――」
「――!」
「努力がぜんぜん足りないのだ――」
国王と喋ったり村人と話したり、舞踏会に出たりお茶会に出たり……。そんな時間があるのならば、ひたすら剣を振り筋肉痛になったところに湿布を張ってプロテインを下痢するぐらい飲んで寝ろと言いたい――。私も昔は散々それらをやってきたのだ――!
だが、小娘ごときにそんな説教をしていても時間の無駄か……。
ふーっとため息を一つつく。
「それで……誰に盗まれたのだ。犯人の目星はついているのか」
ひょっとして、魔族ならラッキーだ。特徴を聞ければ直ぐにでも盗んだ者が見つけられる。……褒め称えてやらねばならぬ。
「盗賊よ。人間の」
「……やはりな」
人間同士……しかも勇者の装備品を盗むとは……嘆かわしい。
「ではこのデュラハンが装備品を取り返してやろう。魔族のやり方で……」
ガントレットの指をポキポキ鳴らす。手加減は必要なさそうだ。
「本当ですか」
「ああ。ただし条件がある」
ゴクリと唾を飲む女勇者。
「勇者の剣は渡そう。だが、鎧だけは私がいただく」
――なんとしても。
「あの鎧は……」
「それでいいか?」
これは駆け引きだ――。嫌だと言われたらどうしよう……。
「……でも仕方ありません。剣がなければ魔王どころか、四天王すら倒せないから……」
「……」
いや、本当にあの安物の剣でこの私を倒そうと思っているのなら……、
――心意気だけは勇者だ。……傷一つ付けられないだろう。
「お願いします。鎧は差し上げますから、剣だけでも取り返してください」
「フッ。約束しよう。私は魔族だが信頼に値する紳士な騎士だ」
紳士騎士、ジェントルマンナイトなのだ。
「自分で言ってて恥ずかしくない?」
……。一言多いぞ。少しだけ恥ずかしいぞ。
「でも、気を付けて。盗賊達はナイフを持っているわ」
「……ああ、気を付けよう」
鎧に傷をつけられては……大変だからな。
……私の鎧にではない。――私の物になる鎧にだ。
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