弱点を攻撃するのです!
「なぜだ――卿には血も涙もないのか!」
「……」
私には涙など……。――ない。血も流れているのかどうか……。
魔王様の青紫の顔色がさらに青ざめていく。……青青紫になる。ディープパープルだ。冷や汗が出る、古過ぎて。
「予は卑怯者にはなれぬ。勝つために手段を選ばぬなど――それでも卿は魔王軍四天王の一人か――!」
やれやれ……仕方がない。
「ならば魔王様、長かった戦いも、これにてお仕舞いでございます」
――チェックメイトです。
「はう! 待った!」
「いいえ、もう待ったも手加減もございません」
血も涙もないなんて決めつけるなんて……。いくら魔王様とはいえ酷いぞ。
「ちょっと待った! ねえ、待って」
両手をパーにして差し出さないで欲しい。なにか強烈な呪文が飛び出しそうだから……。
「それでなくても私が何度もポーンを取るチャンスを与えたというのに」
こんなにも手加減して差し上げているというのに……。丸裸状態にされた魔王様のキングは、私の駒で囲まれている。
「ポーンをポーン以外で取ってはならぬ」
「そんなルールはございませぬ」
ルールがおかしくなってしまいます。
「レベル1のスライムを勇者が滅多打ちにするのと同じではないか――!」
スライムを勇者が滅多打ち……ですと?
「実際にするではありませぬか。初期の勇者パーティーはスライム一匹を数人で取り囲み剣や鉄パイプや釘の刺したバットなどでオラオラと滅多打ちにして経験値を荒稼ぎするではありませぬか――」
いったい何匹……いや、何十万匹のスライムが勇者に倒され経験値と金を奪われたことか……。そこそこ強くなった勇者も、全体攻撃とかでスライムを倒し、「俺TUEEE……」と再認識するではありませぬか。
「グヌヌヌヌ」
いや、グヌヌヌヌって……それが戦いです。人間との戦争です。
「戦いでは相手の弱点を攻めるのは鉄則でございます。ほら、柔道やレスリングでも相手の弱ったところをさらに狙って勝利を得ようとするのです」
それが金への道なのです。金道です。
「それは卑怯者のやることだ――」
ピクリと耳が動く。首から上はないのだが……。
ほほう……。
「卑怯者ですと? 柔道やレスリングならともかく、命懸けの戦いにおいてはそのようなハニーバターハニーバンタムのような甘っちょろいことは言ってはいられませぬ。敵の弱い部分から攻める必要がございます」
最前線に立たれたことのない魔王様には……お分かりになりませぬか……。
「敵戦士の盾をめがけて剣を振っても、手が痺れるだけでございます。鎧と鎧の隙間を狙うのが鉄則でございます。さらには真正面の敵と戦うのではなく、後方の補給部隊など、自分達がやられると嫌な部分を逆に攻撃するのが勝利への鍵なのです――」
「それは正々堂々としておらぬではないか」
正々堂々……聞こえのいい言葉だ。
――が、しかし!
「我々が正々堂々と戦ったとしても、相手が正々堂々と戦ってくれる保証はないのです。それはチェスなどのゲームでも同じこと」
「果たして、本当にそうか? デュラハンよ」
「……?」
まず間違いないぞ。そもそもチェスの正々堂々とは……なんだ。「待ったなし!」くらいしか思いつかないが……。
「予のキングが一歩前へ出る」
勝敗の決したチェス盤に魔王様がキングを置き直し、一歩前に動かす。当然だが何処へも逃げられないのは確定している。
「そして、次は卿のキングも一歩前へ出る」
「はい……」
とりあえず言われた通りにキングを前へと進めた。パワハラとは言わない。言えない。なのでパワハラなのだ……。
「予のキングが一歩後退する。そして、卿のキングも一歩後退する」
「はい……」
言われた通りにキングを後ろへと進める。
「もう一度、予のキングが一歩前へ出る。そして、卿のキングも一歩前へ出る」
「はい……」
言われた通りにまたキングを前へと進めた……。いったい何がやりたいのだろうか。
「予のキングがまた一歩後退する。そして、卿のキングも一歩後退する」
「はい……」
「さらに予のキングが一歩前へ出る……」
冷や汗が出る。
「お待ちください――」
なんか、頭が痛くなってきた。
「いったいそれを、何度行うのでしょうか」
「永遠に行うのだ」
永遠――!
「なぜ! ホワーイ?」
いっこうに勝敗がつかないではありませんか――!
「引き分けに持ち込むおつもりなのですね」
負けるよりも引き分けの方がマシなのはたしかだ。
「引き分けてはならぬ」
「は? ぬ?」
魔王様はまたキングを前に出す……。
「引き分けることもなく駒を動かし続ける。これが永遠の平和だ。物事に必ず勝敗をつける必要はないのだ――」
――!
引き分けてはならない永遠の平和! ……そうだったのか。勝敗をつけないことこそが永遠の平和への道なのか――。
引き分けぬって……。
――だったら……チェスらなくても、よくない? 他のことをした方が……よくない?
「ハッハッハ、ならば将棋をするか」
チェスの次に将棋――! キャーいやだー!
「御冗談を」
将棋でも同じことを始めそうで怖すぎる。……私は魔王様ほどお暇ではない。とは言えない。
――いや、いくら暇でも、魔王様と永遠チェスをするほど暇ではない~。そしてそれも言えない~。
魔王様はお素直じゃない……。勝ちたいのなら手加減して差し上げるものを、「手加減されて勝っても嬉しくない」とか言うし、手加減されていても気付かないし負けちゃうし……。「予は負けてないもん」とか言って、袖を噛んで悔しさを露わにするし……。
それで負けると……決まって拗ねるのがエグイ……。無理難題を押し付けて来たり、禁呪文をバラまいたり、泣きながら廊下を走ったり……。幼稚園児より質が悪くてやりにくい。
「デュラハンよ。卿は先ほど『戦いでは相手の弱点を攻めるのは鉄則』と申したな」
渋々チェスの駒と盤を片付けながら魔王様がおっしゃった。
広い玉座の間にチェスの駒が擦れ合う小さな音が心地良く広がる。やっと終わった……。永遠の平和とやらから解放される――。
「申しました。もうお忘れになられたのですか」
片方の口だけクイっと上げる魔王様。
「では問おう。――卿はなぜ人間界の新勇者を生かしておいたのだ――」
――!
「ま、ま、魔王様、ま、ま、まさか――」
冷や汗が滝のように流れ落ちる――。
「フッフッフ。そのまさかだ。卿は相手が勇者と知りながらとどめを刺さなかったのではないか?」
不敵な笑みと細い目……。まさに魔王様らしい悪いお顔――御尊顔!
「……あ、あれには訳がございます」
チェスを片付ける手が小刻みに震えてしまう……。あれには深い訳がある――。
「我ら魔族にとって、勇者は最大の敵。いかに敵がか弱いキュ~トな女勇者だからといって、とどめどころか傷一つ付けずに見逃すなど……予には卿の考えていることが、ちょっとよく分かんないなあ……」
顎がカタカタ震える。……首から上は無いのだが……。
「デュラハンよ。ひょっとすると、予を倒しうる勇者を密かに育て、魔王の座を手に入れようと企んではおるまいな」
おーるまいてぃー!
「め、滅相もございません! ガチで!」
そのようなこと、考えたこともございません――!
「ガチって……。ならばもう一度問おう。なぜ女勇者にとどめを刺さなかったのだ」
魔王様がニヤニヤしているのが……腹立たしい。
チェスで負けた仕返しをこのような形で仕掛けてくるとは。
――だが言えない。女勇者が身に付けている女子用鎧を傷つけたくなかったなど……。騎士として言えるはずがない。
女子用鎧をコレクションで集めているなど……騎士として言えるはずがない――!
「ええっと。……じゃあ、やっぱり女勇者を密かに育てて、魔王様の座を狙っている。ってことでいいです」
変な趣味がバレるのは恥ずかしい。
「……ひょっとして、開き直りか? 酷くない?」
酷くない。酷いのは魔王様の方でございます。
「開き直ってはございません。そこまで答えたくないことを突っ込んで聞いてくる魔王様が悪いのです。誰だって一つや二つくらい、誰にも知られたくない秘密はございます。フン」
わざと背中を見せる。魔王様が構って欲しそうな目で見る。
「……ごめん」
「謝っても駄目です。もう激おこぷんぷんです」
「そんなあ……」
魔王様がチワワのような目で許しを請う。やれやれ。少し子供じみたと反省しなくてはならないか。
「冗談でございます。私の魔王様への忠誠心が揺るぐことはございません」
「さ、さすが四天王、宵闇のデュラハン! 偉いぞよ!」
調子がいいなあ……。
「魔王様のためならたとえ火の中水の中」
調子がいいのは私の方かもしれないが……。
「うむ。であれば、こんなところで遊んでいないで、さっさと敵の偵察にでも行くがよい!」
――!
あ、遊んでないのに、ひどおい――!
嫌がる私の手を取って無理やりチェスをしようと言い出したのは、魔王様ご自身ではございませぬか――!
やあ、やられた。本当に腹が立つ――。
ニヤニヤしているのが、ホンマ腹立つわあ……。
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