白夜
空の色が移ろうとは、だれが信じたことだろう?
私は青の上を行き過ぎる雲を見て思った。かつてこの地に分厚い暗雲が垂れ込めていた頃、高くけぶりを上げる紅白の煙突の群れを背景に戯れた記憶を、今も鮮明に思い出す。
あの頃は、確か私は十二だったろうか。遊びの間にも瞼を燃やす午後、日差しの見えない分厚い雲の間を、マスクを着けて駆け回ったものだ。すぐ対岸の川沿いの道に立ち並ぶ煙突と鉄塔、無骨な工場の群れが、私達をいたぶっていたとも知らずに。
巨大なアラート音が鳴り響き、友人と悪態を吐きながら駆け足で家に逃げ帰った。その間にも黙々と、煙を垂れ流し続けるコンビナートの群れが、うらやましくも思えたものだ。
時は行き過ぎ、私の腕にも皺が寄るようになった。浮き出た血管で手摺りを取り、混ざった白髪を澄んだ水面と空に映して、灰色の雲を流す紅白の煙突を見る。傾きゆく太陽が赤く色を放ち始める。同時に、対岸は浮かび上がるような青白い光を放ち始める。
不滅の夜の中、私は静かに息を吸う。一つ咳き込むと、当時が懐かしく思い出され、再び手摺りを持つ手に力が入る。
傾く日を受けてさんざめく水面を、クルーズ船が通り過ぎる。私は静かに、この心地よい空気を吸い込んだ。
東の空が群青に染まり出すと、白や蛍光の光がますます強くなっていく。対岸の背の高い鉄塔が、無数の電飾で着飾られて瞬く。あの時と同じ、のどかなアラームが鳴り響く。川沿いを歩く子供たちが、あの頃駆け足で帰宅した自分達と重なる。
私は大きく伸びをして、満足な吐息をついた。夜は尽きぬ光で人々を魅了する。あの灰色の煙さえ、陰影を演出する舞台装置となる。空を覆う暗雲も煤煙も、鉄塔に反射するライトの色も、色彩の何もかもが変わり果てたこの町を背景にして、私は静かに、沈む日に背を向けて歩き出した。
焼香の匂いがする。明日は三回忌だ。