ここはどこ
「うぅ…」
硬い地面の感触に不快感を覚えて呻き声を漏らしながら、加代は目を覚ました。
目を開けた視界の先には荒れ廃れた建物の内部が映された。ステンドグラスから日の光が入り、その荒廃した建物には似つかわしくない美しい色が地面を彩っているのがなんともいえない気持ちにさせる。
状況はよくわからないが、ここが学校ではないことだけは理解できた。津波で流されて、どこかの教会にでも流れ着いたのだろうか。壁に激突したような記憶があるが、幸いにも体のどこも痛むところはない。
立ち上がり、辺りを見渡す。入り口の扉はステンドグラスとは逆の位置にある1つだけらしい。
外の様子を確認しよう…
津波が通った後だ、さぞ荒れ果てていることだろう。家族は無事だろうか。学校の皆は流されずに救助して貰えただろうか。色々と不安なことばかり、脳裏を掠めるが先ずは自分の置かれた状況を把握しなければ、次の動きようがない。
ノブを回すとギイっと音を立てて扉は開いた。
「…え」
これは、どういうことだろう。加代の思考は一旦停止した。なぜなら、扉を開けたその先にあったのは津波で荒れた街並みではなく、焼けただれた荒れ地だったからである。
「津波の後に火事でもあったのかしら?」
それにしても、何も残っていなさすぎである。さて、どうするか。とりあえず、建物の中に戻り何か使えないものがあるか物色をすることにした。棚や隠し扉など開けれるところは全て開けてみた。何周かぐるぐると建物の中を歩き回り、見つけることができたのは細身の剣と深緑色のローブだけだった。
「…今のご時世にこんなものしか見つからないなんて…。携帯とかパソコンとか、食べ物とか…もうちょっと気の聞いたものがあれば良かったのに…」
自分の携帯は津波で壊れて使えない。
暫く考えて、剣は何かあったときの護身用にローブは夜の寒さ対策の為に持っていくことにした。
建物の外に出て歩きだす。現在地は全然把握できてないが、とりあえず歩いていれば生きている誰かに会えるかもしれない。あと、食べ物とかを確保したい。
不安が込み上げてくるが、泣いても助けてくれる人は見当たらない。自分だけが便りだった。
「がんばれ、私」
言い聞かせるようにポツリと呟いた。
暫く歩いていると建物の影が見えてきた。しかし、それは加代の不安を増大させる要因になっただけだった。
「あんな、建物みたことない」
視線を不安げにさ迷わせ、辺りを見渡すが同じような建物しかない。しかし、加代には余りにも馴染みのない景色だった。なぜなら見えた建物は加代が見慣れたセメントや木で作られた建物ではなく、レンガで立てられた中世ヨーロッパの映画でしかみたことのない建物ばかりだったからである。
「ここは、どこなの」
津波の後、目が覚めてから立ち止まらずに歩みを進めてきた加代だったが、ここに来て初めて歩みを進めることよりも不安が勝り、立ち尽くした。
本当はまだ私は眠っていて夢でも見ているのだろうか。
『そこで何をしている!』
ぼうっと見えてきた街を見ながら立ち尽くしていると、後ろから突然声をかけられた。振り向くとそこには馬に股がった白のローブを被った青年がいた。
『そこで何をしていると聞いている』
「?」
どうやら、言葉が違うらしく加代には聞き取ることができなかった。学校の授業で習った英語とも違うようだ。
『魔族か?答えよ』
「ここはどこですか?」
青年のいっている言葉はわからなかったがとりあえず自分の疑問を投げ掛けてみることにした。
「ここは、どこですか?」
まっすぐ、青年の目を見て質問を繰り返す。その時、突然風が吹いて加代のローブがめくれ、中の制服が露になった。
『娘、その装いは見たことがないな、他国のものか。』
青年は加代の制服を見ると何か思い当たることがあったらしく、馬をおり、加代に近づいてきた。
『娘よ、私の名はフィリエ・ラール。最近、内乱や魔物によって滅ぼされる国が増えているときく。娘も、どこかの国から逃げてきたのだろう?』
「??」
『ああ、すまない。きっと私の言葉も通じていないのだろうな。娘よ、名をなんという?』
「???」
『名だ。私はフィリエ・ラール。フィリエ・ラール。娘の名は?』
白のローブを被った青年は訳のわからない言葉を捲し立てたあと、自分を指して何度もフィリエ・ラールという言葉を繰り返した。そして、加代に指を向けて何かいっている。
これは、名前を聞かれているのだろうか。
「フィリエ・ラール?」
試しに聞こえた言葉を繰り返し青年を指差してみる。すると、青年は通じたことが嬉しかったのか、人懐こい笑顔を向けて手を差し出してきた。
握手を求められている?
「私の名前は佐久間加代。 加代。加代と呼んで下さい。」
『カヨか!』
どうやら、加代という名前は伝わったらしい。差し出された手を握ったらブンブンと勢いよく降られててがもげるかと思った。
『カヨ。私はザイール領の騎士をしている。ここで会ったのも何かの縁だ。領主様にお願いして保護してもらおう。私に着いてきなさい。』
手を握られたまま、また、何か捲し立ててフィリエは私を横抱きにすると自分が乗ってきた馬の上にするりと股がった。
びっくりして何も反応ができていない加代をよそに、フィリエは馬を走らせた。