最終話 ブサイク
「ホテルを用意してある。そこで待っていてくれ」
後日、社長に案内されたのは繁華街にある高級ホテルのスイートルームだった。俺にかかる期待がどれほど大きなものか、それを示そうとしているのだろう。
部屋のベッドにはアイマスクが置いてあった。これも社長の粋な計らいだ。
「ヒィヨッホッホぉぉおおー!!!」
俺は高まる胸の鼓動を押さえることができず、思わず雄叫びを上げてしまった。我ながらなんて勇ましい、豪快な咆哮。
昂る。滾る。猛る。漲る。溢れる。そして勃っする!!
あぁ、待ちきれない。まだなのか。このバーニングソウルをぶつけられる1000年に一人の美女は。
俺には経験が無いが、その分加減がわからない。愛しの君を壊してしまわないか、ただそれだけが心配だ。
「 」
スマホが着信を知らせるランプを灯した瞬間、俺は音よりも早く反応し、電話を取った。
「もしもしもしもし?」
「待たせたね。今彼女を連れてホテルの下までやって来た。これから部屋に向かわせるよ」
「イエス! マイ・ロード!」
いよいよだ。いよいよ、俺の人生はスタートする。
思えば、これまでは散々な道筋だった。
ブサイクな両親の元、両者の悪いところだけを抽出した煮凝りのような赤子だった俺は、生まれてすぐに「悪魔の子」として謎の祈祷師の元へと預けられた。
3歳になって親もとへ戻された直後、多額の借金を背負っていた父さんが蟹工船に乗せられてベーリング海へと旅立った。借金取りが家に押しかけた際、返済の延期を求める父さんに対して「それなら奥さんに体で払ってもらおうかグヘヘ」とお決まりの台詞を放ったヤクザが、母さんの顔面を見た途端に無言で父さんの肩を叩いたのを鮮明に覚えている。
その後も母さんは俺を一生懸命育ててくれた。だが、保育園では遠足で言った猿山に馴染み過ぎて置いて行かれ、小学校ではクラスメイトが怖がるから登校を自粛してくれとPTAで議題に上げられ、中学校では「不審者が毎日学校に出入りしている」と通報され、陰キャ街道を突き進んだ挙句に俺は17歳であっけなく死んだ。
そんな可哀想な俺が、今ようやくバラ色の人生を歩み始めようとしているのだ。どうか、どうか祝福して欲しい。
「社長の気づかい、感謝します」
俺はベッドに置かれていたアイマスクを装着した。視界が塞がれることで、期待と緊張感が倍増する。
「し、失礼します」
コンコンという控えめなノック音と共に、小原 好美のような何とも愛らしい声が耳に届いた。俺の期待値は限界をとうに超えていた。
「あ、鍵、開いてますから」
ガチャリと音がして、ゆっくりと扉の開く音がする。その向こうに確かに感じる人の気配。アイマスクをしていても、心の眼がその姿を捉えて離さなかった。
モジモジといじらしく立っている彼女。きっと緊張しているのだろう。1000年に一人のブスと言われるほどなのに、急にこんなイケメンを相手にしなければならないのだから無理はない。
「あ、あの……」
「さぁ、こっちに来て」
「はい……」
声がマジで可愛い。そのボイスで囁かれるだけで達してしまいそうだ。
「君、名前は?」
「あ、藪柑子 パイポと申します」
「パイポちゃん。ちょっと変わってるけど、とっても縁起の良さそうな名前だね……」
「あの、私なんかで本当に良いのでしょうか……生まれてこの方、会う人すべてに蔑まれ疎まれてきた私なんかで……あなたのような美しいお方には絶対に釣り合いません」
「そんなに卑屈にならなくても良いんだよ。これからは僕が君の全てを肯定してあげる」
「……あの、どうして目隠しをしているんですか?」
「それはね、君の可愛らしい声に集中したいからだよ。その声を聞くだけで、君がどれだけ美しいのかわかるからね」
「そんな、美しいだなんて……」
「あぁ、もっと近くに来ておくれ。そして、その可愛い声を耳元で囁いておくれ」
「あなたがそうおっしゃるなら……」
パイポちゃんは控えめな動きで俺の隣に腰かけた。ふんわりと甘い香りが漂う。もう辛抱たまらん!
「あっ!」
俺はパイポちゃんをベッドに押し倒した。彼女は驚いたようだが、抵抗するそぶりは見せない。
「はぁ、はぁ」
「架小川さん……」
「塁と呼んでくれ」
「……はい」
彼女は燕尾さんとは違う。俺を受け入れてくれている。
ありがとう神様。最初はあなたを疑っていたけど、今では感謝しかありません。こんなにも素晴らしい世界があったなんて、生まれてきて良かった。今、心からそう思います。
「あの、目隠しは取らないんですか?」
「ん、あぁ。そうだったね」
もはやパイポちゃんの愛らしさは確定事項であるとはいえ、さすがに事に至るにあたってアイマスクをしたままでは失礼だ。きっと彼女も初めてだろうし。
「それじゃあ、外すね」
「はい……」
ゆっくりとアイマスクを外し、視界が光を取り戻す。焦点が合うまでに少しの時間を要したが、やがてパイポちゃんの姿がハッキリと俺の目に写り込んできた。
「ぶっっっっっっっっっ!!!!」
そこには、正真正銘1000年に一人のブスがいた。