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7話 ブサイク、煌めく

 昨日は失敗した。だが、それをいつまでも引き摺ってはいけない。俺はポジティブなのだ。そうでなければ、この可哀想な顔面でここまで生き抜いては来れなかった。


「別に可愛い女の子は燕尾さんだけじゃねーし」


 そうだ。今の俺は誰もが羨むイケメンになったのだから、別に燕尾さんにこだわる必要は無い。彼女は確かに優しい天使のような子だったが、それは元居た世界での話。

 こちらの燕尾さんは、顔は変わっていないが中身が違う。天使じゃない。考えてみれば、善意で家を訪れた俺に対してあの言い草はあんまりじゃないか? 何だかムカムカしてきた。


 こうなったら、俺は俺の強みを最大限に活かして人生を謳歌してやる。


「母さん、俺に言ったよね。俺ならモデルやアイドルでもトップになれるって」


 用意された朝食のトーストに齧りつきながら、俺は母さんに問いかけた。


「あら、昨日はあんなに嫌そうだったのに。気が変わったのかしら? でもそうね、塁ならトップになれる。それは間違いないわ。長年イケメンタレントの追っかけしてきた母さんが言うんだから、信用してくれていいわよ」


 昨日は半信半疑、いや、零信十疑だったが、学校での反応や電車での視線を鑑みても嘘じゃなさそうだ。ドッキリという線も無いだろう。こんな風に街中を、家族まで巻き込んで俺を嵌める意味が無い。


「だったら、やってやる」


「やだ、塁ったら遂にやる気になったのね! デビューが決まったら母さんも社交場へ連れて行ってね!」


 中世でもあるまいに、社交場なんてものがあるのかどうか知らないが、もしあるのなら連れて行ってあげてもいいだろう。前の世界じゃ親孝行した記憶なんて無いし。


「今日の学校が終わったら、芸能事務所に売り込みに行ってみるよ」


「塁なら絶対大丈夫! 向こうからどうか来てくださいって頭を下げて来るに決まってるわ!」


 一日中チヤホヤされる授業を終えて、俺は地元にある芸能事務所の支社へと向かった。扉を叩いたのは「ラ・ムーズ」という事務所。母さんはジェニーズを激推ししてきたが、アイドルでは女性関係にケチがついた時に面倒くさいことになりそうだし、俳優では超絶ブスとのラブシーンをセッティングされる悪夢が待っているかもしれない。

 だから俺は、多数のイケメンモデルを擁するラ・ムーズを選んだ。


「ここが事務所のある建物……思ったより普通のオフィスビルだな」


 エレベーターで総合受付がある4階へ上がり、スモークガラスの自動扉を抜けると、受付に座った普通にブスなお姉さんと目が合った。

 ()姉さんは最初こそ会釈をしようとする素振りを見せたが、俺の顔を見るなりその態度は一変。慌てた様子で受付テーブルに置いてあった何かのボタンを強打した。


「緊急事態発生。緊急事態発生。第一区画から第三区画までの隔壁を閉鎖します。職員は第一種戦闘配備。伏亜(ふしあ)代表は受付へ急行してください」


 ボタンが押されると同時に、けたたましい警報と共に大音量の放送が流れ始めた。


「な、何事!?」


 突然の出来事に戸惑っていると、先ほど通り抜けた自動扉の上から鉄製のシャッターが高速で降りてきた。ガシャン、と大きな音を立てて退路を塞ぐ。

 一体何が起きている? Godzilla(ガッズィーラ)でも現れたのか?


 いつの間にか汚姉さんの姿は消えていた。それに気づいた直後、受付前の床が円形に開き、下から椅子に座ったオッサンがテーブルごとせり上がってきた。


「驚かせてしまったようだね」


 硬直する俺の姿を見て、髭面のそこそこかっこいいオッサンはそう言った。俺から見てかっこいいと思えるということは、この世界ではブサイク扱いのはずだが。


「こ、これは一体……」


「私は伏亜(ふしあ) ナジャン。インド人の母親と日本人の父親を持つハーフで、この会社の社長だ。安心してくれたまえ。君に危害を加えるつもりは一切無い。ただ、君という逸材を逃したくなくてね。少々過剰な演出だったかもしれないが、許して欲しい」


 過剰な演出と言うか、完全にロボットアニメの世界観だった。オッサンが床からにょきにょき生えてきた時には「エヴァに乗れ。嫌なら帰れ」と言われるかと思ってすこし期待したけれど。


「えっと、何ですって?」


「君という逸材を逃したくない、そう言ったのだ」


「は、はぁ」


「実は受付に座っていたのは私の秘書でね。彼女が考える『最高のイケメン』が来た際には、迷わず緊急事態ボタンを押すように伝えてあったのさ」


 やっていることは滅茶苦茶だが、こちらとしては都合が良い。要は、向こうからしても俺は喉から手が出るほど欲しい人材であると言うわけだ。それなら話は早い。


「あの、今日は自分をモデルとして使って欲しくて売り込みに来たんですけど……」


「売り込み? そんな必要は無いさ。君なら今すぐにでも契約可能だ。制服ということは未成年だね? 何、問題無い。親御さんの説得は任せたまえ」


「あ、親の了承はもう取れてます」


「それは素晴らしい。では、早速この書類にサインを」


 オッサンはデスクから契約書を取り出した。ここにサインをすれば、俺の華々しいモデル人生がスタートする。だが、今日の真の目的はそれではない。


「ありがとうございます。ただ、契約の前にこちらから一つ条件を出させていただいてもよろしいでしょうか。新人の身で勝手なことを言っているのは重々承知なのですが」


「かまわないとも。君が望むなら、全力でそれに応えよう。それで君がウチに来てくれるなら安いものさ」


「……実は僕、極度のブス専なんです」


「आप क्या कहेंगे?」


「え?」


「あぁ、すまない。つい母国語が……で、何だって?」


「はい。僕はブス専なんです。それもチョイブスとかじゃ一切満足できない、極度のブス専です」


「は、はぁ……それは難儀するね。で、それが条件とどんな関係があるんだい?」


「はい。きっとモデルの仕事を始めたら、僕がブスな女性と出会う機会は激減すると思うのです。普通の生活をしていれば出会えるようなブスも、モデルというキレイどころが集まる職場ではまずお目にかかれないでしょう」


「まぁ、確かにそうかもしれない。モデルたちはもとより、メイクやスタイリストも皆見た目には気を使っている。ブスだと感じるスタッフはほとんどいないね」


「そうでしょう? ですから、僕から出す条件はひとつ。僕に、超絶ブスのカキタレを紹介してください。ちょっとやそっとじゃきかない、超ド級の、この世の終わりのようなブスを」


「この世の終わりのようなブス……」


「えぇ、The ブス end of the worldです」


「……わかった。善処しよう。それに、そこまでのブスなら一人だけ心当たりがある」


「本当ですか!?」


「あぁ、1000年に一人のブスと言われる女性だ。きっと君のお眼鏡にもかなうことだろう」


 勝った! 1000年に一人のブスだって? これは、俺基準で言えばどれほどの美女がやってくるのだろうか。やっぱりハシカンか? ガッキーか? それともバッサーか?

 いずれにしても、燕尾さんなんか目じゃないくらいの美女に違いない。


「でゅふぅ」


 思わず涎が零れ落ちそうになるのを何とか堪え、俺はオッサンこと伏亜社長と熱い握手を交わした。

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