2話 ブサイク、大地に立つ
「塁~、早く起きないと遅刻するわよー」
「……ん、あぁ……くそ、何て夢だ」
母さんに起こされ、俺は自宅のベッドで目を覚ました。見知らぬ天井、ではない。見慣れたいつものシーリングライトが当たり前にそこにある。そりゃそうだ。異世界転生なんて、そんな都合の良い話がそうそうあるはず無いじゃないか。
まぁ、あったとしてもあの感じはやばそうだったから、やるならやるでもっとわかりやすくチートな設定を盛ってもらって……
「……待てよ」
一体どこからが夢だったんだ? 体には何の異常も見当たらない。殺人用水路に落下したと思っていたが、どうやらその様子は無さそうだ。照男に呼び出されたのも夢? 奈央ぼうボイスが誘う眠気に抗えず寝落ちしてしまったのだろうか。そうだとしたら、命令をすっぽかしたことを照男に何と言われるか……
「セーフ!」
慌ててスマホをチェックしてみるが、新着のLINEは無し。もし照男の命令が現実なら、いつまで経ってもアイスを買ってこないことへ追撃のメッセージが来ているはずだ。それが無いということは、あのLINE自体夢だったのだろう。
現に、LINEのタイムラインにはそんなやり取りは残されていなかった。
「塁~、まだ起きないのー?」
「もう起きてるよ、今下に行く」
しかし、何だって今日の母さんはこんなにも世話を焼きたがるのか。いつもなら俺が遅刻しようが何しようが、特に気にする素振りも見せないくせに。
「……ん?」
布団から這い出て一階のダイニングに向かおうとしたとき、何やら違和感を覚えた。何だか、部屋がいつもより綺麗……なような。まぁ、気のせいだろう。
部屋に置いたゲーム用の60インチディスプレイには、いつもと変わらないブサイク面が映し出されている。自分の顔を見るのは気が滅入るから鏡は置かないようにしていたのに、今日はいつもの顔を見て少しほっとした自分がいることに気がついた。
「……」
だが、部屋を出ても違和感は消えない。ここは確かに俺の家だ。でも、何かが違う気がする。階段のところにあんな高そうな絵飾ってあったっけ?
「おはよう、塁。やだ、ひどい寝癖。せっかくの男前が台無しじゃない」
「……は?」
ダイニングで顔を合わせた母さんは、開口一番わけの分からない事を口走った。
誰が男前だって? 一体何の冗談だ。自慢じゃないが、俺の顔面は「何でお前の顔は常に中割りカットなの?」となじられる程度には作画崩壊を起こしている。ある意味躍動感は抜群だ。
陰キャ街道を迷うことなく突き進めるのも、3歳の時点で既に自分がブサイクなのだと自覚させたこの顔面のおかげだこんちくしょう。そのブサイク加減はクラス1、否、町内1、否、もう世界的に見てもトップクラスいけるんじゃないだろうか。
本当に、よく17歳まで自殺もせずに生き永らえたもんだと自分で自分を褒めてあげたいくらいだ。
そんな顔面グロ画像の俺に対して、事もあろうに製造責任者である母さんが「男前」とのたまっただと? 冗談でも許せる話ではない。怒りがふつふつと湧き上がって来るのを感じた。
「それでは、大人気イケメングループ『01DASH』による、スペシャルライブ。地上波初披露となる新曲です!」
そんな俺の怒りを逆撫でするように、朝の情報番組がイケメングループなんぞを出演させているらしい。画面に目を向ける気さえ失せる。それにしても、大人気という割には聞いたことの無いグループ名だ。またメディアのゴリ押しか?
「あら、01DASHじゃない。やっぱりかっこいいわねぇ。まぁ、塁ほどじゃないけど」
さすがに今日の母さんは度が過ぎている。そんな薄っぺらい世辞が愚息の慰めになると思っているのなら、暴力を用いてでもその考えを改めさせなければなるまい。
「母さん……」
「塁もモデルとかアイドルとか、そういうオーディション受けてみればいいのに。絶対トップになれるわ」
「母さんッ!」
苛立ちにまかせて右手でテーブルを思い切り叩く。衝撃で卓上の牛乳がこぼれてしまった。勢いでおしっこもちょっと漏れた。慣れないことはするもんじゃない。だが、これは母さんが悪いのだ。
子供を褒めて伸ばすと言うのは効果的な教育方法なのかもしれないが、あからさまに嘘とわかる言葉を投げかければ、それが生み出すのは怒りと失望だけ。これは俺が顔面だけでなく性格まで歪んでいるから、という訳ではあるまい。
「モデル? アイドル? 俺がか? そんなの無理に決まってるだろ!」
「ど、どうしたの? そんなに怒ってまで謙遜しなくても……」
「こんな顔で……顔だけじゃない。足も短いし顔もデカい身長161cm 74kgのモデルがどこにいるってんだ!」
「何を言ってるの。足が短いのも顔が大きいのも、全部モデルに必要なことじゃない。それに、男の子で身長が160cm前半なんて最高じゃない! しいて言えば、もうちょっと太っていれば文句のつけようが無くなると思うわ」
「母さんこそ……」
何を言ってるんだ。そう言おうとしたとき、ふとテレビの画面が視界に入った。
そしてそこには、信じられないものが映し出されていた。
「ぶっさ!!!!」
放送事故レベルのブサイク集団がそこにはいた。
先ほど大人気イケメングループとして紹介されていた01DASHとかいうグループ。のはずなのだが……
肌は月面を思わせるクレーターまみれで黄土色。目と眉はミミズとゲジゲジにしか見えない。唇は薄紫で奇妙なほどに分厚く、鼻はワラジムシが張り付いたような酷い有様だ。
しかもどのメンバーもハゲでデブ。俺が言うのもなんだが、見るに堪えないレベルだ。
「あら、塁から見ればさすがの01DASHもそう見えるのね。それにしても、やっぱり彼らも整形なのかしら。みんな最近流行りの顔だもの。それともメイクの力かしら。何にせよ、天然美形の塁には及ばないわね」
もはや母さんの戯言が耳に入ってこない。よく見ればアナウンサーも酷い顔だ。あんな能面みたいなブサイクな女子アナいる?
「か、母さん」
「どうしたの?」
「母さんから見て、あのグループはかっこいいと思うの……?」
「そうねぇ、私も長年色々なアイドルやイケメン俳優を追っかけて来たけど、歴代で5本の指に入るわね。整形だったら残念だけど、それを差し引いても綺麗な顔してるわ。塁のクラスの女子もみんな好きでしょ?」
いやいやいやいや、こんなグループ見たことも聞いたこともない。さすがにこんな魑魅魍魎がテレビの画面で跋扈していたら、話題にならないなんてことは無いだろう。
なんだ? 今日はエイプリルフールだったか?
「……そうだ!」
俺はスマホで53ちゃんねるを開いた。こんな即除霊が必要なレベルのグループが朝からお茶の間を席巻していたら、お祭り状態になっているに違いない。
「さすがに01DASHはイケメンだわ。認めざるを得ない」
「01DASHになら掘られてもいい。むしろ掘られたい」
「でもあいつら整形だろ」
「嫉妬乙。整形だろうがかっこよけりゃいいんだよ」
「やっぱりタカシが一番かっこいいわ」
「は? ヒロシ以外ありえないし」
何だ。何なんだこれは。
どれがタカシだかヒロシだか知らないが、知りたくもないが、少なくとも奴らの顔面を否定するコメントはほとんど見当たらない。あったとしても、それは嫉妬から来るやっかみコメントだと一蹴されている。つまり53ちゃん民も、このクリーチャーどもが「かっこいい」と認識しているのだ。
「っつーか、こいつら声までブスだな!」
ドブのような声で甘いラブソングを歌われては朝から気分が滅入る。
「……母さん」
「どうしたの? 今日の塁、何だか変よ。体調が悪いなら学校に欠席の連絡をするけど」
「母さんは、俺の顔のことどう思ってるの?」
「どうって、いつも言ってるじゃない。塁は当代きっての男前、これ以上ない自慢の息子だわ」