1話 ブサイク、死す
気が付いた時、俺の眼前には神様がいた。
「架小川 塁。お気の毒ですが、あなたは死んでしまいました」
男とも女ともわからない声色をもつ神様は、状況を飲み込めない俺に向かって無慈悲に言い放つ。
ちなみに何故相手が神様だとわかるのかと言えば、「神様」と書かれたタスキを掛けていたからだ。馬鹿げた装いだが、妙に説得力を感じさせたのは神通力というやつのせいなのかもしれない。
記憶を辿り、あの夜のことを思い出してみる。
あぁ、あのまま俺は死んでしまったのか。
深夜1時ごろ、俺はそろそろ寝ようとベッドに潜り込んで、睡眠導入用のボイスCD「いっしょに寝るの!(estate notturno) 狭間菜月 (CV/東山奈央)」を聞き耽っていた。
「やっぱり奈央ぼうは最高だぜ!」
そんな至福のひと時、スマホが邪悪なるLINEを受信する。
「アイス買ってこい。3分以内な」
送り主は壱岐 照男。同じ高校のクラスメイトだ。クラスメイトと言うと友人のように聞こえるが、もちろんそんな良いものではない。俺たちの関係は主従関係、要するに俺は照男のパシリである。
俺は照男に逆らえない。高校にはまともに話せる友人などおらず、普段声を掛けてくれるのが照男ぐらいしかいないからだ。
それがどんなに醜悪で歪な繋がりであろうとも、俺は一人になることを選べるほど強くなかった。だからそれは、俺にとっての処世術。まぁ、ただ単に怖かったのだ。
照男の命令に従ってコンビニにアイスを買いに行く途中、迂闊にも自転車の操作を誤り、地元で有名な殺人用水路に落下した。そしてそのまま死んでしまったらしい。
「あなたはまだ死ぬ運命ではなかったのですが、こちらの手違いで命を落としてしまいました」
このやり取り、一体何番煎じなのだろう。だがそんな風に呆れるよりも、俺の心は大いなる期待に包まれていた。
なぜならそう、この流れはズバリ、異世界転生へのテンプレ導入ではないか!
「あなたが死んでしまったのはこちらの不手際ですので、今回は特別措置を適応したいと思います。死者を蘇らせることはできませんが、あなたには別の世界での新たな生を与えましょう」
きたきたきたきた! それを待っていた! だが、ここで焦ってはいけない。俺は数多のラノベ、そしてネット小説を読み込んできた。だから、ここでどう振舞うべきかを熟知している。
「不手際、ですか……まだまだやりたいことがあったのに、そんな理由で終わりにされてしまうなんて……あんまりです! あまりに酷い!」
嘘である。自分でも驚くほどの迫真の演技。はっきり言って、これまでの人生に未練などまったく無い。どうせ誰かの顔色を窺いながら生きる退屈な人生だ。憧れた剣と魔法の世界で生きられるのなら、今すぐにでも連れて行って欲しいくらいだ。
だが、ただ転生するだけでは意味が無い。何の能力も無いままの自分では、今までと同じように退屈でつまらない人生を送ることになるだろう。だからこそ、この場で交渉して、チート能力を授からなければならないのだ。それさえできれば、夢にまで見た異世界美少女とのハーレムが現実に……!
「確かに、あなたの言うことは一理あります。それでは、何か望みはありますか? 先ほども言ったように、元居た世界に蘇ることはできませんが……」
「……どうしても元の世界に戻れないと言うなら、せめて次の世界で生きるために役に立つ、強力な力を授けてください!」
「強力な力、ですか」
「そうです。俺は現世で叶えたい夢があったのに、それを実現するための努力さえもうできなくなってしまいました。それなら、せめて次の世界でアドバンテージを頂いても良いのではないですか?」
「なるほど」
ちょろい。この神様、だいぶちょろいぞ。何か腰も低いし。コンビニの新人店員みたいじゃないか。あと一押しすればいけそうだ。
「俺の死に少しでも責任を感じているなら、どうか願いを叶えてください! お願いします!」
「……わかりました」
やった! やっぱりちょろかった! それじゃあ後はどんな能力をもらうか考えないと……
「それでは、生前のあなたが最も欲していた特性を授けましょう。新しい世界でも大いに役立つはずです」
「え? ちょ、ちょっと待ってください。特性? 能力じゃなくて? それってどんな……」
「すみません。私も次のアポがありますので。それでは、頑張ってくださいね」
急にドライにならないでくれ! もっとこう、吟味したうえで決めたいのに! せめてどんな特性なのか教えてくれ!
「ゲート・オープン!!」
神様がそう唱えると、俺の背後にどす黒い渦が出現した。なんとも禍々しい。いや、どう見てもヤバい。素人目で見てもわかる。誰にでもわかる。
「あ、そーれ吸引!」
吸引!? 何それ! あ、体がどんどん吸い込まれていく! 嫌だ、これ絶対にダメなやつ! 何でもいい、何かにしがみつけ! ……でもここ何も無え!
「ちょ、ちょま、ちょま、ちょまーーーーッ!!!」
「頑張ってくださいねー」
神様が能天気に手を振る中、俺は抵抗虚しくバンタブラックよりも遥かに黒い渦の中に飲み込まれた。