第93話 恩に報うは想いに非ず
――数刻前。
「リアッ!! しっかり、今ハルを呼んでくるから! 息をして!! お願いッ!!」
「ダメだ……ハルが来るまでは持たないだろ、リアは諦めろ。それよりアサメ、お前の傷も酷い」
「いいの! 私なんかどうでもいいの! リアが!!」
アサメは今、瀕死のリアを抱きかかえていた。小柄な体型で必死に身体を支え、今にも逝ってしまいそうなリアを揺さぶる。
危機に瀕しているリアの髪は最早元の濃い桜色ではなく、赤黒く血と泥で汚れ切っていた。顔も切り傷だらけになり、端整な顔立ちを曇らせている。
「リアッ!! リアッ!! お願い!! 起きて!!」
腹部からは多量の血が滲み、薄く淡い桃色のドレスは真っ赤に染まり上がっていた。
「治癒のリアが倒れるとなるといよいよマズい」
「カエノはなんでそんなに冷静なの」
「冷静な訳がないだろ! リユー! お前もオロオロしてないでハル達を探してこい!」
「う、うん分かった」
リユーはカエノに言われるがままその場を離れた。別行動しているハルとヨルナの二人組は何処かにいる筈である。
リユーは走りながら必死に周囲を見渡す。しかし、頭上より黒い影が迫る。彼の注意は何処かにいる二人の存在。上空を探す事はしないだろう、その為反応が遅れたリユーは、そのままディスガストに踏み潰されてしまう。激しい衝撃と轟音がカエノ達にまで届いた。
衝撃の方向を確認したカエノ達に、凄愴たる姿で横たわるリユーの姿が飛び込んで来た。
「リユーーーッ!!!」
まだ年端も行かない少年は呆気も無く命の灯を吹き消された。
「なんでだ……みんな、死んでいく……」
既に事切れているリアを静かに座り抱きかかえ、アサメは只々俯きすすり泣くばかり。
「カエノッ! ここに居たの!」
「ヨルナッ! 無事か!? ハルはどうしたッ!?」
カエノの叫び声で居場所が分かったのか、ヨルナが息も絶え絶えに走り寄って来た。
「ハルは……」
俯き首を横に振るヒナはそれ以上言葉が出なかった。
「ち……っきしょおおおおおおおおおおおおおおおお! 全てブラキニアだ、ブラキニアの所為だ! リアも! リユーもハルも死んじまった! 許さねええええ!」
カエノの目は血走っていた。悲嘆の叫びはアサメとヨルナの身体を震えさせた。徐に腰の長剣を抜いたカエノは、一人怪物へ向きを変える。
「カエノ待って! 貴方一人じゃ!」
ヨルナの制止も聞かず、一人砂煙に消えていくカエノだった。
「ねえヨルナ、アサメ達どうしたらいんだろ」
「……」
倒壊した建物の瓦礫に座り込む二人。辺りは焦げ臭さだけが漂い、少女達の鼻と思考は麻痺していく。砂煙が舞い、血や汗でドロドロになった顔は砂まみれに。遠ざかっていく地鳴りとカエノの姿に、二人は暗礁に乗り上げる思いだった……。
その頃リムは、気を失ったままのドームを小柄な身体でやっとの思いで担ぎ歩いていた。既に道ともならない瓦礫が散乱した地面に注意を払いながら、右へ左へと小刻みに揺らしながら歩き進む。
「ヨッ、ホッ。ったくお前、重たいんだよー」
肩からズレ落ちるドームの腕を何度も直し、ヨタヨタと足を前に出す。額には汗が吹き出し、顎からは滴り落ちる。歩いてきた道筋にはその跡は残らない。全て渇いていく。それほどまでに乾燥した状態で砂塵が舞う。顔には砂がへばり付き、汗を拭う腕ですらじゃりじゃりと音を立てそうな程だ。
「こんなッ、所でへばっうぉっとっと。へばってんじゃねえぞ。お前の……妹がやられてもいいのかよっと」
(なんでオレはこんなにしんどい思いをしてるんだろ……ただ世界を見て歩きたいってだけだった筈なのに)
そう、まさかこの様な凄惨な戦場に巻き込まれるなんて思いもしなかった。気付けば重症のドームを抱え、泥だらけの顔になりながら道無き道をひた歩く。
「秘めてるとか言われても、こんな酷い内戦を止めれる程屈強でもなんでも無いっての……ってか内戦って言うより殆どあのデカブツが原因じゃねえか!! っとっと、さっきから地響きとかも凄いしよぉ」
不満をぶちまけた身体は態勢を崩し、ドームを摺り落としてしまう。
「うわっとっと。まあ、こうなっちまったもんは仕方無いしなぁ。はあ、こんな調子じゃオレの活躍が間に合わねえじゃねえか……ん? あれは」
ドサリと横たわるドームの横で一息付いたリムが目にしたのは、蹲るアサメとヨルナの姿だった。
「おーいお前! アサメだっけか、確か反乱軍だよな! こんな所でどうし……」
心強い運搬の味方を見つけたと思い、急に力が出て来たリムは二人に走り寄った。しかし、明るく声を掛けたのも束の間。少女達の前には無残な姿で横たわる二人の仏。
とても声を掛けられる雰囲気では無かったが、そうもしていられない状況。一刻も早くミル達の元へと辿り着かなかければならない。
「お、おい。どうしたんだ。この二人は確か……ドームを直してくれた姉ちゃんと……」
「……」
アサメもヨルナもまるで抜け殻の様に反応が無い。勿論リムはすぐに察した。大方、黒軍兵にやられ反乱が失敗したのだろう、と。
「そうか……で、何も出来ないからここで蹲ってるって訳か」
「……」
その言い方は流石に酷であろう。しかし、リムは躊躇う事無く続けた。
「カエノはどうした。他にも仲間が居るんじゃないのか?」
「……」
「はぁ……悪いな。オレは先を急ぐぜ」
「なんで……」
「ん? なんか言ったか?」
リムは深い溜息を付き、ドームの元へと戻ろうとした時だった。背中からヨルナの怒鳴る声が被さって来た。
「なんで、なんでアンタはッ!!」
「なんでって何がだよ」
「この状況を見て分からないの!? 死んでるんだよ! リアもリユーも!」
「見りゃ分かるよ。だからどうしろってんだよ。オレは死者を蘇らせる事なんかできねえぞ」
「何も、何もそんな言い方しなくてもいいじゃない! 死んだ仲間は戻らない、そんな事私にも分かってる! だからって……だからって!!」
「だから慰めの言葉の一つでも掛けてくれってか?」
リムはゆっくりとヨルナへ近寄り、勢い良く胸倉を掴み上げた。
「慰めて何になる。元気が出るか? 勇気が出るのか? 知り合ってたかだか数回顔を合わせただけの人間に慰められて満足か? それにお前とは初対面だよな? オレなら逆に腹が立つね」
「簡単に言わないでッ!」
掴まれた胸倉を振り解き、顔を歪ませながらリムを睨みつける。
「アンタに何が分かるのよ! 仲間が死んで、悲しんで何が悪いのよ!」
「分かって欲しいのか? オレにお前等の間柄を? おーけーおーけーじゃあオレの事も分かってくれるか?」
「な、なによいきなり」
「今後ろで倒れてんのはオレの命の恩人みたいなもんなんだけどな? アイツは家族を故郷ごと焼き払われてんのよね。んでアイツの妹はその仇の為に、今ザハルと戦ってんのよ」
「……だから何よ」
リムは人差し指をヨルナに差し、待ってましたという表情で続けた。
「そうそれ! だから何よって話だよなー。そりゃそうよな、会って間もない奴らの事情なんて汲める状況じゃ無いもんなー」
「でもそれとこれとは状況が違う!」
「……死んでんだよ」
「……え?」
急に静かになったリムに戸惑いを隠せないヨルナ。
「オレの命の恩人の、自身の命と等しいとも言える存在が死んでんだよ。だからアイツ等は復讐って名だが立ち向かおうとしてんだ。どういう事か分かるか?」
「わ、分かる訳無いでしょ」
「オレの命の恩人が命を掛けて立ち向かおうとしてんならオレも協力するのが当たり前じゃない? お前は何? その死んだ姉ちゃんはお前に何かしたの?」
「アサメの、アサメの傷を治してくれた」
「ふーん。んでその結果、報おうという行動が悲しみに耽る、と。安いね、その傷。命を落としてしまったけど傷を癒した礼は憐みを貰うだけ。救われねえな」
「酷いッ! そんな言い方しなくてもいいじゃない!」
「酷ぇのはお前等だろうがッ!! 恩も何もあったもんじゃ無ぇよ! ただ言葉を尽くせば満足なのか? 気持ちだけしっかり持ってれば良いってか? ふっざけんじゃねえよ! オレはそういうのが大っ嫌いなんだよ! その程度で反乱の意思が削がれてしまう。目の前で何かできる事があるのにやらねえ、やろうとしねえ、考えようともしねえ。そんな甘い考えで一国を落とそうだって? そんなヘタレにザハルが負ける訳がねえだろうがッ!!!」
ヨルナは身体が強張って何も言えなかった。図星である。只々悲愴感に浸り、亡骸を眺め、途方に暮れていただけだ。
「カエノは一緒にいた筈だろ? どうせここに居ないって事は怒りに任せて突っ込んでいったんだろうよ」
「……うん」
「アイツの方がよっぽどマシじゃねえか。悪いな、オレも時間が惜しいんだ。早くミル達に追いつかねえと」
リムは捨て台詞と共にドームを再び背負い上げ、ゆっくりと北へと進んでいった。
「……どうせ、アンタは周りに死んだ人がいないからでしょ!」
「周りが死なないと動けねぇんなら死んでも動けねぇだろうよ」
背中から聞こえる叫びにリムは振り向く事も無く足を動かした。その言葉を聞いたヨルナは、呆然と立ち尽くしその場で泣き崩れたのだった。




