第89話 戦いの目的
「しゃあああらああああああ!!」
ザハルは勢い良く両刃斧を振り回す。時折斬撃を加えつつ縦横無尽に駆け回り、振り下ろされるディスガストの腕を寸での所で躱し続けた。
「遅え、遅えぜ! 所詮デカブツの攻撃なんざオレには当たらねえ!!」
勢い良く飛び込み斬撃を繰り出す。そのまま倒壊した建物を踏み台にし右へ左へと飛び躱した。実の所、戦闘経験でいえばミルを越えている。ミルは所詮凡庸な兵士相手が殆ど。しかしザハルは、色操士相手の戦闘も数多く経験しており、未知の色力に対しての判断能力は他の追従を許さない程洗練されていた。
「お前が何を使って来ようがオレには――」
「グオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!!」
ディスガストは力だけでの攻撃が当たらないと察し、尾撃による多角的攻撃を仕掛けて来た。だがそれもザハルにとっては計算済み。巨大な図体の弱点、それは足元だった。既に右腕を切られているディスガストは、尾と左腕のみの攻撃。隙だらけとはこの事である。尾を振り回す際に足を踏み込み、左腕を振り下ろすときに足を踏み込み、ディスガストは攻撃する際の重心を移動させる為の足運びが精一杯だった。
「お前……が! 何……をッ!! してこよう……とッ!! オレに……はッ!! 効かねえええ!!」
避けながら、一言一句気合を入れつつ斬撃を繰り出すザハルは余裕の表情だった。ディスガストは成す術が無く咆哮と共に地へと伏した。
「ジンの娘、お前の嫌うモノはなんだ。父を殺した兵士か? その兵士が仕えるこの国か? それともそれを治めるオレ達ブラキニア一族か? いずれにしてもただの嫌悪だけで復讐が果たせる程世の中は甘く無えんだ」
ザハルは瓦礫へと下がったミルとタータの姿を見つめ、更に右拳を強く握る。
「人が殺され、友が殺され、家族が殺され……それがなんだッ!! それでもオレは国の中心に立ってなきゃいけねえんだ! 死んだなんだと心が揺らぐ程度の奴らにオレが負ける訳がねえんだよッ!!」
「だけど、絶大な力の前では虚勢……」
「誰だッ!!」
気付けばザハルの上空に深紫色に淀んだ空間が漂っている。気怠さと嫌気がこちらにまで伝染してきそうな、そんなやる気の無さが伺える少女の声だった。
「所詮出来損ない……」
「ああん? 何が出来損ないだって!?」
「ちょっと五月蝿い……」
まるで泥沼から突き出してくる小枝の様に、淀んだ空間の中から細く白い右腕がヌーっと現れる。その手に持たれていた物はなんとも禍々しい様相の槍であった。先端には毒液とも思える様なヘドロが纏わり付きポタリポタリと滴り落ちていた。
「憎悪の矛先……」
「な、なんだあの槍はッ!?」
「私は使わない……」
気怠い声の主は、手に持ったその禍々しい槍を地面に向けたまま離した。
ザハルは上空から落ちて来る槍を受け止めようとしたが、斧に接触する寸前に何かの勘が働き即座に飛び退く。
地面へと突き刺さったと思われたその槍だったが、何処にもその存在を確認できずにいたザハルの表情が急に険しくなる。
「クッ、こいつはマズいな。アイツが言ってた通り来ていたか、八基感情のファースト・≪憎悪のヘイト≫……」
「外れた……」
「おい! ヘイトだな!? 何故オレを攻撃する!!」
「攻撃してない……落としただけ……」
「はあ!? なに訳の分からねえ事言ってんだ。どう考えてもオレを狙っただろうが! お前らはブラキニアに不干渉を約束していた筈じゃねえのか!」
「感情昇華した仲間を見に来ただけ。でも出来損ない……」
「チッ、会話にならねえ。今の状態じゃ八基感情二体を相手取るには少々不利だな。アルの奴はまだか? 持久戦をするつもりはねえんだぞ」
淀んだ空間、ヘイトの真下を避ける様に距離を取るザハルは瓦礫の山へと避難する。すると足元から細い声が聞こえてきた。
「ザハ……ル様、たす……けて……」
「ッ!? チッ! こんな所にも埋もれていたか。待ってろ、直ぐ出してやる」
即座に黒軍兵であると分かったザハルは、瓦礫を勢い良く取り除き始めた。尖った木片や硝子片、持つに適した形を成していない物ばかり。しかしザハルはディスガストやヘイトの動向を気にする事も無く、ひたすらに取り除く。手は切り裂かれボロボロになっても手を止めなかった。
「分からない……危険を顧みずに何故助けようと。分からない……」
未だ淀んだ空間から姿を現さないヘイトは、ただザハルの行動を見守る様に上空に漂い続けていた。
――――反乱軍 カエノサイド。
「アサメ! リア達は無事なのか!?」
「そんなの知る訳無いじゃん。これだけ混乱してるし伝令係も見当たらない。それよりもハル達が心配!」
「ああ、分かってるさ! 急ぐぞ!」
カエノとアサメは急ぎ、壊滅的ダメージを受けたノースへと向かっていた。
一方、リア達はドームの肩を抱き、ノースへとゆっくりと進むリム達と合流していた。
「あ、貴方はホワイティアから来られた……」
「ああ、良い所に来たよ。治療薬か何か持ってない? ちょっと仲間が重症でね」
リアは下肢に酷い火傷を負ったドームを見て驚く。爛れた衣服と皮膚。見るからに酷い状態だった。
「リユー? ちょっと待っててくれる? この人を治療します」
「う、うん」
「お? ピンク髪の姉ちゃん、治せるのか!?」
「ええ、私は治癒色操士です。お任せ下さい」
「助かった! まだ戦闘が続いている。贅沢は言ってられないんだけど、できれば完治させられるかな」
「……分かりました。その方を地面に寝かせて下さい」
リムは意識が昏倒しているドームを地面へと寝かせ、心配そうに後退りする。
「……では」
リアは胸の前で手を組み祈る様に呟き始めた。
「蕾より咲きし花よ。我が色力を根とし、かの者へ安らぎと生命の色を与えん。咲き乱れよ、満開ッ!!」
勢い良く広げられた両手から多量の花弁が舞い、辺り一面に桜の香りが漂う。舞い落ちる花びらはドームの身体を包み込みしっかりと張り付いている。
「ほええ! こりゃすげえ! 桜か。綺麗だなぁ」
「リア姉ちゃんはタイラーって桜が沢山ある国の出身なんだってさ」
「ほえーそうなのかー知らないけどな!」
リムはリユーの頭をくしゃりと撫でた。
「はあ、はあ。少しの時間は掛かりますが、これでこの方は良くなるでしょう」
「サンキュー! 助かったよ! それにしても大丈夫か? だいぶ息が上がってるけど」
「問題ありません。それでは私達は先を急ぎます。行くわよリユー」
「あ、ああ」
そういって返事も待たずに二人はノースへと向けて走って行ったのだった。
「なぁドーム。なんでこんな事になってんだろうな……」
リムは地面で寝込むドームを横目に、煙が漂う北を見つめていた。




