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第87話 疎外

「ノン、いるかー寝てるよなー」

「んんん……」


 勿論、こんな夜では流石に子どもは眠りについている。ノンも例外ではない。


「こいつ、お揃いのリストバンドを付けやがって。可愛い奴だな」

「お前と同じ布製の」

「ああ」


 ノンは左手首に巻いている薄汚れた布製のリストバンドをしっかり握り締めながら眠りに付いていた。ジンも同様に左手首に付けたリストバンドを見つめ、優しく微笑む。


「お前の家族は覚えた。もう戻るぞ」

「え!? これだけの為に!? 折角だから話をしてやってくれよ」

「いやいいんだ、確かめたかっただけだ。お前等を」

「……?」

「行くぞ……」


 ザハルは、ジンの娘の寝顔を確認すると静かに小屋を後にする。ジンは寂しい表情を浮かべ、惜しみながらも小屋を出ようとした。その時、鉄の装飾を施した軽装備の擦れる音にノンが反応する。


「ん……お父さん」

「あ、起こしちまったな。ノン、見てみろ。お父さん兵士になれたんだぞ」

「うん、頑張ってね……気を付けてね……」


 ジンは左手首のリストバンドを見せつける様にガッツポーズをし、にこやかに笑ってみせる。しかしノンは、まだ寝ぼけ眼で父の姿を見た後に再び眠りに付いた。


「フッ、ゆっくり休むんだぞ」

「……」


 父とはこの様なものなのだろうか。ザハルはジンの行動を静かに見つめ村を出た。

 その後、二人は再び影に潜行しブラキニアへと戻っていく。森を抜け、駐屯地へと到着したザハルとジンだったが、その間二人に会話は無くただ無言でテントへと歩いていた。


「ザハル君……」

「なんだ」

「ありがとう。君の優しさ、痛み入るよ」

「家族ってもんを見たかっただけだ」

「オレの晴れ姿を見せる為だったんだろ? 非番の時こそ自由に戻れるだろうけど、それじゃあ装備を整えた姿は見れない」

「……しっかり働け」

「ああ」


 ジンはカシャリと金属音を鳴らし足を揃える。握られた左拳を腹部へ、右拳を左肩へと上げブラキニア黒軍式の敬礼をした。

 この敬礼には意味があった。軽装備の兵達は左手に小型のバックラーを左に持ち、右手にロングソードを持つ。左の盾で身体を守り、右の剣は振り下ろせる位置にある。これには自身元い国を守る意思と戦意を示すものだった。


「不肖ジン・クロッカ! 国の、ザハル君の為、何よりノンの為にこの身を尽くす事を約束するっ!!」

「期待している」



――――



 数日後、ジンを含む新規配属される兵達は、北の防備の為にダーカイル城へと行軍を始める。その日以降、ザハルとジンが会話をする事は無かった。

 長い期間を分かち合った者だけが友と呼べるのだろうか。否、一瞬でも心を通わす事が出来れば友と呼べる事もあるだろう。ザハルとジンは無意識にそれを理解していた。いずれ機会があれば会話を弾ませ、食を共にする事もあるだろう。その日を期待する訳でもなくいずれ来ると確信していた二人は、今は多くの言葉を必要としなかった。


 ロングラス大平原にて白軍(はくぐん)との大規模な衝突があった際は、ザハルは本丸ブラキニア城の防備、ジンは横槍を警戒した北方防衛の為にダーカイル城へと駐在していた。

 結果は知っての通り、ロングラス大平原での勝敗はリムの、隕石の衝突により両軍散り散りに。黒王(こくおう)ガメルの不在に焦りを感じたザハルは、単身ホワイティア城に乗り込むが目立った収穫も無いまま自国へと帰還する。


 両軍衝突から日が開くにつれ、黒王不在の事実が色濃く噂として流れるブラキニア帝国内では、あってはならない噂までもが尾ひれを付けて出回る様になる。

 衝突での黒王討死、王子であるザハルの怠慢、五黒星の裏切り等々事実とは乖離した噂が後を絶たなかった。勿論、公での会話は不敬に値する為、噂は身内間で内々に全土へと広がっていく。

 そんな中、その噂を聞き付けたジンは激昂するのであった。


「誰だ! そんな噂を流した者は! 黒王様は未だ死した事実は無い! それにザハル君はガメル様の不在時に自国を防備する為に奔走していただろうが!」

「おい、貴様。今なんと?」


 ダーカイル城の防衛隊中隊長がジンの発言に待ったをかけた。


「ああ? 隊長だかなんだか知らねえがよ、こんな噂を野放しにしていいと思ってるのか!! ザハル君がどれだけ苦労していると思っている!」

「黙っておけばビービーと喚く。隊長のオレに向かってなんだその口の利き方は! それになんだ!? ザハル()? オレへの不敬は百歩譲って目を瞑ったにしても、ザハル様を君付けだと!? 不敬にも程がある!」

「ああ!? なんだやんのか! ザハル君はザハル君だ! 友としてそう呼んで何が悪い!」

「友、だと? 王族であるザハル様がこんな辺鄙な兵士一人を友などとザハル様自身の格が落ちるわッ!!」


 中隊長は思い切り拳を上げ、ジンの左頬へと目掛け躊躇いも無く振り下ろす。ダーカイル城内に鈍く響くその音は、ジン自身の耳にも反響する。


「ケッ! 所詮中隊長でもこの程度かよ! 辺鄙な兵士だと!? その辺鄙な兵士がこの国を支えているんじゃねえのかよ! 辺鄙呼ばわりしたてめえの方が国に対して不敬を働いているんじゃねえのか!」

「口だけは達者だな。なんだ? ヤろうってんなら相手になろう」

「ハハッ! いいじゃねえか! 前からてめえが気に食わなかったんだよ。何かにつけて国がザハル様がと、虎の意を狩る様に立ち振る舞いやがって。てめえの実力なんか大した事ねえんだろうよ!」


 ジンは防具を外し、拳を合わせて意気込む。その優れた体躯であれば普遍的な兵士であれば太刀打ちできないであろう。しかし、中隊長は迷う事無く装備を着用したままジンへと剣を振り下ろした。


「チッ! 性根まで腐ってやがんのか。兵士同士の武器によるヤり合いはご法度だぜ!」



――――



「隊長、こいつどうしましょうか」

「国に対しての不敬として捨て置け。この様な輩が出ない為にも改めて見せしめる必要がある」


 やはり色力(しきりょく)を有していない一般兵、未だ訓練すらまともに完遂できていないジンが、経験を積んだ隊長クラスの攻撃に曝され無事である筈が無かった。

 死に瀕したジンは決して自惚れていた訳では無い、そう思いながら唇を噛み締め捨てられた山を這っていた。まともに立つ事すらも儘ならない状態で夜通し山を越えようと、這った地面には多量の血痕が残る。


「ザ……ハ……君。オレは、何故君の……為に……るのに」


 ジンは心休める故郷へ、娘のノンの元へと辿り着く前に志半ばで絶命する。


「ノ……ン……」


 手には娘から渡されたリストバンドが、酷く汚れ血塗れの状態で握られていた……。

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