第83話 ザハルの元へ
リムは負傷したドームを抱え、先に行くミル達と合流すべくセントラル方面へ向かっていた。
「悪いな」
「良いって事よ。なんだかんだドームに助けられてるからな」
「……それにしてもアイツの言葉、何か引っ掛かるな」
「ん? アルだっけ? なんか言ってたか?」
鍛えられたドームの身体を重そうに支えるリム。華奢な身体に掛かる負荷は勿論あった。だが今は既に戦争と言っても過言では無い状況。こんな事で弱音を吐く程、諸々を理解できない程バカでは無かった。
「“思い入れは無いがこの国を落とされては困る”と。ブラキニアの人間では無さそうだが加担する理由はなんだ」
「ん~ザハルと常に一緒にいるし、命でも救われたんじゃね?」
「あそこまで強力な色力を有していながら死の危険があったと?」
「しーらねっ」
「……」
分からない人間と知らない人間が、問答を続けた所で答えは簡単には導き出せないだろう。憶測だけで物事を計るは愚というもの。
「とりあえず会って話を聞くしかないんじゃね?」
「お前とは会話が単調で仕方が無いよ」
「うるへぇ」
ゆっくりと煙の漂う貧民街を進む二人に、ディスガストの慟哭が聞こえる。
「ディスガストが動き出した?」
「みたいだな。≪嫌悪≫に感情乖離した少女は恐らくザハルへの恨みだろう。オレらに止める理由は無いが、ザハルの元に行ったミル達にも危険が及ぶ以上、現地に行かざるを得ん」
「えーやだー怖いー」
「嫌ならそもそもこんな所まで来ていないだろう」
「まあな、オレもザハルに用があるしね」
リムは頭部の片角に視線をやった。
――――時を同じく、ウエスト・ノースの間道。
ミルとタータはセントラルに向かっていたのだが、方向を変えディスガストの咆哮の元へと向かっていた。
「女の子が泣いてる」
「どうしたのミルっち。タータにはただの怪物の声にしか聞こえないよ?」
「ううん、そんな気がしただけ☆ 多分、あの子の場所にザハルも居ると思うの」
「うん♪ タータはミルっちに着いて行くー♪」
ミルはタータに歩調を合わせながら辺りを見渡していた。既にノース区域に入っていたが、駐屯兵の居留地は変わり果てている。瓦礫を飛び越え、突き出した柱を避けつつ道無き道をひた走る。
「見えてきたよ!」
「わあ、おっきいね♪」
「どーこーにーいーるーかーなー?」
「ミルっち! 足元に居るよ! あ、吹き飛ばされた」
「タータ待って! ちょっと様子を見よ」
飛び出そうとしたタータを制止し、瓦礫に身を潜める二人。至極当然だろう。既に戦闘の最中、飛び入り参加は愚の骨頂だ。神経を研ぎ澄まされた相手の不意を突く事は容易では無い。ましてはあのザハル、いとも簡単に察してしまうであろう。
現状の敵対勢力は、ディスガスト・ブラキニア・反乱軍の三つ巴。と言ってもミル達は反乱軍に協力している訳では無いのだが。
「ザハル! 未来の為に死ねえ!」
「待って!」
戦闘中のザハルを見つけた反乱軍の男性一人が、果敢にも不意を突こうと飛び出そうとした。彼もまた機を伺っていたのだろうが、今の状況を見るに機など見当たらない。ミルはすぐさま彼を取り押さえ羽交い絞めにする。
「今行っちゃダメ! 死にたいの!?」
「なッ!? 離せ! 命が惜しくて反乱なんかできるか!」
「ていッ!」
男を止めたのはタータの杖だった。ボコンと鈍い音がしたかと思えば、男は気を失い倒れ込む。
「フンッ! ミルっちがダメって言ったらダメなの! 大人しくしてて、分かった?」
「タ、タータも容赦無いね。もう聞こえてないけど」
二人は目を合わせるとニコリと笑い合う。
「影断!!」
「ムムム、あれは厄介だね」
ザハルがディスガストの影を断ち、腕を切り落とす姿を確認するミルは、小難しそうに腕を組んだ。
「影を切るとか結構な反則技だね」
「でもミルっちの速さなら大丈夫だよ♪」
「あ、そう? 大丈夫かなあ、エヘヘ」
(お父さん……)
少女ノンの囁きは、ミル達にも届いていた。距離を取るザハルは辺りを見回している。
「よし、タータん今だよ!」
「あい♪」
「あれは、ジンの娘……ッ!?」
「そうだよ。その子はロングラス大平原に隣接する小村に居た子。お父さんが死んだんだってさ」
ザハルの左側から現れたミル達はゆっくりと近付く。ミル達に気付いたザハルだったが、視線を向ける事は無かった。既に一行がここに居る事はアルから聞いている。驚く様子を見せる事無く、ミルに問い掛けた。
「死んだだと? 先の大平原での戦闘時、ジンはスハンズ王国の警戒に当たっていた筈だ」
「疎外されたって聞いたよ」
「……」
ザハルの表情が一瞬にして曇る。ディスガスト元い少女ノンの父ジン・クロッカは、ザハルの記憶に残る人物だった。
「これだから嫌いなんだよ……」
「言いたい事は分かるけど、それを戦争だなんだって理由を付けて正当化してきたのもアンタ達でしょ?」
「戦地で散々殺してきた人間の言葉には説得力があるな、小娘。いや……訂正しよう。ロンベルトの野望とやらを防いだそうだな、ミル・オルドール」
「誉めてる様には見えないけどなぁ」
斧を肩に担ぎ上げ、頭を少し垂れたザハルはミルを睨む。因縁の相手を前にミルは、愛刀の短剣をゆっくりと構えた……。




