第73話 小さな反乱軍
――――ブラキニア領ウエストブラック。
「おい、聞いたかよ。ダーカイル城が壊滅寸前だったらしいぜ」
「いやいや、バジル様がでっけーの食らわせたからスハンズ王国が壊滅したんだって」
「違う違う、ガメル様が前線を押し返したらしいぜ!」
「どっちにしろ黒軍の勝利か! これで一先ずは安心だな。な? お前もそんな暗い顔してないで食えよ、カエノ」
翌日には、黒軍の勝利は様々な噂と共にブラキニア全土へ広まっていた。同時にガメル直属の親衛隊である五黒星の壊滅も伝わる。民衆は様々な憶測の元、会話に華を咲かせていた。
「ガメル様、辛いだろうな。家族同然の様な仲間だったらしいじゃないか」
「実は死んでなかったりしてな! アハハ!」
「何が家族だよ……」
当時八歳のカエノは、黒軍の勝利を喜んではいなかった。
「何しみったれてんだよカエノ。これでオレ達ウエストも安心ってもんだぜ!」
「何が安心だよ! お前ら惨めに思わねえのか!」
「お、おい。どうしたよ急に」
カエノは立ち上がり、焚火で暖を取る住人に怒りを露わにする。
「なんでお前らは何も思わないんだよ! 何が黒軍だよ! サイロが死んだんだぞ! 戦争でじゃない、軍に疎外されて死んだんだぞ! オレ達を、ウエストを救おうとしたサイロが!」
「い、いやそんな事言われてもな……黒軍は昔から言ってたじゃねえか。力に自惚れる奴は必要無いって」
呑気にディンゴの干し肉を食らう住人はカエノを鎮めようとする。
「なんでだよ……お前らはそれでも人間かよ。そんな……生きる事を、現状を諦めた様な言い方するなよ! 課せられた労働を何も考えずにこなして、与えられた食べ物だけを食べて……家畜と一緒じゃねえか!!」
「なにい!! 言わせておけば生意気な事を! てめえみたいなガキに何が分かるっていうんだ! 生きる事の大変さが分かって無い様だな。おい!」
住人達はカエノに殴りかかった。集団リンチに合うカエノは必至で歯を食いしばった。
「この、家畜共が……」
――――――
「君、大丈夫?」
「うう」
「三分咲き。はい、これで少しは痛みも和らいだんじゃない?」
優しい口調の女の子はゆっくりと両手を広げる。すると、どこからともなく桜の花弁が舞い落ちて来た。
「うう、君は」
「私はリア。リア・トピンよ」
「リア、すまない。君は、うっ。治癒色操士か?」
「はい! 桜です。華麗な見た目と匂い、心安らぐでしょ?」
「あ、ああ」
リアと名乗った彼女は濃い桜色をした髪の治癒色操士。桜を模した髪飾りで留められたロングヘアーは、桜の花弁と共に微風に乗っていた。
桃色を基調とした服は非常に女の子らしく、どこかの姫君と思わせる程の可憐さがあった。所々に桜の飾りがあり、最早本人自体が桜ではないかと思わせる程の美しさだった。
「それにしても酷いヤられ様ね。何か酷く気に触れる事でも言ったの?」
「家畜……」
「あら! それはちょっと酷いわね」
優しく微笑むリアはカエノにとって天使の様に思えた。
「おい、リア! 何してるんだ! ん? 誰だコイツ」
「あ、ハル! この子、酷い怪我をしてたからちょっとね」
後ろから歩いてきたハルと言われた少年は、短髪で紫色の髪をしていた。鋭い目付きは鈍く光る復讐心の様に燃えていた。
リアとは対照的にみすぼらしい恰好ではあるが、少年にしてはやけに逞しい体格だった。
「カエノだ」
「あ? カエノ? まあいい。いくぞリア、油を売ってる場合じゃないだろ」
「あ、はいはい! んじゃごめんね」
リアはカエノにウインクをし、ハルに走り寄って行った。
「あの子仲間にしない? ウエストの人達を家畜って罵ったみたいよ?」
「家畜?」
立ち止まったハルは振り返り、カエノに再び歩き出す。
「おい、お前。着いて来い」
「あ?」
「時間が惜しいんだ、早くしろ」
ハルはカエノが立つ間も無く、再び振り返り歩いて行った。
「ごめんね。彼、不器用なの。あ、待ってハルー」
再びウインクをしたリアは後を着いて行った。
「なんだってんだよ……」
言われるがままにハルの後を付いていくカエノ。そこで出会った人物達がカエノの人生を大きく変える事となる。
「だーかーらー! わっかんねー奴だな! 耳かっぽじってよーくきけよ? リユー」
「あー! 分かんないよ」
「ハル! もうちょっと優しく、ね? リユーだってまだ五歳なんだから」
「リアはあめーんだよ! そんな事じゃ反乱軍なんか務まらねーぞ!」
(反乱軍?)
ハルはリユーと呼ばれた子供の頭をはたいていた。薄緑色を短髪した頭を抱え、涙ぐむリユーは嫌々話を聞いている。
「おい、今反乱軍って」
「ああ? そうだよ! うるせーな、お前はそこに座ってろ! んで、いいか? リユー。反乱軍足る者はまず剣を振れないといけねえ――」
ハルはリユーに再び説教じみた講義を始めた。
(反乱軍……か)
カエノ、反乱軍加入。




